宵闇に咲く花
「何っ!?」
突如として闇を切り裂いた咆哮。三人は、弾かれたように音の発信源、教室前方の入り口付近へと視線を向けた。
すると、そこにいた。
2メートル近くある体躯に、筋肉質の四肢。凶悪な爪は先が床にめり込み、身体は漆黒の体毛で覆われている。そして何より、その体躯からは3つの首が伸びて頭部を持つ。
アニメやゲームで目にするケルベロスそのものが、そこにいた。
それは、低い唸り声をあげながら百合たちに視線を泳がす。そして、ただ一点でそれは止まった。
膝をつき、涙で濡れた顔をあげている守を目にして。
「セ……ン……セイ、イジ、メルナ」
片言ながらも発せられたケルベロスの言葉。それに目を見開く守。
「もしかして、佐藤……なのか?」
立ち上がり、ヨロヨロと歩み寄ろうとする。しかしその腕を雪が掴み止めた。
「待ちなさい、あれはあなたの生徒ではない。悪意で暴れるだけの化け物よ」
「けど、先生って!」
「イビルは色んな人の悪意の集合体なの、自殺した子そのものじゃないわ。百合、依頼者連れて下がりなさい」
「う、うん!」
慌てて駆け寄ってきた百合に守を託し、ケルベロスと向き直る。対してそのケルベロスは姿勢を低くし、より激しく唸る。
「あら、大切なセンセイを傷つけられて怒ったかしら?」
瞬間、ケルベロスが先に動いた。
跳躍し、雪めがけ前脚を振り下ろす。しかし寸前雪は後方に下がり、その凶悪な爪が空を切り床に突き刺さる。
生まれた一瞬の隙。雪は回り込み、ケルベロスの横っ腹に蹴りを叩き込もうとする。その時だった。
「雪、上!」
短い百合の叫び。それに釣られるように視線を上げると、ケルベロスの長い尾が持ち上がっていた。
回避は……間に合わない!
尾による打撃が打ちつけられ、咄嗟に両腕を盾に防いだものの、雪は軽々と吹き飛ばされて教室後方に背中を強打。
瞬間、衝撃で肺の空気が漏れ息が吸えない。
そこへケルベロスの追撃。
「しまっ!」
体勢を整えるよりも前。一気に距離を詰めたケルベロスの前脚の横薙ぎが、雪の脇腹に命中。
勢いそのまま、吹き飛ばされた雪はガラスを破り窓から外へ放り出された。
月明かりを浴びて煌めくガラス片と共に、闇夜へ放り出された雪。高さは2階。空中で体勢を整えグラウンドへ着地。
百合は!?
脳裏に浮かぶ不安。弾かれたように、自分が放り出された窓を見上げる。すると、ケルベロスが雪を追うように飛び降りてきた。
「あくまで、ターゲットは私ということね」
「雪ッ!」
窓から吹き飛ばされた雪を目にして、思わず叫び声を上げる百合。すると、ケルベロスはぐるりと振り向き。
「セン、セイ……マ、ッテテ」
百合。いや、その傍らにいる守を見やりカタコトで確かにそう口にし、窓ガラスを突き破り雪の後を追って飛び降りた。
百合はそれを呆然と見送る。
――おかしい。
先日のイタチ型イビルは、雪があっという間に片付けていたはずだ。
なのに、今回は違う。
あの雪が押されている。
視線の先で起きている光景が、頭の中でうまく繋がらない。
あれは同じ“中級”じゃないの?
それとも――あのケルベロスが、何か違うのか。
「あ、あの!」
耳元で大声。それにより思考が引き戻さる。
「大丈夫なんでしょうか、氷川さんは」
そうだ。昨日今日この化け物たちを知った自分が考えたところで、なにか分かるはずもない。
「行きましょう、私たちもグラウンドへ」
グラウンド中央。2階教室から吹き飛ばされた雪と、追走してきたケルベロスが相対する。
「まさか、ここまでやられるとはね」
苦笑気味に呟き、その場で軽く跳躍する。
背中は痛いが、大丈夫、足は問題なさそうね。
「それにしても……」
雪の中に湧き上がる疑念。
獣型な以上、中級なのは間違いない。けれど、交戦して実感した。
コンビネーションを駆使する知能、攻撃力、そして何より纏う悪意は上級に比肩する。
異常な速さのイビル化に始まり、中級でありながら上級に届きうる強さ。
間違いない。このイビルには何かある。
――けれど。
「すべて焼き尽くせば問題ないわね」
クスリと笑い、両腕を広げる。
すると、雪の体の周りでパチッ、パチッと火の爆ぜる音が。
そして――
「咲き誇れ、炎花」
雪の周囲に、八つの火球の花が咲き誇る。




