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細川ガラシャになる前の明智玉でした。父の謀反を止めないと私が燃えるので必死です  作者: れんれん


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第百五十二話 「銭と市」

岐阜城、奥の一室。


障子越しの光が淡く差し込み、畳の上に細い影を落としていた。

机の上には文、図、銭の形を描いた紙が散らばり、墨の匂いが漂っている。

戦の話はない。

刀も槍もない。


だが、ここで交わされているのは、戦より恐ろしい話であった。

座しているのは三人。

信忠。

光秀。

帰蝶。

そして、その場の中心に玉がいた。


信忠は腕を組み、紙を眺めていた。

「荒銭回収、新銭鋳造、銀貨と金貨の細分化……」 「策は見えてきたが、民が本当に動くかどうかだな」

光秀は静かに頷く。

「銭は、命令で動きませぬ」 「流れで動かさねばなりませぬ」

帰蝶は淡々と茶を飲み、目を細めている。

「民が動かぬなら、商人を動かせばよい」 「商人が動けば、民も動く」


玉は深く息を吸った。

そして静かに口を開いた。

「若殿、光秀殿、帰蝶様」

三人の視線が玉に向く。

玉は言葉を選びながらも、迷いなく言った。

「荒銭回収は、銭を回収する仕組みを作れば自然に進みます」


信忠が問う。

「仕組みとは何だ」

玉は答えた。

「今、殿が推し進められている座の廃止」 「そして楽市楽座」

信忠の目が僅かに動く。

玉は続けた。

「楽市楽座を徹底して行えば、商人は流入します」 「座がなくなれば余計な費用も減り」 「商人は儲けが増えます」

「利益を求める商人は、必ず岐阜に集まります」

光秀が静かに頷いた。

「……確かに」 「座の廃止は商人の足枷を外します」

玉はさらに言葉を重ねた。

「商人が増えれば、商いが増えます」 「商いが増えれば銭が動きます」

「銭が動けば、荒銭は自然と集まりまする」


帰蝶が淡々と口を開く。

「つまり、荒銭回収を命じるのではなく」 「商人の欲で集めさせる」

玉は頷いた。

「はい」 「欲は人を動かします」

信忠は腕を組んだまま、静かに言った。

「……なるほどな」 「商人にとって織田領は、金が稼げる場所になる」

光秀が言った。

「商人が集まれば、米も塩も鉄も集まる」 「兵站にも良い影響が出ます」

玉はさらに続けた。

「そして銭の案を早急に決めねばなりません」

信忠が頷く。

「銅貨、銀貨、金貨」 「それを大中小に分ける案だったな」


玉は言った。

「はい」 「庶民には銅貨」 「商人には銀貨」 「大きな取引には金貨」

「それぞれ大中小を作り、取引を便利にします」

帰蝶が扇を指で叩く。

「銭の種類が揃えば、値の付け方も揃う」 「混乱が減る」

玉は頷いた。

「はい」

そして玉は、ここからさらに踏み込んだ。

「さらに」 「まず堺の商人たちに対し、兵糧などの取引を織田の貨幣で支払うのです」

信忠の目が鋭くなる。

「堺か」

玉は続けた。

「堺は商いの中心」 「堺が織田の銭を使えば、他国の商人も必ず触れます」


光秀が小さく頷いた。

「銭を広げるには、まず商人の中心を抑える」 「合理的です」

玉はさらに言った。

「そして織田領内では」 「織田の貨幣のみ使用可能とする」

「織田領で商売するなら織田の銭を持たねばならぬ」 「そうすれば商人は必ず交換します」

信忠は息を吐いた。

「……強い策だな」 「だが、徹底しなければ意味がない」

玉は静かに頷いた。

「はい」 「中途半端では混乱を生みます」

帰蝶が淡々と告げた。

「殿は徹底する男だ」 「むしろ加減を知らぬ」

光秀がわずかに笑った。

「確かに」

信忠は苦笑しながらも、すぐ真剣な顔に戻った。

「だが玉」 「織田領内だけで銭を縛れば、全国に広がるとは限らぬ」

玉は首を振った。

「広がります」

信忠が眉を上げる。


玉は言った。

「商人は利益のある場所へ銭を運びます」 「織田領が最も儲かる地になれば」 「織田の銭は自然に持ち出されます」

「持ち出されれば、他国の市でも使われ始めます」 「織田の銭は信用がありまする」 「欠けず、揃い、価値が安定しているならば」

「商人は喜んで受け取ります」

光秀は目を細めた。

「……なるほど」 「信用ある銭は、国境を越える」

帰蝶が淡々と頷く。

「織田の銭が広がれば」 「織田の支配が、見えぬ形で広がる」

信忠はしばらく黙っていた。

机の上の図を見つめ、玉の言葉を反芻している。

やがて信忠は言った。

「銭で天下を縛る」

玉は頷いた。

「はい」

信忠は続けた。

「戦で国を取るのは父上の役目だ」 「だが、取った国を治めるのは俺の役目になる」


光秀が静かに頷く。

「信忠様、それが統治にございます」 「戦の次に来るものです」

帰蝶は淡々と告げた。

「信忠」 「お前が学ぶべきは、まさにそれだ」

信忠は深く息を吐き、玉を見た。

「……お前は本当に恐ろしい女だな」

玉は少し頬を赤らめたが、視線を逸らさず言った。

「恐ろしいのは、殿でございます」 「私は殿の娘として学んでいるだけです」

光秀が小さく笑い、帰蝶は涼しい顔で頷いた。

信忠は紙を手に取り、机の上に置いた。

「よし」 「この案をまとめる」

「父上に出し、すぐに動かす」 「座の廃止、楽市楽座の徹底と並行して」 「銭を流通させる」


光秀が静かに言う。

「堺に織田銭を渡すことができれば」 「銭の流れは一気に変わりましょう」

帰蝶は淡々と告げた。

「銭は血を流さぬ戦だ」 「だが勝てば、刀より強い」

玉は胸の奥で小さく息を吐いた。

戦のない国を作るには、戦だけでは足りない。

仕組みが必要だ。

そして今、織田はその仕組みを手に入れようとしている。


玉は思った。

歴史は揺れている。

だが揺れは、恐れるものではない。

揺れを利用し、未来を作る。

その第一歩が、今ここで形になった。


本能寺まであと四百二十八日

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