炎と幻
「おうおう。随分と洒落たやつに乗ってやがんなぁ、おい」
金品強奪を目的とする、賊のようなチンピラ連中だ。この世界においても、こういう強盗みたいな奴は沢山いる。
ボスは頭が禿げており、目が異様なほどギラついていた。
「この前はみんなさっさと殺しちまったが、今回はじっくり楽しみてぇ。お前らもそうだろ?」
「勿論でさ」
奴の部下と思わしき連中は、ゆうに三十人はいる。殺気だった武器持ちの集団を目にするなり、護衛の兵士たちはすぐに剣を構えた。
「ははは! ブルってやがるぜ。お前ら、遊んでやれ!」
ボスの大男が怒鳴り声を上げるなり、子分連中が一斉に襲いかかった。
まったく想定外だが、こういうのもあるか。少々計画が変わってしまうけれど、致し方ない。僕はすぐに魔法を使うことにした。
杖の先に漂わせた炎が、まるで蛇のようにしなりながら加速し、数名の賊を一瞬にして黒炭へと変えていく。蛇身煉獄波という魔法だ。
炎の軌道を自由に変えられることと、発動から敵に当たるまで数秒なので、とても使い勝手が良い。
「ああ!? なんだ! 魔導士がいやがるぞお!」
「嘘だろ……一瞬でやられた……?」
「あ、兄貴、こっちです! こっちにいます!」
「早く殺せ! 魔法なんか使う奴ぁ、近づけば何もできねえデクだからよ」
連中はこれで戦力が二分されるだろう。僕はもう一つ魔法を使う。少しして、賊連中がこちらにやってきた。
「兄ちゃん、たった一人かぁ? 正義の味方にでもなりてえってか」
身長二メートルはゆうに超える太った男が、ニヤニヤと笑っている。さっき中心にいたボスだ。
背中には槍、腰には剣を差しており、半裸に近い上半身にはいくつもの傷跡があった。
まさかボスのほうから出向いてくるとは思わなかった。
しかもほとんどの戦力をこちらに投入しているようだが、魔法を扱う者に恐怖しているのが透けて見える。
「おっと兄ちゃん、けっこう良いとこの育ちだな? 上等な服を着てるじゃねえか」
子分のような連中も、同じように武器を携帯している。禿頭が喋っている間に、ぐるりと周囲を囲んでいた。
「それなりの家で暮らしているよ。君達のことも知りたいな」
「へへへ! たっぷり教えてやるぜ。捕まえろ!」
周囲にいた子分達が、一斉に僕へと群がろうとする。面倒だなと考えていたその時だった。
子分達のすぐ側にある木に何かが突き刺さったのだ。
それは白く光るナイフで、あと少し賊が前に出ていれば顔面を貫いていたに違いない。
「誰だ!」
子分の一人で、青い顔をした男が叫ぶ。すると茂みの奥から、口笛まじりに一人の男がやってくる。
先ほどギルドで見かけたゴードンだ。どうやら僕の跡をつけてきたらしい。
「こんな森の中で子供を拉致するつもりかい。今どき流行らねえよ」
「てめえは……あのゴードンか。 ……け! いくらベテラン剣士ったってよ。この人数で勝てると思ってんのか」
「御託はいいから、始めようぜ」
ゴードンは物分かりがいい。面倒な口論よりも手っ取り早い戦いを望んだ。
あっという間に怒り狂った子分達が、彼に刃を向けていく。
しかしどうやら役者が違うらしく、連中の武器は彼にかすり傷すら与えられない。
代わりに突風のような身のこなしで、次々と賊の体を切り飛ばしていった。
僕は素直に感心した。これだけの腕前を持つ男が、大陸にどれほどいるだろうか。
物理的な戦闘を練り磨き続け、ある種の芸術とさえ思える剣の冴え。実に見事だ。
二十人はいた賊の群れは、あっという間に半分になり、さらに三分の一に減り、そしてボスだけになってしまった。
誰よりも体格も態度もデカイはずの禿頭は、彼の剣に恐れをなして後ずさってしまう。
恐らく逃げても捕まることは間違いない。ならばとばかりに、禿頭は僕が座る木のそばへと走った。
「動くなぁ! てめえ、こいつがどうなっても良いってかあ!」
「はあ、お前はつまらねえ……ん?」
「あ、ああ!?」
ボスが強引に掴んだ僕は、霧のように散ってしまった。木の上からその様子を見守っていた本物の僕は嘆息するばかりだ。
幻魔陣という名前の魔法で、あらゆる幻を生み出して敵を欺くことを目的としている。ただ、魔法の知識がなければ見破るのは難しい。
この賊連中は、魔法については上辺程度の知識しかなかったようだ。
「気づくのが遅い。お前は終わってる」
「て、てめえ……何なんだよこれはぁ」
呆気に取られた顔でゴードンがこちらを見上げていた。でもすぐに苦笑しつつ、ボスに剣を向ける。
「驚いたぜ、俺の出る幕じゃなかったみてえだな。お前は確かに終わってる」
「う、うるせえなあ! 終わってる終わってるってよぉ! この俺の槍を受けても同じことが言えるかあ?」
怯えの見える顔で、ボスは背中の槍を手に取り構えた。
「逃げたほうがいい」
一応僕は警告した。この男が死んだとしても哀れとは思わないが、死に方にもいろいろある。
ずり、ずり……という音が背後からしていることに、生き残ったボスは気づいていないのだ。
ゴードンはすでに気づいており、さっきとは違う真剣な顔になる。
「はは! 俺にビビってるみてえだなぁー。戦士さんよぉ」
「もっとこっちに来たほうが身の為だぜ」
「はあ? そんな手に乗るかっての!」
ボスは余裕を取り戻していた。そして、自分が逆に優位な位置にいると思い込んでいる。
それはもうすぐそこまで迫っていた。
「後ろに化け物がいるぞ」僕は一応教えてみる。
「バカが! アホ臭え手に乗るかってん、」
鈍い男だったが、自らを覆う影が見えたことでようやく気づいたらしい。振り返った時にはもう遅かった。
ゾウのように大きなサソリが、彼を凝視している。
大きな二本の触枝が、巨漢をガッチリと掴む。贅肉がめり込み、ボスは悲鳴を上げた。
このまま頭上でプラプラ揺れる毒針を突き刺すのかと思いきや、サソリは一息に男を引き寄せ、頭から噛みついた。
硬い口の中で、くぐもった悲鳴が上がる。たった数回の咀嚼で、世間に唾を吐き続けた男の生涯を終わらせた。
最後の悲鳴は聞くに耐えなかった。しかし、この男もまた同じように、誰かを酷い目に遭わせてきたことは容易に想像できる。
さっき他にも殺したとか言ってたし、自業自得じゃないかな。
そして僕は、やっとこいつの相手をすることができる。
さっき馬車に襲いかかっていた賊の残党を、護衛の兵士が巻き添えを喰わないように、慎重に魔法で拘束していたところだった。
白銀拘束という魔法で、敵を縛りつけることができる。操作が難しい上に、効果がある対象は限られるけれど、慣れれば役に立つ魔法だ。
一応、背後に誰がいるか操作する必要はあるだろうから、生き残りは捕まえておく。
「残すはあいつだけか」
ゴードンが剣を構えて、死のサソリと向かい合っている。彼は人間でありながら猛獣のようだ。
きっとさほどの苦もなく倒してくれるだろう。
でも、これ以上時間をかけたくないので、ちょっとだけ手助けをすることにした。




