第二百二十話 「名と実」
小田を平らげ。
宇都宮が加わり。
蘆名も返答を考えている。
関東は確実に動き始めていた。
太田城。
評定の間には、佐竹義重と明智光秀、そして佐竹家の重臣たちが集まっていた。
光秀は一枚の古い系図を広げる。
「皆様は『関東管領』という名をご存じでしょう。」
家臣たちは顔を見合わせる。
知らぬ者はいない。
しかし、それを口にする者もいなかった。
「かつて関東をまとめるために置かれた役目です。」
「その権威は、長きにわたり上杉氏が受け継いできました。」
義重は腕を組む。
「だが今は違う。」
光秀は静かに頷いた。
「名は残っております。」
「しかし実はありません。」
その一言に、広間は静まり返る。
「北条は北条。」
「佐竹は佐竹。」
「里見は里見。」
「宇都宮は宇都宮。」
「誰一人として関東管領の命では動いておりませぬ。」
光秀は地図へ目を落とした。
「関東には秩序がありません。」
「だから百年近く戦が続いているのです。」
義重は小さく息を吐いた。
その言葉は痛いほど理解できた。
北条と争い。
小田と争い。
宇都宮とも争い。
戦のない年など数えるほどしかない。
光秀はさらに続ける。
「信長様は申されました。」
『名だけでは国は治まらぬ。』
『実があって初めて国は治まる。』
「それが織田の考えです。」
家臣の一人が尋ねた。
「では、明智殿。」
「我らは関東管領を目指すのでございますか。」
光秀は首を横に振った。
「いいえ。」
「その名を奪うことが目的ではありません。」
「関東の民が安心して田を耕せる国をつくる。」
「その結果、人々が佐竹を盟主と認めるなら、それでよいのです。」
義重は光秀の横顔を見つめる。
この男は地位ではなく、秩序を見ている。
だから信長が軍師として送り込んだのだ。
光秀は最後に地図の北を指した。
そこには越後。
そして上杉の名がある。
「ただ一つ。」
「忘れてはならぬ家があります。」
「上杉。」
「かつて関東管領を担った名門です。」
広間の空気が引き締まる。
「今は越後にありますが、その名はなお重い。」
「我らの動きを静かに見ていることでしょう。」
義重が低く呟く。
「敵となるか。」
光秀は静かに答えた。
「まだ分かりませぬ。」
「しかし、いずれ必ず向き合う日が参ります。」
「その時、我らが『力』だけの集団であれば敵となるでしょう。」
「ですが、『秩序』をもたらす存在であれば……。」
その先は言わなかった。
答えは誰もが理解していた。
戦だけでは天下は取れない。
民を守り、国を豊かにし、人心を得てこそ、新しい時代は築かれる。
それこそが信長の描く天下であり、光秀が関東で実現しようとしている政だった。
本能寺まであと百八十日。




