第九話 筆記試験
実技試験での「不発」という屈辱を抱えたまま、ゼノンは筆記試験の会場へと先導された。
「実技がダメでも、知識で圧倒してやればよい。魔法とは理の探求なのだからな」
そう自分に言い聞かせ、震える手で配布された問題用紙をめくったが――。
一、魔導数学 魔法式の構築と展開
開始早々、ゼノンの目に飛び込んできたのは、奇妙な記号の羅列だった。
問1:以下の二次関数における魔力収束点の極値を求め、微分を用いて魔法展開図を記述せよ。
(……な、なんじゃこれは。この、ミミズが這ったような記号は……。まさか、余を呪い殺すための禁忌の術式か!?)
ゼノンは戦慄した。彼にとって魔法とは、圧倒的な魔力を「気合と直感」で捻じ伏せ、望む現象を世界に叩きつけるもの。
数式で魔法を「計算」するなど、彼に言わせれば「空の青さを定規で測る」ような冒涜的な行為に他ならなかった。
二、魔導化学 現象の定義
続いての科目は、彼が最も得意とするはずの「炎」に関する問題。
問2:炎魔法を発動させる際の『燃焼の三要素』を挙げ、マナの酸化還元反応について述べよ。
「炎とは……精霊の怒りではないのか!?」
解答用紙を睨みつけ、ゼノンは怒りに震えながらペンを走らせた。
一、精霊への熱き願いを込めるべし。
二、己の魂を薪とせよ。
三、あとは気合じゃ。
(酸化? 還元? 炎とは赤く、熱く、すべてを焼き払うもの! それ以上に何の定義が必要だというのだッ!)
三、現代国語 理論書の読解
もはやボロボロになったゼノンが直面したのは、現代魔法理論の長文読解だった。
次のパッセージを読み、現代魔法の『サステナビリティ』と『ユーザー・インターフェース』の最適化について論じなさい。
(サステ……? ユーザー……インター……?)
ゼノンの視界がぐにゃりと歪む。
文章の半分以上がカタカナで埋め尽くされている。二百年前、公用語はもっと格調高く、詩的な響きを持っていたはずだ。
(……読めぬ。一文字も読めぬぞ! 余が魔王を倒した頃には、こんな言葉は存在しなかった! そもそも『インターフェース』とはなんじゃ。新しい魔物の名前か何かか!?)
隣の受験生は、「ふん、余裕だな」と言わんばかりの速度でスラスラと解答を埋めている。
一方、大賢者ゼノンの解答用紙は、悔し涙で滲んだ「精霊への願い」という一行を残して、真っ白なまま凍りついていた。
もはやこれまでか――。
真っ白な解答用紙を前に、ゼノンはノンちゃんがスクラップされる姿を思い浮かべ、絶望の淵に立たされていた。
だが、最後に配られた最後の一枚。その表紙に書かれた文字を見た瞬間、ゼノンの瞳に再び黄金の火が灯った。
四、魔法歴史学 英雄時代の総括
「歴史……? ほう、歴史とな。余が生きてきた『今』を問うというのか」
おそるおそる問題を開く。そこには、先ほどまでの「ミミズの呪文」や「怪物の名」とは一線を画す、懐かしい名が並んでいた。
問1:暗黒時代末期、後に『聖なる守護壁』を編み出した魔導士の名を答えよ。
(……ふっ、ふははは! 誰かと思えば、鼻垂れ小僧のルーカスではないか! あの臆病者が壁の魔法を編み出したのは、余が奴の尻を魔法火矢で追い回して鍛えたからじゃ。答えはルーカス・ガルバート。これ以外にありえん!)
ペンが、かつてない速度で紙の上を踊る。
問2:後に魔法大国の基盤を築いた聖女アグネスの、最大の功績とされる術式を述べよ。
(アグネスじゃと? 奴の功績は『余に泣きついてポーションをねだったこと』と言いたいところだが……フン、世間的には余が教えた『極光の慈雨』のことだろうな。もっとも、奴は発動時にいつも杖の先を自分の足にぶつけておったが!」
さらさらと、教科書には載っていない微細なエピソードまで添えて解答を埋めていく。
問3:大賢者アルカナが古代龍を討伐した際に用いた、史上最大級の破壊魔法を記述せよ。
(これぞ余の十八番! 聞くが良い、その理論構成は――)
ゼノンはもはや試験であることを忘れ、悦に浸りながら解答欄を埋め尽くした。枠をはみ出し、裏面にまで及ぶ「当時の裏話」と「圧倒的な理論解説」。
微分積分も酸化還元も知らない。だが、「なぜその魔法が生まれたのか」「その魔法を使う時の術者の呼吸はどうだったか」という、歴史の当事者にしか書けない生きた知識が、紙の上で爆発した。
(全問、余の記憶通りよ)
終了のベルが鳴る。
ゼノンは勝ち誇った顔で胸を張った。
「……ふん、若造どもが。少しは歴史の重みを知るが良い。魔法とは計算機で弾くものではなく、血と汗で綴られた『物語』なのだからな」
数学・化学・国語はほぼ白紙。
しかし歴史学だけは、採点不能なレベルの正解率と余計な裏話を叩き出した大魔法使い。
この「極端すぎる成績」が、後に学園の教師陣を大混乱に陥れることなど、この時のゼノンは知る由もなかった。




