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細川ガラシャになる前の明智玉でした。父の謀反を止めないと私が燃えるので必死です  作者: れんれん


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第百六十一話 「変わった男」

岐阜城。


初夏の風が城下を抜け、織田銭を扱う商人たちの声が響いていた。


鋳造所では昼夜を問わず槌音が鳴り、荒銭が新たな銅貨へと姿を変えていく。


堺を締めた影響は大きく、今や岐阜には諸国から商人が集まり始めていた。


そして、その裏側。

岐阜城の一室では、静かな戦が続いていた。

光秀は机に広げられた帳簿へ目を通していた。


商人の流れ。

銭の動き。

家臣への貸付。

堺との繋がり。

細かく整理された情報が並んでいる。


その姿は疲労とは無縁だった。

むしろ光秀は、今の役目を嬉々としてこなしていた。

「若様」

光秀が静かに声をかける。

信忠は筆を置き、顔を上げた。

「どうした」

光秀は一枚の文を差し出した。

「丹羽家中の者が、堺商人と頻繁に接触しております」 「ただし、現状では違法な動きは確認されておりませぬ」

信忠は文を読みながら頷いた。

「監視は続けろ」

「はっ」

光秀は即答する。

その返答に一切の迷いはない。


信忠はふと笑った。

「光秀」 「最近のお前は、妙に楽しそうだな」

光秀は少しだけ目を細めた。

「……そう見えますか」

「見える」

信忠は率直に言う。

「昔より、顔色が良い」


光秀は静かに息を吐いた。

京での日々。

朝廷との調整。

将軍家との折衝。

諸勢力との駆け引き。

誰もが光秀を頼る。

だが失敗すれば責任は全て光秀へ向く。

そして信長からの期待。

家中の嫉妬。

孤立。

あの頃の光秀は、常に張り詰めていた。


だが今は違う。

玉は信忠の正室となった。

信長からは「家族」とまで言われた。

そして今、自分は信忠の補佐として岐阜を任されている。


光秀は静かに答えた。

「守るべきものが、はっきりしておりますゆえ」

信忠は目を細める。

光秀は続けた。

「若様」 「玉」 「織田」

「今の私は、その全てを守るために動いております」

「それだけで、人は強くなれるものです」

信忠は小さく笑った。

「父親だな」

光秀は珍しく、柔らかく笑った。


その頃。

奥では玉が帳面を見ていた。

侍女の配置。

各家臣の奥方への贈り物。

祝い事と見舞いの記録。

帰蝶が安土へ行った今、奥は玉がまとめている。


まだ若い。

だが侍女たちは既に理解し始めていた。

この正室は、恐ろしく頭が回る。

しかも人の感情を見る目が鋭い。

侍女の一人が言う。

「奥方様」 「最近、光秀様のお顔つきが変わられましたな」

玉は筆を止めた。

「父上が?」

「はい」 「以前より……穏やかにございます」

玉は少しだけ微笑んだ。

穏やか。

前世で知る明智光秀の晩年とは、まるで違う言葉だった。


本来なら。

焦り。

疲弊。

孤独。

猜疑。

それらに追い詰められ、本能寺へ至る。

それが玉の知る歴史だった。


だが今の光秀は違う。

疲弊とは無縁。

知識。

政治。

戦略。

調整能力。

どれを取っても冴え渡っている。

しかも今の光秀には、心の支えがある。


玉は思う。

歴史は変わっている。

いや――

変えてしまった。

だが玉自身、その変化の大きさを完全には理解していなかった。

光秀もまた気づいていない。

自分が、本来本能寺を起こす側の人間だったことを。


もし玉がいなければ。

もし孤立し続けていれば。

もし疲弊が積み重なっていれば。

この男は、いずれ別の道を歩んでいたのかもしれない。

だが今の光秀は違う。

完全に信忠の師だった。


夜。

政務の間。

信忠が地図を見ながら言った。

「毛利はどう動くと思う」

光秀は即答する。

「時間稼ぎに入ります」

「織田銭が広がれば、商いで勝てなくなる」 「ゆえに戦を長引かせるはずです」

信忠は頷いた。

「ならば先に兵站を潰すか」

光秀は静かに微笑む。

「若様は、本当に飲み込みが早い」

信忠は笑った。

「師が良いからな」

光秀は頭を下げた。


だがその表情には、確かな誇りがあった。

かつての光秀は。

信長に追いつこうとし続けた。

だが今は違う。

今の光秀は、信忠を支え、次代を作ることに喜びを感じている。

玉は襖の向こうから、その会話を聞いていた。


信忠様。

父上。

二人は確かに、良い関係を築いている。

玉は静かに胸を撫で下ろした。

少なくとも今。

本能寺の火は、まだ見えない。


本能寺まであと三百七十八日

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