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細川ガラシャになる前の明智玉でした。父の謀反を止めないと私が燃えるので必死です  作者: れんれん


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第百八十八話 「見えぬ均衡」

岐阜城。


朝から雨が降っていた。

瓦を叩く音が静かに響く。


信忠は文を読みながら眉を寄せた。

「また港か」

横にいた光秀が頷く。

「はい」

「堺から流れる品が一部、妙に遅れております」

「理由は?」

「表向きは天候と」

信忠は小さく鼻を鳴らした。


雨程度で止まる流れではない。

今の織田の海運はそこまで脆くない。

だからこそ引っかかる。

だが。

決定的ではない。


最近はそういう話ばかりだった。

「止めるほどではない」

「だが妙に気になる」

光秀も同じ感覚を持っていた。

偶然にしては重なる。

だが繋がらない。

誰が何をしているのか。


それが全く見えない。

「殿はどうされますかな」

光秀の問いに、 信忠は少し考える。

「父上なら……」

そこで苦笑した。

「面白がる」

光秀も静かに笑った。

否定できなかった。


一方。

奥では玉が書を読んでいた。

以前のように政へ深く踏み込むことは減っている。

だが完全に離れたわけではない。


耳は自然と情報を拾う。

「最近、流れが淀んでおりますな」

熙子が茶を置きながら言った。


玉は視線を上げる。

「母上もそう思われますか」

「はい」

熙子は穏やかだった。

「大きな乱れではありませぬ」

「ですが、小さな違和感が増えております」

玉は静かに腹へ手を添える。


今の織田は強い。

史実より遥かに。

長宗我部。

海路。

銭。

流通。

全てが繋がり始めている。


だからこそ。

この小さな綻びが逆に不気味だった。

「……静かすぎる」

玉がぽつりと呟く。

熙子は何も言わない。

その意味を考えていた。

大きな敵がいるなら分かりやすい。

だが今は違う。

誰かが露骨に牙を剥いているわけではない。


なのに。

どこか空気が揺れている。

その正体が見えない。

そこが不気味だった。


その夜。

安土。


信長は珍しく一人で庭を見ていた。


雨は止み、 雲の切れ間から月が見えている。

「殿」

背後から長秀の声。

「まだ起きておられましたか」

信長は振り返らない。

「長秀」

「は」

「人は何故裏切ると思う」


突然の問いだった。

長秀は少し考える。

「欲」

「恐れ」

「不満」

「様々にございます」


信長は静かに笑った。

「では」

「満たされておれば裏切らぬか?」

長秀は答えに詰まった。

信長は続ける。

「違うな」

「人は余裕ができても裏切る」

「むしろ余裕ができた時こそ、自らの欲を考え始める」

静かな声だった。


だが。

どこか冷たさもあった。

「今の織田は豊かになり始めておる」

「戦だけではない」

「だからこそ、見えてくるものもある」

長秀は黙って聞いていた。

信長は既に、 単純な反乱だけを警戒しているわけではない。

時代そのものの変化。

価値観の揺らぎ。

それら全てを見ている。


「均衡は難しい」

信長がぽつりと呟く。

「強すぎれば恐れられる」

「弱ければ喰われる」

「ならばどこで均衡を取るか」


長秀には、 今の信長が何を見ているのか完全には分からなかった。

だが一つだけ確かなことがある。

信長もまた、 見えぬ何かを感じ始めていた。


本能寺まであと三百十五日

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