【BOG-32】地球の裏切り者(前編)
2132/05/11
11:19(UTC-9)
Alaska Range,United States of America
Operation Name:-
「……ッ! 全機ブレイク! ブレイクッ!」
セシルは咄嗟に操縦桿を引き、飛来した長距離ミサイルを飛び越えるような回避運動を行う。
戦闘状態へ突入する際に敵編隊の頭上を押さえた状況で始めるためだ。
「ふざけやがって!! あいつら、実弾を撃ってきやがった!」
卑劣な奇襲攻撃に怒りを抑え切れないアヤネル。
「IFFが作動しない! 躊躇無く攻撃してくるわ!」
スレイもこの状況に対し動揺を隠せていなかった。
「奴らを撃墜しろ。この戦争に英雄など必要無い」
「了解、包囲殲滅を行う!」
混線により聞こえてくるWUSAのドライバーの声。
アメリカ英語で話しているので内容は上手く聞き取れなかったが、ゲイル隊を敵視していることだけは無線越しでも十分に感じ取れた。
「各機、対地兵装を全て投棄しろ! 身軽にして運動性を稼ぐんだ!」
補助計器盤に備え付けられた、普段は滅多に触ることの無いスイッチへ左手を伸ばすセシル。
このスイッチの本来の役割は緊急時に固定武装以外の兵装を機体から切り離し、不時着の安全性を高めるためのモノだ。
できれば世話になりたくない機能だが、このまま対地兵装をぶら下げていてもデッドウェイトにしかならない。
セシルはこの時点で作戦の放棄を決定していたのである。
「隊長、G-BOOSTERはどうする!」
「単分離はまだ待て。こいつの機動力なら振り切れるかもしれん」
対地兵装のみならず追加装備まで捨てようとするアヤネルだったが、隊長の一言により思いとどまる。
確かに、G-BOOSTERを装備したオーディールの速度性能なら、危機的状況を脱せられるかもしれない。
……いや、無事に帰艦しこの異常事態を必ず報告しなければ!
「数が多すぎる! このままじゃ嬲り殺しにされる!」
悲鳴にも近い声を上げるスレイ。
IFFが示した敵機の数はMFサイズの航空戦力16機――その全てがゲイル隊の3機に纏わりついてくるのだ。
5倍以上の戦力差があってはさすがのセシルでも分が悪すぎる。
「二人とも、包囲を破って東へ撤退するぞ! 私が『シンガリ』を務めるから、お前たちは先行しろ!」
彼女は自分の周りに僚機を集め、1機だけを後方に置くフォーメーションへと移行した。
最後尾に位置するセシル機は当然集中攻撃されることになるが、部下を確実に逃がすべく危険な役目を自ら引き受けたのである。
東へ向かって飛行しながら友軍との通信を試みるセシル。
もしかしたら救援に駆け付けてくれるかもしれない。
「周辺に友軍機がいたら応答してくれ! ……くッ、誰もいないのか!?」
だが、微かな希望は初めから潰えていた。
ゲイル隊暗殺をより確実なモノとするため、WUSAはこの一帯にあらかじめジャミング装置を敷設していたのだ。
簡易的且つ1戦闘限りの耐久性ながら効果は高く、機上レーダー及び通信装置を機能不全に陥れることなど造作も無い。
そもそも、エルメンドルフ空軍基地云々の話自体が、WUSAによる巧妙な罠だったのである。
「ジャミングでの通信妨害だなんて……! そうまでして私たちを消したい理由があるというの!?」
レーダーシステムの復旧を試みながら、スレイは戦友たち――あるいは自分自身へ問い掛ける。
「連中の事情は知らないが、私たちが憎たらしいことだけは確かみたいだな」
一方、このような極限状況下においてアヤネルは平静さを保っていた。
……まあ、彼女の本心は時々読めないこともあるが。
「後続のエリダヌス隊あたりと合流できれば――ん? レーダーに新たな反応?」
その時、アヤネル機のレーダーが何かしらの機影を映し出した。
レーダーディスプレイ上に次々と現れる光点。
次の瞬間、その光点の色が一斉に緑から赤へと変わる。
「……ッ!? 待ち伏せか!」
アヤネルの視線の先には真っ白なMF――いや、サキモリが多数展開していた。
サキモリはルナサリアン版MFと呼ぶべき兵器であり、その代名詞と言えるツクヨミはルナサリアンしか運用していない。
つまり、ゲイル隊の目の前に現れたツクヨミの大編隊はルナサリアンの戦力である。
「ほぅ……ルナサリアンの指導者はどうも信頼し難いが、戦力だけは寄越してくれたか」
混線で漏れてきたズヴァルツの独り言。
彼の何気無い一言で多くの謎が解けた。
理由は不明ながら、ホワイトウォーターUSAとルナサリアンは裏で手を組んでいる。
……つまり、WUSAこそが「地球側の裏切り者」だったのだ。
背後にはWUSA、前方にはルナサリアンの大編隊。
進退窮まるとはまさにこの状況である。
どうやら、相手の罠へ完全に誘い込まれてしまったらしい。
「この包囲網を突破しないと! でも、どうやって……?」
「雲の中へ飛び込むんだ!」
スレイの疑問に対しセシルが下した答えは「低高度への退避」だった。
眼下では山肌を覆うように分厚い雲が広がっている。
あの中に逃げ込めば、少なくとも目視発見は難しくなるだろう。
しかし、それはゲイル隊も同じだ。
雲の中を飛んでいたら突然地面が現れて……という可能性も否定できない。
「……正攻法で逃げられないなら、やるしかない」
腹を括ったアヤネルは操縦桿を押し、防御兵装を使用しながら愛機オーディールを雲の中へと突入させる。
「この出来事は何としてでも報告しないと!」
彼女へ追従するようにスレイの機体も急降下していく。
だが、セシル機だけは高度を落とす素振りを見せなかった。
「隊長! また無茶をするつもりか!?」
セシルの意図を察したアヤネルが叫ぶ。
「全て相手取るのは厳しいが、逃げに徹するなら問題無い」
そう返答しながら耐Gリミッターの解除――コード「G-FREE」を実行するセシル。
彼女は自らの操縦技量はもちろん、オーディールの機動力にも絶対の自信を持っていた。
そして何よりも、隊長が部下をフォローするのは当然の責務だと考えているからである。
「アヤネル、無駄口を叩く暇があったらさっさと撤退しろ。地面にキスだけはするなよ」
一息入れた後、セシルは更に言葉を続ける。
「……私に何かあった時は、お前がゲイル1だ」
「嫌ですよ、私は隊長なんてガラじゃない。気が済むまで撹乱したら、とっとと帰って来てください」
アヤネルに言われるまでも無い。
戦争が終わっていない以上、こんなところで墜ちるわけにはいかないのだ。
必ず戻る――その思いを胸にセシルはスロットルペダルを強く踏み込む。
恐怖心を持たないバイオロイドが駆るツクヨミは、アヤネルたちを追い掛けるように東へ向かって行く。
ツクヨミの機動力がオーディール以下なのは知っているため、あちらはおそらく逃げ切れるだろう。
一方、ズヴァルツ率いるWUSAのMF部隊はセシル機に狙いを定めていた。
「あのパーソナルマーク……ゲイルの隊長機か」
「オリエントのエースドライバーとはいえ、この数相手に何ができる」
「貴様には分かるまい、貧困層出身の我々の苦しみなど!」
高速で飛び回る蒼いMFに対し、WUSAが独自開発したMF――Type72T トーチャーは数的優位を活かした集中攻撃で対抗する。
「マニューバに惑わされるな」
「コックピットを撃て。奴の死を以って作戦成功とする」
「火を噴いて墜ちろ」
憎しみにも近い言葉と共に、攻撃はますます苛烈さを増していく。
何が彼らをここまで駆り立て、あろうことか侵略者と手を組むに至ったのか。
セシルには全く理解できなかった。
いや、理解したくなかったのかもしれない。
……侵略者に迎合した裏切り者、最低最悪のロクデナシどもを。
その頃、イエローナイフに停泊するオリエント国防海軍第8艦隊は、来るエドモントン解放作戦へ向けて最終調整を進めていた。
「――搬入作業は予定通り進んでいるのか?」
「はい、皆の頑張りのおかげで早く終わりそうです」
「ふむ、作業が終わったら昼食を取るよう伝えてやれ」
担当乗組員からの報告を聞き終え、艦長席へと腰を下ろすシギノ。
本来の艦長であるメルトが艦長会議で空母アカツキに赴いているため、アドミラル・エイトケンの最高責任者を代行しているのだ。
「……! かんちょ……いえ、シギノ少佐。空母アカツキより通信文が届いています」
メルトから引き継いだ書類へ目を通していると、通信士のエミールに声を掛けられる。
「アカツキから? 通信回線じゃ話せない事情でもあるのか」
シギノは書類を手にしたまま、内容を直接確認するため通信士たちの仕事場へ歩み寄った。
エミールが座る椅子の背もたれへ右手を置き、彼女の目の前に配置されたモニターを覗き込む。
「なになに……『EMERGENCY CHORD-8492』――8492だと!?」
モニターに映し出される「EMERGENCY CHORD-8492」という一文。
その意味を知っているシギノは思わずゾッとした。
EMERGENCY CHORD-8492――。
主にオリエント国防軍や連邦政府が使用する、この暗号文の意味は「味方の中に裏切り者がいる恐れあり」。
空母アカツキから送信されたということは、サビーヌ艦隊司令官お墨付きの信頼できる情報のはずだ。
しかし、彼女へ情報を直接送ることができる人物……一体何者なのだろうか?
シンガリ
日本語の「殿」に由来する外来語。
意味もほぼ同じ。
EMERGENCY CHORD
8492以外にも「911(首都直下での自爆テロ)」や「311(大規模自然災害)」、「8689(自国都市に対する核攻撃)」といったコードが存在する。
意味を知っている者にとっては、できればお目に掛かりたくない暗号だが……。
なお、「CODE」とすべき部分が「CHORD」と綴られているのは、「ミスリード狙い」とも「単なる誤字が定着した」とも言われており、真相は謎である。




