【BOG-40】DATA LINK
「ああっ……また味方が落ちた!」
「今のは南の方だ! アメリカ軍の連中、全滅したんじゃないだろうな!?」
空も大地も焼き尽くすルナサリアンの戦略兵器。
その破壊力にスレイとアヤネルは戦慄するしかなかった。
「狼狽えるな! 当たらなければどうということは無い!」
だが、敵の強力な新兵器に対して物怖じしない女がここに一人。
ゲイル隊の隊長――セシル・アリアンロッドだ。
「(……とはいえ、相手の攻撃が分からないまま飛ぶのは大博打だな。しかも、賭け金は『命』ときたか)」
部下へああ言ったのはいいものの、セシルだって多少は動揺している。
このペースで北上すれば3~4分で母艦へアプローチできるだろうが、その間に攻撃を受ける可能性は十分考えられる。
無線の乱れで攻撃タイミングを計れるとはいえ、弾着位置が分からなければただの運任せになってしまうのだ。
「炸裂弾頭ミサイルの第3、4、5波が接近! ルナサリアンめ、何発撃ち込むつもりだ!?」
「AWACS、攻撃予想位置を教えてくれ!」
「ネガティブ! 攻撃が近くなると通信システムが――なる!」
「しっかり――、ポラ――! クソッ――通信不良――!」
AWACSとカナダ空軍パイロットの交信がノイズに掻き消される。
彼らの話を断片的に聞いた限り、運が悪ければ戦略兵器3連発を潜り抜けるハメになるかもしれない。
「どうするんだ、隊長? 私はあなたについて行くつもりだが」
「隊長にピッタリくっついて行くしかない……!」
どこが安全なのか分からない状況にも関わらず、アヤネルとスレイは隊長のことを信じてくれている。
彼女たちへ報いる方法はただ一つ――。
一刻も早く戦闘空域から離脱させることだ。
「……私についてこい。滅びへの道を飛ばないよう、『イヴァトナ』にお祈りをしておけ」
帰艦までの道中安全を「幸運の女神」に託し、セシルたちは引き続き北を目指すのだった。
AWACSからの無線がほとんど聞き取れないため、今回も弾着のタイミング及び位置が分からない。
「(頼むぞ……間違っても私たちの針路上で爆発するなよ)」
セシルが心の中で珍しく弱音を吐いていた時、彼女の愛機オーディールMが突然データリンクの更新を開始する。
「データ更新……!? 誰だ、私たちにデータを送り付けているのは?」
「これは……攻撃予想位置がレーダーに直接表示されているわ!」
どうやら、アヤネルとスレイの機体にも同様のデータリンクが行われているらしい。
気になるその内容は「攻撃予想位置の直接表示」であり、HIS上のレーダーディスプレイを見れば危険範囲が分かるように更新された。
不意打ち的に攻撃が飛んでくるのはやはり怖いが、位置と範囲が予測できるだけでも大変ありがたい。
……これだけ情報が揃えば、安全に離脱することができる!
「――見つけた! よかった……ちゃんとデータリンクは更新されましたか?」
どこかで聞き覚えのある声。
ゲイル隊の面々が右の方へ視線を移すと、3機のFA21 スターメモリーが編隊を維持しながら近付いて来るのを確認できた。
声の主が誰なのかは大体想像が付くが、人違いはイヤなので念のため再確認してみる。
スターメモリーの左肩に描かれている部隊章は――「星が流れる大河」。
「ゲイル1よりエリダヌス1、優しい誰かが先ほどアップデートしてくれた。そっちはどうだ?」
「やはり、至近距離なら通信ができる……! これならみんなにデータを回せる!」
セシルそっちのけで独り言を呟いているのはエリダヌス1――ヴァイル・リッター中尉。
「星が流れる大河」を部隊章とする、エリダヌス隊の若き隊長だ。
彼女のことはよく知っているが、気になるのは独り言の内容である。
「どういうことだ、ヴァイル?」
「アカツキのCDC(戦闘指揮所)から運良くデータを受信できたんです」
エリダヌス隊は正規空母「アカツキ」を母艦としている。
アカツキの艦長であるサビーヌ艦隊司令は攻撃直後からブリッジクルーに観測を行わせ、それを纏めたモノをデジタルデータ化して友軍機へ送信していたのだ。
ルナサリアンの「新兵器」が起爆前後に発生させる電波妨害のせいで、データリンクは上手くいかなかったが、エリダヌス隊などごく一部の部隊は幸運にもデータを受信できていた。
強烈な電波妨害が起こるとはいえ、互いに視認できるほどの近距離ならば通信は行えるらしい。
おそらく、戦線後方と最前線を行き交うような遠距離通信は悪影響を受けやすいのだろう。
その性質を見抜いた一部の部隊は孤立する味方へ接近し、アカツキCDCからのデータを短距離通信で受け渡していた。
……己の危険を顧みること無く。
そして、データリンクの更新を終えた部隊が同じように更新データを送信すれば、遠い場所の部隊にも届く可能性が高まる。
これを繰り返させることで、味方全体の生存率を引き上げるというわけだ。
「隊長、これ以上南下したら私たちが帰れなくなる。もうそろそろ引き返すべきだ」
「そうね……エリダヌス各機、方位0-3-2へ転回! 全速力で戦域を離脱する!」
僚機の意見具申を受けたヴァイルは撤退を決断。
スロットルペダルを踏み込み、機体を右へロールさせつつゲイル隊から離れていく。
「ありがとう、ヴァイルちゃん。私よりも年下なのに……凄い勇気を持っているのね」
「ここまで来たんだ、互いに生き残るぞ!」
スレイとアヤネルの言葉に対し、コックピット内から左手を振って答えるヴァイル。
「ゲイル1よりエリダヌス1、次は安全圏で再会できることを願う」
やがて、エリダヌス隊のスターメモリーは蒼い光跡を残しながら夜空の向こうへと消えていった。
「……攻撃が飛んでくる! 予想位置は――くッ、すぐに逃げないとあの世逝きだ!」
ヴァイルたちを見送った後、レーダーディスプレイを確認していたアヤネルが声を上げる。
攻撃予想位置を示す赤丸はゲイル隊を完全に覆い尽くし、その数もかなり多い。
幸い、MFの機体サイズなら無理矢理抜けられそうな隙間がいくつかあった。
「降下してスピードを稼ぐぞ! 音速を超えてしまっても構わん!」
そう叫ぶとセシルは操縦桿を押し、愛機オーディールMを対地接近警報が鳴るほどの低空まで降下させる。
地球上には重力があるため、適切な降下率で高度を下げれば一気に加速できるのだ。
元々水平飛行でも音速突破が可能なオーディール系列機だが、ドライバーの工夫次第ではカタログスペック以上の速度を叩き出すことも夢ではない。
「ふぅ……間に合った! アヤネルは大丈夫!?」
隊長機に続いて攻撃範囲を抜けたスレイは息を吐き、後続の僚機の方を振り返る。
「今すぐ頭の上に降ってこなきゃいいんだが――!」
アヤネル機がレーダーディスプレイ上の赤丸から出た瞬間、ゲイル隊の視界は真っ白な閃光で塗り潰された。
閃光で目が眩む中、凄まじい轟音と強烈な振動がゲイル隊を襲う。
「きゃあッ!?」
「空間識失調か!? スレイ、姿勢回復モードを作動させろ!」
部下の悲鳴を聞いたセシルはすぐに「姿勢回復モード」への移行を命じる。
これはボタン一つで機体を水平飛行に戻し、墜落の可能性を低くする自動操縦の一機能だ。
ドライバーが人事不省でなければ使用できるため、MFや航空機にはほぼ例外無く採用されている。
「アヤネル、そっちは大丈夫か!」
「直撃は免れたが……クソッ、推力が上がらない! アビオニクスもやられたみたいだ!」
至近距離で弾着に遭遇したアヤネルは撃墜こそ免れたが、衝撃波をもろに浴びたことで機体に甚大なダメージを負ってしまった。
警告音が重大なトラブルを知らせているものの、それを表示するHISが壊れたせいで何一つ情報を得られない。
「安全圏まであと3km……頑張るんだッ! アヤネル!」
「隊長なら何とかなるかもしれないけど、私の腕じゃかなり厳しい」
狭いコックピット内で言う事を聞かない愛機と格闘するアヤネル。
頼みの綱である補助計器で機体姿勢を確認しているが、状況は悪化の一途を辿っている。
おそらく、3km飛ぶよりも地面にキスするほうが先だろう。
そして、状況の深刻さは周囲の仲間が最もよく見ていたのだ。
「……アヤネル! 機体の後ろの方から火が!」
状況確認のため僚機へと近付いたスレイが悲鳴のような声を上げる。
「火災だと!? ッたく、どうりで背中が熱いわけだ!」
一方、自機の状態を確認するアヤネルは意外なほど冷静だった。
オーディールには自動消火装置が採用されているが、正常に動作しているとは思えないほどよく燃えている。
「こちらゲイル3。隊長、安全圏まであとどれくらいだ?」
「あと2kmを切っているが……無理をするな。射出座席が動くうちにベイルアウトしろ、これは命令だ」
何とかして機体を持ち帰ろうとする部下へ釘を指し、ベイルアウトを命ずるセシル。
軍務に忠実過ぎた結果、脱出の機会を失い殉職した元同僚の二の舞を踏んでほしくないからだ。
「機体は失くしても補充できるが、失われた命は二度と取り戻せない。アヤネル……お前はバイオロイドじゃないだろう」
「アヤネル、脱出して……脱出しなさいッ!」
仲間たちの切実な訴えに居た堪れなくなり、射出ハンドルへと両手を伸ばすアヤネル。
射出座席が動くかは分からないが、いずれにせよこのハンドルを引っ張れば確かめられる。
……ダメだったらカウルをこじ開けて飛び降りるまでだ。
「救助ヘリの手配は任せた――ゲイル3、イジェクト!」
脱出後の回収を頼んだ後、アヤネルは射出ハンドルを全力で引っ張り上げる。
次の瞬間、彼女を乗せた座席がロケットモーターにより機体から離脱。
操縦者を失ったオーディールMは完全に炎に包まれ、墜落するよりも先に空中で爆発四散していた。
「(あと少し遅かったら、機体と運命を共にしていたな……)」
開戦以来苦楽を共にしてきた愛機の最期を見届け、パラシュート降下しながらアヤネルは感傷に浸る。
ふと東の空へ視線を移すと、地平線の向こうから太陽が顔を覗かせていた。
作戦開始から3時間近く経っているのなら、日の出を迎える時刻でも不思議ではないだろう。
だが……。
「(ルナサリアンめ、ここまでやる必要があったのかよ……!)」
地球上に恵みをもたらす太陽の光でさえ、人類が生み出してしまった「火の海」の明るさには敵わない。
エドモントンの町並みは炎に包まれ、垂れ込める雲は死者の血を吸い上げ赤色に染まっている。
……それは、核爆弾が落ちた後の世紀末その物であった。
アヤネルが無事にベイルアウトできたのを確認し、安全圏への到達を目指すセシルとスレイ。
「こちらアドミラル・エイトケンCIC。ゲイル隊、よく帰ってきた……!」
母艦からの無線がハッキリと聞こえてくる。
どうやら、地獄のような戦闘空域からは離脱できたらしい。
「ゲイル1よりエイトケンCIC、状況が鎮静化したら救助ヘリを飛ばしてくれ。脱出した奴を拾ってこないとな」
長時間ミッションでセシルたちは疲れ果てているため、アヤネルの回収は救難飛行隊のヘリコプターへ託すことにした。
「機影が一つ足りないと思ったら、そういうことか。了解、状況を見て救難飛行隊を発艦させる。ゲイル隊、貴隊は着艦し次の指示を待て」
救難飛行隊の連中は戦闘捜索救難のプロなので、彼女らに任せておけば大丈夫だろう。
「CIC、先にゲイル2を着艦させてくれ。彼女は相当疲れているはずだ」
隊長機は最初に発艦し、最後に着艦する――。
これがオリエント国防空軍におけるマナーだ。
「了解、ゲイル1。ゲイル2、着艦チェックを実施せよ」
「お気遣いありがとうございます、隊長――こちらゲイル2、問題ありません」
「ゲイル2、着艦を許可する」
降着装置を下ろしたスレイ機がアドミラル・エイトケンの小さな飛行甲板へ降下していく。
着艦進入を行えるのは1機ずつなので、彼女が無事に降りるまでセシルは空中待機で待たなければならない。
「……ゲイル1よりアカツキCDC、エリダヌス1が帰って来たら伝言を頼む。『君の勇気は称賛に値する』とな」
自分たち(1人はベイルアウトしたが)が生き残れる確率を上げたのは、エリダヌス隊の勇気ある行動だった。
チューレの戦いでヴァイルを助けた結果、彼女はあの時の恩をキッチリ返してくれたのだ。
「こちらアカツキCDC、本人を呼び出してあげようか?」
「やめてやれ、今はゆっくり休ませてあげるべきだ」
正規空母アカツキのブリッジクルーと話していると、自分の母艦であるエイトケンCICから着艦許可が下りる。
「CIC、メルト艦長の様子はどうだ?」
「ああ、中佐のことをかなり心配していたよ。まるで夫を気遣う妻――」
「さーて、スレイよりも綺麗に着艦してみるぞ」
CICの戯言を半ば強引に打ち切り、セシルは完璧な降下角度で着艦進入を開始するのだった。
「(……今回はさすがに心配させ過ぎたな)」
【イヴァトナ】
オリエント神話に登場する32の女神の一人。
運命や勝利を司る「幸運の女神」とされている。
【CDCとCIC】
どちらも意味は「戦闘指揮所」だが、航空母艦とそれ以外で名称が異なる。
【救難飛行隊】
ヘリコプターや飛行艇(オリエント本土の部隊のみ)を運用する捜索救難専門の航空部隊。
ゲイル隊などMF部隊が空軍所属なのに対し、救難飛行隊は海軍所属となっている。




