ボスの討伐
サソリは巨体の割には俊敏だが、ベテランの目には少しも焦りがない。
手伝うつもりでいたけれど、ゴードンは割とあっさりと魔物の死角から切り掛かり、簡単に武器を奪っていく。
敵を捕まえることを目的とした左右の触肢を切断し、続いて頭部を狙おうとしている。
彼が最も危険な武器である、頭上から除く毒針を警戒していることは明らかだった。
放っておいても勝てるだろうけど、そろそろ僕はこの場を去りたかったので、ちょっとだけ加勢してみる。
サソリが大きな体をちょこちょことさせ、回り込もうとしたゴードンと向き合おうとした。
その時、杖の先を敵の少し上に向けた。
僕は今飛行魔法で浮遊しているが、このまま他の魔法を使うことはけっこう難しい。
魔力の流れと放出に細心の注意を払いつつ、それを解き放つ。
最初は、小さな風が吹いたようにしか映らない。
でもそれはやがて鋭利な力を備え、細く集約されながら獲物へと向かう。
風の刃を飛ばして相手を切る、烈風刃という古代魔法だ。原作ではエアカッターという魔法が登場するが、それに近い。
風の刃にサソリは気づかなかった。己の背中にある角と、長い毒針を切断されたことで、ようやく何かが起こったことを知る。
だが、この時点で気づいても遅い。武器を全て失った魔物は、正対していた剣士にあっさりと急所を突き刺され、そのまま絶命した。
これで僕の役目は終わりだ。
吹き飛ばした角が落ちた先に向かい、回収してからゴードンに手を振り、そのまま飛び去った。
向こうが何か声を上げていたけど、これ以上関わるのは控えるべきだと思う。
馬車のお偉いさんが、慌てながらゴードンのもとに向かっているのが見えた。
彼は助けた貴族から、手厚いお礼を受け取ることになるだろう。僕は目立つつもりはないので、これで話は終わり。
すぐに港町に戻り、ギルドの扉を開いた。
◇
「あれ? さっきの坊やじゃないか。忘れ物でもしたのかい?」
眠そうな顔の受付嬢が、頬杖をついて問いかけてくる。彼女の目の前に、独特な形をした証拠をそっと置いた。
これだけで僕の両手が塞がっていた。多分五キロくらいはある。細腕にとってはかなり重かったので、もうやりたくない。
「ダーク・スコーピオンの角を持ってきたよ。報酬を貰いたい」
受付嬢は、目だけをまんまるにして僕をしばらく見つめている。
「……は?」
そして角とこちらを交互に見やり、ようやく状況を察した時には、頬杖をやめて伸び上がらんばかりになっていた。
「ちょ、ちょっと待ちな。鑑定班を呼ぶ!」
慌てて呼び出された鑑定士達は、角を別室に運ぶと、ああでもないこうでもないと話し合っている声が聞こえてきた。
その間、受付のお姉さんは落ち着かない目でこちらをチラチラ見ている。
「マジでディアークの森に行ったの?」
「ああ」
「誰と行った?」
「一人で行ったんだけど、途中で剣士が助けてくれたよ。トドメを刺したのもあの人だけど、角は僕がもらった。ここですれ違った人なんだけど」
「あー、じゃゴードンさんか。いや、でも……いくらなんでも早すぎない? 依頼受けたの、ついさっきよね」
納得ができないという顔をしている。貴族の少年にそんなことができるわけがないと、そう疑っているのではないか。
「意外とここから近いからね。あの剣士は気前がいいよ。僕に報酬を譲ってくれたし。実は偶然にも、お偉いさんが襲われててね。あの人は今頃、助けたお礼をたっぷり貰っているところじゃないかな」
少しして、鑑定士の人達が戻ってきて、「これはダーク・スコーピオンの角で間違いありません」と受付嬢に伝えていた。
「……マジか」
彼女は呆然としつつ、すぐにテーブルに報酬が詰まった袋を置いた。
「驚いたよ。坊やなんていう可愛いもんじゃないね、アンタ。じゃあこれ、持っていきな」
「ありがとう」
僕は報酬を受け取ると、すぐにギルドから出ていった。袋の中には銀貨と銅貨がぎっしりと詰まっている。
前世の日本円で換算すると、銅貨は一枚あたり千円、銀貨は一枚あたり三万円くらいの価値があった。
まだ中身を数えていないけれど、銅貨は恐らく三十枚くらい、銀貨は十枚くらい入っていると思う。
ただ、日本と比較すると物価もかなり安いので、これだけあれば半年は暮らせるくらいだ。
これは準備資金だ。学園生活や卒業後の暮らしの為、今から用意しておけば後々楽だと思っていた。
今後もどこかのギルドで稼ごうと思っているけれど、あまり目立ってしまうと厄介な詮索や勧誘……または強盗目的の奴が近づいてくるかもしれない。
だから今後も、できる限り違う場所でやっていくつもりだった。
そして今回のことで、ダーク・スコーピオンに殺されるはずの馬車にいた人達は生存することができた。
これで原作の鬱要素は一つ減ったし、運命を知る身としては、多少は気分が良くなる。
この後もやるべきことは沢山あるけれど、今日のところは家に帰ろう。
それと、邸に戻った時、姉上とメイが僕を見つけるなり大急ぎでやってきて「アリス様との二度目が決まったわよ」という知らせをくれた。
まさか本当に二回目が決まるなんて。予想もできなかったことだし、彼女が何を考えているのかよく分からない。
純粋な好意というなら、悪い気はしないけれど。
何か裏があるのでは? という不安が入り混じりつつ、とにかく話は具体的になっていく。
彼女と関わるのは危険だ。とにかく慎重に、上手くこなす必要があるだろう。
でも僕は、まだどこかで楽観視していた。




