【BOG-31】エルメンドルフ基地救出作戦
2132/05/11
11:14(UTC-9)
Anchorage,United States of America
Operation Name:ICECLIMBERS
「失礼する――メルト、入っていいか?」
艦長室のドアをノックし、メルト艦長からの返事を確認後に入室するセシル。
彼女の左手には大きな紙袋が提げられていた。
グレートベア湖での捕虜救出作戦は成功裏に終わり、損害は少なくなかったが多数の将兵が囚われの身から解放された。
アメリカ、カナダ両政府は収容所の発見及び作戦初期の制空権確保に貢献した、オリエント国防空軍MF部隊の活躍を高く評価。
カナダ首相の要望によりゲイル隊の3人は「地球人類共通の英雄」として、カナダ及びアメリカへと招かれたのだ。
戦時下ながらセシルたちはカナダ首相官邸やホワイトハウスで丁重にもてなされ、オタワ観光やスミソニアン博物館見学を満喫したらしい。
また、英語での意思疎通が可能なセシルはオタワ大学及びジョージ・ワシントン大学で講演を行い、頭脳明晰な学生たちと戦争の意義についてディスカッションを交わしたという。
いつの間にかSNS上でトレンド入りしていたセシルたちは3泊4日の休暇を終え、ようやく母艦アドミラル・エイトケンが停泊するカナダ・イエローナイフへ到着したのだった。
艦長室のデスクで仕事をしていたメルトは手を休め、背筋を伸ばしながらセシルが持つ紙袋を見やる。
「それ、全部旅先で貰ってきた品物?」
「ああ、同僚や家族に土産が欲しいと言ったら、予想以上に持たせてくれたんだ。家族用の土産はさすがにリバールトゥールへ郵送したが……」
確かに、ストイックな性格のセシルが大量にお土産を買う姿を想像できない。
どちらかと言うと、ショッピングが好きそうなのはスレイのほうだ。
「えーと、なになに……これはメープルシロップ?」
メルトの目の前に置かれたのはカナダ産の高級メープルシロップ。
……いかにも甘そうな見た目をしているが、単独で差し出されても正直困る。
このまま飲めということか?
「生鮮食品はさすがに入ってないか……でも、結構色々な物があるな」
そう呟きながらセシルが取り出していくのは現地のチョコバー、ジンジャーエール、ビスケット、キャ○ベルのスープ缶、ブラウニー、調理前のオートミール――。
なぜか食べ物ばかり出てくる。
「食べ物しかないわね。いや、美味しそうなんだけどさ……」
呆れたようにチョコバーの包装を眺めるメルト。
「――見つけた! これをお前に渡そうと思ってたんだ」
その時、紙袋の中身を漁っていたセシルの手の動きが止まる。
彼女の白く透き通った手は食べ物以外の物体を掴んでいた。
分厚い「それ」の正体は本であった。
表紙には美味しそうなプーティンの写真と共に「カナダの伝統料理を愉しもう!」という英語が添えられている。
おそらく、これがカナダ人の愛用する料理本なのだろう。
「大学に手作り弁当を持って来てたのを思い出してな。その……なんだ。すまないな、オシャレな小物とかを見つけられなくて」
頭を掻きながら申し訳なさそうに視線を逸らすセシル。
だが、メルトはそんな事など全く気にしていなかった。
「フフッ……私が料理好きだってこと、覚えててくれたんだ」
彼女は優しげに微笑みながらそう答える。
セシルが自分の為にプレゼントをくれた――それだけで十分嬉しかったのだ。
「ありがとう、セシル。近いうちに何か作ってあげるわね。そうだなぁ……パインサラダなんてどうかな?」
「パインサラダ? あまり聞き慣れないサラダだが、期待しているよ」
その後、メルトたちは土産品のビスケットと彼女が淹れた紅茶で休憩時間を満喫したのであった。
諸君、北アメリカ旅行を満喫した後で大変申し訳ないが、緊急出撃命令だ。
アメリカ・アラスカ州アンカレッジのエルメンドルフ空軍基地から救難信号が発せられており、現在同基地と連絡が取れない状況にある。
おそらく、ルナサリアンの奇襲攻撃により通信網を破壊された可能性が高い。
アメリカ空軍は航空部隊の派遣を決定したものの、最も近い基地から発進しても相応の時間が掛かると思われる。
アンカレッジへ急行できるのは我々オリエント国防海軍第8艦隊だけだが、近々行われるエドモントン解放作戦を前に消耗は避けたい。
そこで、君たちゲイル隊にはエルメンドルフ基地への強行偵察任務を命ずる。
ロッキー山脈を越えてアラスカ州まで向かい、基地の被害状況を確認せよ。
今回の目的はあくまでも偵察だ。
機体の機動力を損なわないよう、必要最低限の――待て、新しい情報が入ってきた。
……! これはエルメンドルフ基地からの暗号通信だ!
内容を確認……「敵軍は戦車を筆頭とする戦闘車両多数。我が基地は完全に包囲され、全滅の恐れ有り」。
――ゲイル隊、今の話を聞いたな?
君たちは対地攻撃兵装を積めるだけ搭載し、エルメンドルフ基地を襲撃する敵地上戦力を殲滅。
同基地の陥落を何としてでも阻止せよ。
なお、空母アカツキでは再編制されたエリダヌス隊などが出撃準備を行っており、彼女らが主力部隊として火力職を引き受けてくれる。
まずはエルメンドルフ基地の被害状況確認、次いで特に脅威となりそうな敵戦力の排除を優先しろ。
我が軍最強のエースドライバーたちよ、健闘を祈る。
ゲイル隊、出撃。
眼下に広がる雄大な山々の姿。
ゲイル隊のオーディールMはアラスカ山脈東部――アメリカとカナダの国境線付近を飛んでいた。
対地兵装満載且つG-BOOSTERまで装着しているため、重い機体で山脈越えができるか不安であったが、無事に作戦空域までは辿り着けそうだ。
雪山でのベイルアウトは悲惨な事この上ないので、そればかりは勘弁してほしい。
「うへぇ、寒そうな所……!」
「おいおい、私たちの国も似たようなモノだろ?」
リラックス……いや、スレイとアヤネルの気が緩んでいるのは会話の雰囲気だけでよく分かる。
「――ゲイル隊、こちらはホワイトウォーターUSAだ。我々の機影が確認できるか」
その時、オープンチャンネルの無線に第三者の男が混じってくる。
ホワイトウォーターUSA――その言葉を聞くとゲイル隊の面々はすぐに身構え、操縦桿を強く握り締めた。
「その声……セント・ジョンズの時のあの男か?」
セシルだけは第三者の声に聞き覚えがあった。
セント・ジョンズのバーでWUSAのメンバーと一悶着あった時、少しだけ言葉を交わした男である。
確か、ズヴァルツとかいう名前だったような。
「さすがだな、良い記憶力をしている。セント・ジョンズでの一件は悪かったな」
問い掛けに対し肯定と謝罪の言葉を返すズヴァルツ。
まさか、わざわざ非礼を詫びるために姿を現したのではあるまい。
「(こいつの目的は何だ? 今のうちに退路を確保しておくべきか?)」
相手の真意を勘繰りつつ、自分たちが来た方角を振り返るセシル。
「そして、お前たちにはもう一つ謝らなければいけない――ナインチェより各機、槍を放て」
ズヴァルツからの通信が突然途切れる。
代わりに聞こえてきたのはロックオンを知らせる警告音――そして、WUSAの方向から飛来する多数の長射程ミサイルの姿が見えた。
「お前たちの存在を快く思わない連中がいる。残念だが、ここで『サヨナラ』だ」




