【BOG-38】暗闇の狙撃手(後編)
「ブフェーラ3! アーダ! 大丈夫かッ!?」
「アーダ、ベイルアウトしたのなら返事をして!」
僚機の機影がレーダー上から消滅した――。
リリスとローゼルは堪らず叫ぶが、応答が返って来る気配は無い。
「……ごめんなさい、私は見てしまった」
代わりに答えたのは弱々しい声で呟くスレイだった。
「あの娘の機体が空中で弾け飛ぶ瞬間を……」
「すまん……私の作戦ミスだ……!」
コックピット内で自身への怒りに震えるセシル。
敵方の戦闘力を過小評価したことが、結果として味方部隊の損失に繋がってしまった。
始末書だけでは済まされない――本来ならアーダの遺族へ直接謝罪するべき事案だ。
「クソッ! 戦争終結はまだまだ遠いってのに!」
同じ3番機ということで交流があったアヤネルも、さすがに動揺を隠し切れていない。
「……セシル」
押し殺すような声で親友の名を呼ぶリリス。
怒りと失望を抱いていることは通信回線越しでも明らかであり、彼女からの非難をセシルは黙って受け入れるつもりだった。
だが……。
「あんたの判断ミスが原因だとしても、それを責めるつもりは無いよ。誰だって過ちは犯すものだし、そこから正しい道を見い出すことができるのも人間だ」
仲間を喪った怒りは事実にせよ、リリスが親友の判断へ不満を漏らすことは無かった。
「たられば」を今さら議論しても意味が無いし、そもそもセシルが指示を出す際に反論すればよかったのだ。
最低限の権利さえ行使しなかった以上、彼女の責任を追及できる正当性など存在しない。
「……私たちは戦争をやっているんだ。いつ死んでも文句は言えない。特に、1対1の正々堂々としたドッグファイトではな」
「じゃあ、死んだのは彼女の自己責任ということですか?」
冷酷とも取れる隊長の発言に憤りを隠せず、無礼だと分かりながらも噛み付いてしまうローゼル。
「ドッグファイトで生死を分かつのは、機体性能と己の操縦技量だ」
「ッ! セシル姉さままで……!」
自分の味方だと思っていたセシルは擁護してくれないどころか、リリスの肩を持つかのような言動を見せる。
「(信じられない……部下が死んでも2人は平静でいられるの?)」
ローゼルにはエースと呼ばれる人の考え方が全く理解できなかった。
……そう、セシルが自らの行動を以って「心」を示すまでは。
「ふぅ……リリス、お前が前に出ろ。背中は私が守ってやる」
「分かった、今回は少しばかり本気で行かせてもらう」
セシルは一息入れると、ローゼル機を尻目にリリスと2機編隊を組み直す。
「ブフェーラ1より2へ、お前はゲイル2及び3と合流して残敵を掃討しろ」
「アヤネル、若手小隊のリードはお前に任せる」
「……ゲイル3、了解。スレイ、ローゼル、私の機体が見えているか?」
隊長同士で勝手に進む話へついていけず、ローゼルの頭の中はかなり混乱していた。
「敵討ちは人に見せるようなモノじゃないからな……大丈夫だ、用事が済んだらすぐ戻って来る」
職業軍人の「セシル・アリアンロッド」ではなく、幼少期から憧れていた「セシル姉さま」が諭すように優しく語り掛ける。
この時、ローゼルはようやく気付いたのだ。
「分かりました……ブフェーラ2よりゲイル3、これよりそちらの指揮下へ入ります。いつでもご命令を!」
「こっちだ、ローゼル! お前は3番機のポジションに入れ!」
志半ばで散った若者の死を嘆き悲しみ、敵討ちに燃えているのは……他ならぬ隊長たちであったことを。
「(蒼い奴をやったぞ……! だが、手応えは今一つだったな)」
これまで同胞たちを散々苦しめてきた「蒼い奴」をついに叩き落とし、しばし満足感へ浸るニレイ。
とはいえ、チューレから撤退する時に戦った相手よりは明らかに弱かった。
地球側も損耗による人材不足に悩んでいると聞くので、開戦時より平均練度が低下しているのかもしれない。
しかし、残っている敵機――こちらへ向かって来る2機の動きは特に鋭いように見えた。
「た、隊長ッ! 蒼い奴が3機同時に襲ってきます! 援護をッ!」
その時、生き残っていた最後の部下が切羽詰まった声で援護を要請してくる。
「落ち着け! 今そっちへ向かう――くッ! まずはこっちもどうにかしなければ!」
今回が初陣となる部下の所へ駆け付けようとするニレイだったが、動きのキレが明らかに異なる2機の連携攻撃に阻まれてしまう。
こいつらを無視するにしても、むやみに背中を見せたら撃ち抜かれる可能性がある。
「地形を利用して逃げ回るんだ! その間に私はこっちを片付ける!」
新兵同然の部下には申し訳ないと罪悪感を抱きつつも、ニレイは自分を付け狙う「蒼い奴」の排除を優先するのだった。
「(あの機体とマニューバ……間違い無い、チューレで戦った奴だ!)」
攻撃行動へ移行する前に特徴を探るため、相手を高機動戦闘へ誘い込むセシル。
だが、肩部装甲を白く縁取ったツクヨミは常に一定の間合いを維持し、スナイパーライフルで牽制攻撃を仕掛けてくる。
射撃の隙を見て一気に突っ込めればいいが、ツクヨミのエイシは相当の手練れだろう。
1対1では簡単にはいかないと思われた。
……そう、「1対1」の場合ならば。
「ゲイル1よりブフェーラ1へ、私が敵の攻撃を引きつけてやる。その間にお前が決着を付けろ!」
この戦場では「オリエント連邦の三羽烏」と呼ばれる若きエースドライバーのうち、2人がエレメントを組んで戦っているのだ。
ちなみに、セシルやリリスに匹敵すると云われるもう1人は、別の戦線で活躍しているという。
「頼んだぞ、セシル! 部下の死にはその命を以って償わせてやる!」
セシルが敵のターゲティングを吸っている間、リリスは秘かにその後方へと回り込んでいた。
「(クソッ、相手の狙いは挟撃か! 振り切ってみせる!)」
2機の「蒼い奴」が目の前で散開し、ニレイのツクヨミ指揮官仕様を挟み撃ちにしようとする。
それに対して彼女は機体を急降下させ、一般市民でごった返す大通りを低空飛行することで回避を試みた。
「うおッ!? なんだ!?」
「きゃあッ!」
「地面に伏せるんだ! 吹き飛ばされるぞ!」
目と鼻の先で行われるドッグファイトに驚く一般市民たち。
中には「ネクスマートフォン」で写真や動画を撮る者もいるが、リリスは外野のことなど気にせず敵機のバックパックだけを見据えていた。
「ブフェーラ1、敵が路地の方へ逃げ込んだぞ!」
市街地上空を飛ぶセシルが敵機の動向を逐一報告してくれる。
「ああ、目の前で振り切られた。上昇して位置を再確認する」
「気を付けろよ、上昇中に狙い撃ってくるかもしれない」
親友の忠告を肝に銘じながらも操縦桿を引き、愛機オーディールを一気に上昇させるリリス。
その直後、急上昇中の蒼いMFの横をレーザーが掠めていく。
「迂闊だったな! その攻撃行動が命取りだ!」
攻撃の出所を掴んだリリスはインメルマンターンで機体を反転。
レーザーライフルの銃口で「部下の仇」を睨みつけると、一片の躊躇いすら見せずに操縦桿のトリガーを引く。
「(うぅ……初陣でどうしてこんなことに……)」
ミナヅキ隊の新人エイシは自らの不幸を呪っていた。
というのも、実戦経験豊富な3機の「蒼い奴」に付け狙われているからだ。
いくら新兵の彼女とはいえ、機体性能も操縦技量も格上の相手に真っ向勝負を挑んでも勝てないことぐらい、深く考えなくても分かる。
僚機は全員撃墜され、頼りになるミナヅキ隊長も敵の撃墜王を相手取るだけで精一杯らしい。
……つまり、生き残りたければ自力で何とかするしかない。
「あの機体、あまり良い動きではないみたいね」
「初心者みたいなマニューバをしてやがる。ま……人材不足はルナサリアンも同じってことか」
実戦経験及びセシルによる指導の結果、スレイとアヤネルも相手の動きを見ただけで技量を量れる「戦術眼」を身に付けていた。
「スレイ、ローゼル! 3対1だからって抜かるなよ! 敵を殺る時は本気でやれ!」
戦場では気を抜いた奴が先に死ぬ――。
フェンケ教官やセシルに口酸っぱく言われ続けていたことを思い出し、僚機にもしっかりと注意を促すアヤネル。
「了解、援護攻撃は私に任せて!」
「スレイさん、私たちで敵機を追い込みましょう」
スレイ機のマイクロミサイル一斉攻撃とローゼル機のレーザーライフル3連射×2セットがツクヨミへ襲い掛かり、その回避運動を別行動中のアヤネル機で巧みに封じる。
即席の編制とは思えない、抜群のコンビネーションだ。
「ッ! しまった、脚部が!」
ビギナーズラックのおかげで意外なほど健闘する敵機だったが、振り切れなかったマイクロミサイルが近接信管を作動させ爆発。
その衝撃で両脚を破壊されてしまい、総推力の4割を失ったツクヨミは実質制御不能な状態に陥る。
「操縦が利かない……!? だ、誰か助けてッ!」
熟練エイシなら残り6割の推力で最低限の操縦はできるが、この新人は訓練不足により緊急時の対応を十分教わっていなかった。
「(人の海が……このままじゃ、あの人たちの所に……!)」
混乱する彼女の目に映ったのは……大勢の一般市民と僅かな占領軍が相対している大通りであった。
「マズいわよ、アヤネル! 被弾した敵機が市民の頭上に落ちる!」
その様子を見たスレイはすぐにトドメを刺そうとするが、マイクロミサイルのロックオンが間に合わない。
「お願い、当たってッ! ……こんな時に動作不良ですって!?」
彼女の近くにいたローゼルも攻撃を試みたものの、レーザーライフルのトラブルで足を掬われてしまう。
無論、ビームソードで真っ二つにできる距離まで追い付くのは不可能だ。
市民たちの理不尽な死を黙って受け入れろ――という、神様による残酷な試練なのか。
「狼狽えるな! アレは私が撃ち抜く!」
そう叫ぶのは市民たちの近くをたまたま飛んでいたアヤネル。
「撃ち抜くったって……!」
彼女は言葉を反復するスレイを尻目に、愛機オーディールMを市民と敵機の間へ割り込ませ、MF用対物ライフルを静かに構えた。
何かしら理由でツクヨミを破壊し切れなかった場合、弾け飛んだ残骸の「カミカゼ」を食らって死ぬことになる。
だが、残骸をビビって避けたら人の海のど真ん中へ墜落し、壮絶な地獄絵図を描くことになるだろう。
「(一発必中か……確実に決めてやる!)」
決めようが決めまいが、チャンスは1発だけ。
HIS上の擬似スコープと敵機の姿が重なる瞬間、アヤネルは操縦桿のトリガーを引いた。
オーディールMの対物ライフル「K-MAG20 サンダーストリーク」が火を噴く。
銃口から放たれた大口径徹甲弾はツクヨミのコックピットを操縦者ごと撃ち砕き、命中後の爆発で機体をほぼ完全に破壊する。
最低射程ギリギリでの発射だったため、あと1秒遅かったら巻き添えを食らっていたはずだ。
「ッ! 危ねえ!」
自機の方へ飛散する破片を避けていると、衝撃と同時にヘルメットのバイザーが紅く染まる。
これはアヤネルの体液ではない。
「(私が殺ったとはいえ、ヤバいもんを見てしまったな……)」
バイザーのティアオフシールドを剥がそうと右腕を動かした時、妙に生々しい違和感を覚える。
気になって手元へ視線を下ろすと、そこには千切れたウサ耳のような「何か」があった。
まるで、アヤネルの右腕へ巻き付くように……。
比較的冷静沈着なアヤネルもさすがに背筋が冷え、堪らずコックピットの外へ「何か」を放り投げる。
右手には生々しい感触が纏わり付くように残っていた。
「アヤネル! 大丈夫!?」
「自分の機体を割り込ませるなんて……セシル姉さまの言葉を借りるなら『大馬鹿野郎』ですわ」
心配そうに近付いてきたスレイとローゼルへサムズアップで答えると、彼女らはホッと胸を撫で下ろす。
「取り巻きは全部仕留めたな。あとは……ウチの鬼隊長たちの手伝いぐらいか、私たちにできる事は」
アヤネルたちはデルタ隊形で編隊を組み直し、激闘を繰り広げている隊長たちの所へと急ぐ。
「おーい! どこへ行くか知らないけど、頑張れよーッ!」
地上の人々は両手を振りながら蒼いMFたちが飛び去って行くのを見送るのだった。
その頃、エドモントンから南へ280kmほど離れたカルガリーはアメリカ軍の手で解放され、市内では同軍によるルナサリアンの武装解除が既に始まっていた。
「エドモントンに派遣された連中は災難だな。今も戦闘が続いているんだろ?」
「ああ。でも、カナダ軍が最終目標を攻略中で作戦成功は間近らしいぜ」
2人のアメリカ軍兵士は市中心部での哨戒任務を命じられたが、出会うのは同僚や一般市民ばかりで暇を持て余している。
そんな彼らの暇潰しは支給品の薄型ラジオによる番組視聴だ。
ルナサリアンによる情報統制が解かれたのか、地元放送局のアナウンサーが地球側の快進撃を興奮気味に伝えている。
「放送を検閲していた憲兵は去りました。市民の皆さん、エドモ――の解放――!」
突然ラジオの受信状態が悪くなり、アナウンサーの声に代わって耳障りなノイズが聞こえてきた。
「上層部め、安物のラジオなんか支給しやがって」
復活させようと色々試みるが、結局諦めて道具入れにラジオを収めてしまう。
一方、彼の隣にいる兵士はラジオよりも空の方へ意識が向いていた。
「な……何だよあれは……!?」
彼が指差す先にいるのは純白の超巨大航空機――いや、空中要塞とでも呼ぶべきか。
飛竜を彷彿とさせる美しい姿にしばし見惚れていたが、あれはどう見ても友軍の兵器ではない。
まさか……ルナサリアンの新たな超兵器なのだろうか。
「こりゃ報告したほうがいいんじゃねえか? ……クソッ、無線機も調子が悪いのかよ」
超兵器の目撃情報を報告しようにも、無線機は調子がイマイチで使えないらしい。
「……ん? 下面から何か打ち出した……おい、こっちに来るぞ!」
この兵士はかなり視力が良く、謎の超兵器が何か射出した瞬間をその目で捉えていた。
だが、彼の貴重な情報が必要なところへもたらされることは無かった。
なぜならば、超兵器から射出された「何か」がカルガリーを燃やし尽くし、地上のあらゆるものを灰燼に帰したのだから。
【肩部装甲】
上腕と胴体の接続部(=人間でいう肩)を守るための装甲を指す。
国籍マークはこの部分に付けられることが多い。
また、設計者の個性が出やすい部分でもある。
【ネクスマートフォン】
作中時代において広く普及している高機能携帯電話。
「ネクスト(next)」と「スマートフォン(smartphone)」を組み合わせた造語が名前の由来である。
現行モデルはHIS投映装置を内蔵するなど、ディスプレイを必要としない物も出現している。




