【BOG-39】鉄の雨、再び
「相手の動きが乱れてきている。あとは崩れた瞬間を狙う!」
「油断するなよ、リリス。追い詰められたウサギは何をするか分からんぞ」
リリスとセシルは絶妙な連携で「獲物」を追い込み、敵討ちの総仕上げに取り掛かる。
「先に逝った部下ども、私はまだやるぞ!」
一方、追われる立場のニレイもエースドライバー2人を相手にかなり健闘しており、撤退中の友軍との合流地点まで来ていた。
だが、ツクヨミ指揮官仕様の機動力ではオーディールを振り切ることができない。
地の利を活かし稼いだ距離も確実に詰められている。
「ゲイル1、ファイア!」
セシルのオーディールMは相手の未来位置へレーザーライフルを撃ち、ツクヨミの回避運動を封じ込める。
「チッ……!」
牽制射撃を見切ったニレイは辛うじてかわしたものの、余計な動きのせいで高めに維持していたスピードが削がれてしまう。
そして、僅かな減速をリリスが見逃してくれるはずなど無かった。
「部下の仇だ! ここで死ねッ!」
蒼いMFは両手首からビームソードを抜刀し、灰色のサキモリとの間合いを一気に詰める。
「くッ……墜ちるのはそっちだ!」
もう逃げられない――。
次の瞬間、ニレイは意を決して機体姿勢を反転。
「貫けッ!!」
光線狙撃銃を構え直しながら敵機の方を向き、彼女はすぐに操縦桿の引き金を引くのだった。
体勢を何とか立て直し、滑るように公園の緑地へと降り立つツクヨミ指揮官仕様。
乾坤一擲の反撃を放った直後にビームソードの斬撃を受け、光線狙撃銃と両腕を失ってしまった。
一方、リリスのオーディールも攻撃時に右脚を撃ち抜かれ、ニレイの目の前で膝を付いている。
本来ならトドメを刺す絶好のチャンスだが、両腕欠損且つ固定式機関砲も弾切れであるため、ツクヨミ側には攻撃手段が無い。
「(時間か……機体の損傷も酷いし、ここが引き際だな)」
……何より、ニレイには「タイムリミット」が迫っていたのだ。
彼女は今すぐにでも友軍部隊へ合流し、戦闘空域から離脱する必要がある。
「チクショウ! 逃がすものか!」
蒼いMFがレーザーライフルを構えるのを確認したニレイはすぐに離陸。
飛来する光線を全てかわし切り、針路を西へと向け離脱を図る。
「一度ならず二度も部下の命を奪った蒼い奴……次に会う時は操縦席を撃ち抜いてやる……!」
またしても部下を守れなかったばかりか、彼女らの遺体を回収し本国へ帰すことさえ叶わない。
この時、暗い操縦席の中でニレイは抑えようのない悔しさに顔を歪ませていた。
悔しさが顔に出ている人物がもう一人……。
「クソッ……クッソォォォォォッ!!」
目の前の補助計器盤を両手で殴り付けているリリスだ。
作戦自体はほぼ成功に終わったが、部下の敵討ちだけは果たせなかった。
「リリス……飛べるか?」
そう声を掛けるとセシルは自機を親友のオーディールへ横付けし、彼女の機体の肩を抱えながら離陸する。
人型ロボットのモビルフォーミュラだからこそ可能な助け合いだ。
「帰艦したらアーダの遺品整理を手伝うよ。それが私にできる罪滅ぼしだ」
リリスからの返事は無い。
首を横に振るセシルだったが、彼女の心中は痛いほど分かる。
仮にスレイやアヤネルを死なせてしまったら、きっとリリスと同じように項垂れてしまうだろう。
セシルもリリスもまだ20代半ばなのだ。
実戦経験豊富とはいえ、仲間の死を冷静に受け入れられるほど成熟しているわけではなかった。
「……お前は……あの娘たちを守り抜けるのか……?」
「こちらカナダ陸軍第20独立野戦連隊! 市庁舎及び州会議事堂の制圧に成功! 周辺に敵影無し……俺たちの勝利だ!!」
ある兵士の報告をキッカケに沸き起こる歓声。
カナダもアメリカもオリエント連邦も関係無い。
この作戦に参加し、生き残った全ての将兵がエドモント解放を拍手喝采で祝福していた。
「市庁舎にメイプルリーフを掲げろ! ……ああ、ここからもよく見えるぜ!」
「MVPはあのレジスタンスだ! みんなで胴上げしてやれ!」
「市民たちの歓声を聞きなさい! これが私たちの戦いよ!」
後方の司令部要員やAWACSも安堵の表情を浮かべていることだろう。
「ポラリスより全機、よくやった! カルガリー方面の部隊と連絡がつかないのが気になるが、どうせ定時報告をサボっているだけだろう。全機、帰還せよ」
ヘッドセットを外し、コーヒーを飲んで一息つくポラリス。
彼が搭乗する早期警戒管制機E-787の機内もリラックスした空気に包まれていた。
「ふぅ、これでようやく飯が食える――ん? レーダーに反応?」
腹を満たすための軽食を取りに行こうとした時、レーダー画面上にアンノウンの光点が映し出される。
「かなり速いな……航空機ではない気がするぞ」
ポラリスは訝しげに思いつつ目で光点を追う。
……まさか、このアンノウンが大惨事を招くことになろうとは。
「ゲイル1より各機、ちゃんとついて来ているな?」
リリス機のフォローをローゼルに任せ、セシルは僚機と合流して帰路に就く。
「こちらゲイル2、問題ありません」
「隊長――んだ? ノイズ――て――ない」
疲れ気味ながらもしっかり応答してくれるスレイ。
一方、アヤネル機からの通信はノイズがかなり激しく、彼女の声を聞き取ることができない。
「通信装置のトラブルか? 待ってろ、少し近付いてみる」
デルタ隊形はよほど編隊が崩れていない限り、隊長機との間隔は2番機も3番機も同じである。
つまり、スレイとの通信が問題無く行えているということは、アヤネル機の調子がおかしいということだ。
激しい戦闘でかなり機体を酷使していたと思われるので、デリケートな電子機器が真っ先に壊れても不思議ではない。
「ゲイル3、私の声が聞こえるか? ダメなら無線の出力も上げてみろ」
「――やっと――った。大丈夫、少し無線の調子が――いや、やっぱり――!」
機体同士を近付けたおかげで一瞬だけ通信が回復したが、結局はノイズ混じりの状態に戻ってしまう。
「アヤネ――これ――よ! ジャミング――な――る!」
「お前――か、――イ? こっち――何も――ねえよ」
すぐ近くにいるスレイの声も急に聞き取れなくなる。
だが、彼女はノイズの混じり方に妙な違和感を覚えていた。
「(機体側のトラブルじゃないわ。まるで、外部から無理矢理妨害しているような……)」
その疑問を解決するため、スレイは独自にAWACSへの通信を試みる。
「ゲイル2よりポラリス、そっちのレーダーでジャミングを確認できない?」
「こち――ス。よく聞こえ――、――返せ」
……ダメだ、送信側も受信側も相手の声が聞き取れていない。
「おい、あの――は味方――か?」
アヤネルが何か尋ねているようだが、肝心な箇所がノイズで掻き消されてしまう。
しかし、無線が通じずとも彼女の言いたいことはすぐに分かった。
ノイズが一層激しくなった直後、市街地上空に突然巨大な光球が発生し、時を同じくしてレーダー上より複数の友軍機が消失したからである。
「何だ――何の光――!?」
「隊長機が――指揮系統を――!」
「炸裂弾頭ミサイル……!」
作戦終了後で気が抜けていたこともあり、正体不明の奇襲攻撃に対し浮足立つ地球側の部隊。
「隊長! 間違い無い、さっきの飛翔体だ! 私の話に取り合わないから!」
ノイズのせいで分からなかったアヤネルの発言――。
答えはおそらく「おい、あの【飛翔体】は味方【の航空機】か?」だったのだろう。
「ゲイル3、通信が回復したのか?」
「回復したのか、じゃないですよ! 誰かがずっとジャミングをしていたんだ!」
セシルの問い掛けに対して怒鳴り返すアヤネル。
普段なら部下の言動を窘めるところだが、今は正体不明の攻撃から逃れることを優先すべきだ。
「ゲイル1よりポラリス、すぐに状況を知らせろ!」
AWACSや司令部も混乱しているのか、応答が返って来るまでにかなりの時間が掛かっている。
迂闊な行動は死に繋がるため、苛立ちながらもセシルは静かに待ち続けていた。
「待て……司令部より入電! 生き残っている部隊はすぐに戦闘空域より離脱せよ!」
「奇襲攻撃に関する情報は無いのか!?」
どうやら、上層部はこれ以上兵を死なせるつもりは無いらしい。
それは良いとして、次に知りたいことは攻撃の正体である。
「炸裂弾頭ミサイルである可能性が高い! 全機、高度10500ft以上を飛行すれば助かるはずだ!」
炸裂弾頭ミサイル――。
ジブラルタル攻略作戦や超兵器潜水艦との戦いで散々苦しめられた、ルナサリアンが誇る戦略兵器。
ゲイル隊はその「鉄の雨」を潜り抜けてきたため、広域制圧能力の高さはイヤというほど理解している。
「ゲイル2より1へ、AWACSの情報は確かなのですか?」
「いや、分からん」
「えぇ!? 分からないの!?」
ポラリスは自信満々に断言していたが、セシルは別の見解を抱いていた。
彼女が知っている炸裂弾頭ミサイルは光球を生じなかったし、焼夷弾のように地上を燃やす効果など無かったはずだ。
あと、弾着直前に無線のノイズが激しくなった現象も気になる。
……まさか、ルナサリアンは地球人の知らない戦略兵器を実戦投入したのだろうか?
「ゲイル1より各機、全力で北へ逃げるぞ! 離脱に手間取ったら、謎の攻撃を食らうリスクが増すだけだ!」
とにかく、戦闘空域に長居するのは非常にマズい。
セシルは僚機へ戦場からの離脱を指示し、スロットルペダルを目一杯踏み抜く。
「『ノーティラス』は私たちが沈めたはずなのに、一体どこから発射されたというの?」
「放棄した占領地を敵軍ごと焼き払うとは……ファシストめ、焦土作戦というわけか」
密集したままでは一網打尽にされる可能性もあるが、スレイとアヤネルは隊長機を信じて付き従う。
「こちらゲイル3、地上の火災範囲が急速に広がっている。このままじゃ町が灰になってしまう」
眼下の市街地を見やりながら僚機へ報告するアヤネル。
残念ながら、戦闘特化のMFで消火活動を行うことはできない。
「警告! 炸裂弾頭ミサイルと思わしき飛翔体の――!」
AWACSから第2波攻撃を知らせる通信が入ってくる……が、先ほどと同じようなノイズのせいで重要な後半部分は聞き取れなかった。
「AWACS――ポラリス、通信を回復しろ!」
アメリカ空軍所属と思われるパイロットが英語で何やら叫んでいる。
やはり、正体不明の攻撃と通信不良は関連性があるようだ。
「隊長! 炸裂弾頭ミサイルはいつ弾着するんですか!?」
「構うな! 何も考えずに飛べ!」
弾着に怯えるスレイを一喝するセシル。
まだ見ぬ安全圏を目指し、ゲイル隊はひたすら夜空を翔けるのだった。
ポラリスがもたらした情報に基づき、高高度飛行で離脱を試みる航空部隊たち。
4機のSF-15Eで構成されたこの戦闘機部隊も、そういった集団の一つである。
「プリムス1から各機、予定変更だ。我が隊はこれよりエドモントン国際空港へ着陸する」
「他の部隊の連中は『カルガリーが壊滅した』と話していますが、それと何か関係が?」
部下からの追及にあえて沈黙を貫くプリムス1。
彼だって最初は耳を疑ったのだ。
「隊長……! あんた、知ってるんだろ!?」
「……カルガリー方面の戦いに参加した部隊は全滅したらしい」
カルガリーに置かれている前線司令部との通信が途絶したのは、今から数十分ほど前の話である。
SF-15E単独では通信を復旧できなかったが、何かしらの幸運により情報を得られた部隊がいたのだろう。
いずれにせよ、情報が錯綜している状況でカルガリーへ戻るのは危険すぎる。
「10時方向に複数の飛翔体確認! あれが炸裂弾頭ミサイルなのか……!?」
「何だと!? ここは安全高度のはずだぞ――!」
プリムス隊のパイロットが飛翔体を目撃した直後、炸裂弾頭ミサイル――とは異なる「新兵器」の信管が作動。
夜空を真っ白に染めるほどの光球がプリムス隊など複数の航空部隊を呑み込み、低高度で起爆した物はエドモントンを地獄の業火で焼き尽くす。
……そう、空も大地も薙ぎ払える「新兵器」に安全高度など存在しないのだ。




