↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
細川ガラシャになる前の明智玉でした。父の謀反を止めないと私が燃えるので必死です  作者: れんれん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
146/258

第百四十六話 「揺れる歴史」

玉は、硯の前に座していた。

筆を取っては置き、また取っては置く。

文を書こうとしているのではない。

考えを整理しようとしているのだ。


障子の向こうでは、岐阜城の庭が静かに息をしている。

鳥の声。

風に揺れる木々。

穏やかな朝。

祝言を終えたばかりの城の空気は、どこか柔らかい。

だが玉の胸の内は、決して穏やかではなかった。


玉は、ゆっくりと息を吐く。

歴史が変動している。

それは確信だった。

自分という異分子がこの時代に入り込み、歯車が狂い始めた。

未来が、目の前で書き換わっている。

現在進行形で。


玉はふと、光秀の顔を思い浮かべた。

父上は、信長に家族と言われた。

そして信忠の師となった。

これほどの変化があるなら。

もはや父が本能寺の変を起こすなど。

そんな未来は、あり得ないのではないか。

玉はそう考えた。


いや、考えようとした。

だが、胸の奥に冷たいものが残る。

何かの要因で父が……。

玉は首を振った。

いや、それはない。

父上は救われた。

今の父上には、居場所がある。

信長の疑念もない。

信忠の信頼もある。

そして何より、自分がいる。


では――。

歴史が変動したことで、本能寺の変を実行する人間が変わるのか。

玉は、そこに思考が至った瞬間、背筋が冷えた。

本能寺の変。

明智光秀の謀反。

その原因は、前世で学んだ限りでも数え切れないほどあった。

徳川家康の裏工作。

羽柴秀吉が同調したように見せての裏切り。

朝廷の影響力による信長との仲違い。

四国政策の問題。

領地問題。

信長の苛烈な叱責。

積み重なる屈辱。


どれが真実で、どれが後世の憶測なのか。

それすら定かではない。

だが玉が最も恐れたのは、朝廷の影響力だった。

光秀が疲弊しているところへ、

巧みに言葉を重ね、正義を装い、

信長を討つことこそ天下のためだと囁く。

疲れた者は、正しい言葉に弱い。


その正しさが罠であると知っていても、心がすり減れば、判断が鈍る。

玉はそれを知っていた。

だからこそ玉は、京での父の疲弊を最も気にかけた。

信長に疑念を抱かせぬように。

光秀が孤立せぬように。

京での圧力が集中しすぎぬように。

玉は文を出し、気配を探り、危険と感じた時はすぐに知らせた。


長島の時もそうだった。

父が無理をしていると感じれば、迷わず文を送った。

光秀は強い。

だが強さは無限ではない。

玉は筆を持ち、紙の端をなぞる。

本能寺までは、まだ期間がある。

そう思うことで、自分を落ち着かせる。


今は、正室となったばかりだ。

立ち回りを学ばねばならない。

奥向きのしきたり。

文の出し方。

家臣の奥方との付き合い方。

礼の重さ。

言葉の順番。

笑顔の作り方。

学ぶことは山ほどある。

帰蝶は言った。

奥は戦場だ。

声を荒げずに勝つ場所だ。

玉はその言葉を思い出しながら、背筋を伸ばした。


自分は信忠の正室。

織田の娘。

天下の中心に立つ女となった。

その立場は、守られるだけのものではない。

守るためにある。

玉は思った。

本能寺の変の可能性を、ひとつずつ書き出して考えていこう。


誰が危険なのか。

どこに火種があるのか。

何が引き金になるのか。

自分が動かした歯車が、どこへ転がっていくのか。

その答えは、まだ見えない。

だが、備えるしかない。

玉は静かに立ち上がった。

袖を整え、髪を整え、呼吸を整える。

今日も帰蝶のもとへ行く。

教えを落とし込み、己の中で形にする。

そして、あり得る場面を思い浮かべる。

もし家臣の奥方が嫉妬したら。

もし贈り物が裏の意味を持っていたら。

もし噂が流れたら。

もし誰かが信長を貶める言葉を撒いたら。

その一つ一つを、頭の中で戦う。


玉は、歩き出した。

穏やかな廊下を歩きながら、胸の奥で決めていた。

本能寺のことは、忘れてはならない。

どれほど幸せな日々が続いても。

どれほど父が救われても。

歴史は、油断した者から奪っていく。

玉は目を伏せ、心の中で呟いた。

まだ終わっていない。

まだ、何も終わっていない。


本能寺まであと四百四十四日

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。