第九話
直美たちは、びっくりするぐらい不味いレーションを食べて、口直しに百年以上に渡って熟成された紅茶を楽しんでいた。
「はぁ、生き返った~。まさか、ご飯食べて死にそうになるとは思わなかったよ」
「すみません。本当に冗談のような味でしたわ。私の先祖様は味覚音痴だったのでしょうか??」
ビィィ―、ビィィ―。
艦内に鳴り響く警告音。
「はぁ、またこの音? もう、聞き飽きたよ。それで? オオサカ、今度はどこが壊れたの?」
「艦長、大至急艦橋に移動してくれ! 何者かが接近してくる。決して友好的な動きや無いで」
直美は、何者が近づいて来るという言葉が気になってしまい、初めてオオサカから“艦長”と呼ばれたことに気がついていなかった。
直美とセレナは食堂から飛び出すと、艦橋に文字通り飛んで行った。
「皇女ちゃん、レーダー見れるか? 艦長は、艦長席について!」
オオサカから矢継ぎ早に指示がくる。その声には緊迫感が感じられる。
「はい。一応レーダーの見方と航宙図の見方は学んでいますわ……えっと一隻、ワープアウトして来るようですわ」
「そうや。そいつ、この艦の近距離に化けて出てくるやろ。これは、明らかに航宙法に反してる。……海賊やな」
バァァン!
大きな音と衝撃波を放ちながら何者かが監視レーダーに映り込んだ。
「海賊!? あ、出て来た!! 最大望遠でモニターに映して!」
直美の指示に従って、オオサカが正面の大型モニターにワープアウトしたての船を映し出した。
大型の軍用艦にも見えるが、その艦首には、羽を広げた髑髏の紋章が描かれている。
「マズイな。まだ主砲、直してへんで丸腰で戦闘は無理や。こんな一般航路に海賊が出るようになってるんか!?」
オオサカの声と同時に火気管制レーダーの波を検知したと警告メッセージがモニターに表示される。
『あー、こちらは海賊船アビスだ! 突然だが、その艦を引き渡してもらおうか。ビンテージ物の軍艦は金になるのでな』
「うわ、思ったよりストレートな要求来たよ! 時間を稼ぐから、何か策を考えて!」
「分かった! 皇女ちゃん! さっきの冷凍魚雷を取りに行くで。管制席の横のタブレットを持って来てや」
セレナが飛んでいくのを横目に、直美はマイクのスイッチを入れた。
「もーし、もーし。こちらは宇宙船グリムでーす。何か御用ですか~?」
『なっ、何でガキが出てくんだよ! おいコラ、艦長を出せ。舐めてっとケツ蹴り飛ばすぞ!』
「あらら、私が艦長の直美でーす。あなたのお名前は?」
『ふざけるな! ガキがビンテージ物と言っても軽巡の艦長なんぞやれるか! おとなしく艦長を連れて来い』
声からも相当イラついた様子が伝わって来る。
正面のモニターが分割され、オオサカが大笑いしている様子が映し出され、その横に吹き出しが表示された。
――相手は、この艦を欲しがっているから撃沈するような撃ち方はしてこない。
「そう言われましても……あっそうだ! あなたのお名前は何というのですか?」
『ああ!! 何処の世界に海賊が馬鹿正直に名乗るんだ! お前には、常識って物が無いのか??』
「嫌だわー。私は人に名前を聞いておいて、自分は名乗らないなんて非常識は習ってないですよー」
『がぁぁぁぁ!! 何なんだよ!! 良いか、お嬢ちゃん。俺たちは海賊なんだよ。お嬢ちゃんじゃ話になんねぇからちゃんとした大人を出せって言ってんだよ!!』
きっと、海賊の人、頭の血管がブチ切れそうになっているんだろうなーと思いながら、もう少し粘ってみる。
「えっとぉ、どうしようっかなー。おじさんのお名前も分かんないしなー」
『クソガキがーー、誰がおじさんだ!! 俺は、まだ二十七だ! 名前か、俺の名前がわかったら大人と代わってくれるのかよ。わぁったよ。俺の名前はバロックだ。なっ、これで良いだろう? 早く大人と代わってくれよ』
正面モニターのオオサカの吹き出しが変わった。
――亜空間魚雷、準備完了! 火気管制レーダーを奴に照射しろ!
直美は、艦長席のパネルを操作して、かろうじて読めた火気管制レーダーを起動させた。
通常の監視レーダーとは違って、火気管制レーダーは指向性が高くピンポイントで相手の位置や距離などを計測できる。そのレーダーを思いっきり照射した。
『な、なんだ!! はぁ火気管制レーダーだと!! て、てめえ。何を考えてやがる。メインエンジンも止めたままで、俺と殴り合うつもりか。ああ、やかましいぞ! おい、音を止めろ!!』
バロックの声の向こうで警告音が聞こえる。
「あれー? 何か触っちゃったぁー。ねえ、おじさん。これどうすれば良いの??」
『はぁぁ!! 何をすっとぼけた事をぬかしてやがるんだ!!』
――亜空間魚雷、目標セット完了! いつでも撃てるぞ!
オオサカのメッセージを見た直美は、艦長席の魚雷発射ボタンに手を伸ばした。
ビィィ―、ビィィ―。
「なに?? 何の音? えっと……何かが近づいて来る!? 海賊の援軍!!」
直美は魚雷の発射ボタンではなく、監視レーダの詳細表示をモニターに出した。
「帝国識別コード確認。艦名、《エトワール》――第七方面艦隊所属の巡洋艦?」
「艦長はん。そいつに向かって撃ったら犯罪者になるから、撃ったらアカンで」
オオサカの声が聞こえると同時に、正面モニターに映っていた海賊船アビスの映像が歪み始めた。
バァァン!
大きな音と衝撃波を残して、アビスが消えた。
「はぁーー助かったー」
直美がホッとしていると、すぐさま通信が入った。通信は映像付きだったようでモニターに映し出される。金の房飾りを肩に掛けた中年士官だった。威圧的な態度ながらも、礼儀を欠くことはなかった。
『こちらノイ=ヴァルド銀河帝国軽巡エトワール、ただいま、アビスと思しき海賊船を確認しましたの急行しました。貴艦は無事ですか?』
「こちらグリムリーパーです。ご支援に感謝いたします、帝国艦エトワール。おかげさまで、本艦は無事です。助かりました」
直美も映像付きの通信を行った。
『失礼ですが、お嬢さんが艦長ですか?」
オオサカが素早く、吹き出しで目的地を表示する。
「はい。そうです。艦長の直美です。本艦は……ルーナ・ベータに向けて航行中です」
『なるほど、了解しました。航行の無事をお祈りします。それでは本艦は、先ほどのアビスを追いますので失礼します』
そう言うと、エトワールは進路を変更して遠ざかって行く。
直美が監視レーダーを見ていると、エトワールはグリムリーパーと少し距離が離れたところでワープしていった。
「はぁぁ、すっごい緊張した。もう駄目かと思ったけど……」
直美は考え事をしながら、艦長席を離れ、ゆっくりと宙に浮いた。
その時、艦橋の扉が開いてセレナが入って来た。
「直美、音声のやり取りを聞いていましたが、すごかったですわ。海賊とやり合うなんて……私、ドキドキしましたわ」
セレナは興奮した様子で直美の手を取った。
「ねえ……セレナ。帝国の正式名称をもう一度教えてくれない」
直美の言葉に困惑しながらも、セレナは口を開いた。
「え? ええ、よろしいわよ。ヴァルディス銀河帝国ですわ……それがどうかしましたの?」
「帝国って他にもあるの?」
「……何を言っていますの。この銀河で帝国はヴァルディス銀河帝国だけですわ」
セレナもただならぬ直美の雰囲気に不安を覚えながらも聞かれたことに答えた。
「ノイ=ヴァルドって名前に聞き覚えはある?」
直美の言葉を聞いた途端、セレナの顔色が変わった。
「その名前は、伯父のグランツ公爵の家名ですわ。グランツ・ノイ=ヴァルドが正式な名前ですの」
「オオサカ! さっきの軍艦、ノイ=ヴァルド銀河帝国って名乗ったよ。これって……」
「ああ、今、通信ログを確認した。確かにそう名乗ってるな。はっはぁん、艦長はん、だから皇女ちゃんの事を言わなかったんか。しかし……これはマズイことになったかもしれへんな。皇女ちゃん、あんさんが寝ている間に政権交代があったかもしれへんで」
「えっ! 父に何かあったとしても兄たちや姉たちも……母たちもいますわ……まさか……」
艦橋はわずかに空調が動いている音と、補助エンジンが動いている小さな振動だけが流れた。