第八話
直美は、靴底についた電磁石の働きと、船体の所々に付けられている取っ手に掴まりながら、船の腹側に辿り着いた。機関室近くの倉庫から牽引してきた部材をゆっくりと引き寄せる。
「ええか、この穴に入って船の中から修理するから部材を全部、穴の中に入れてもうてや」
穴から、中を覗き込む。そこはグリムリーパーの倉庫エリアへと繋がっている通路だ。ここが破損している所為で、気密扉が自動的に閉まっているのだ。
「え? 中からするの。てっきりこのまま、外から修理するのかと思っていたよ」
「いや、そりゃ外からでも出来るんやけど、万が一、修理漏れで気密が保たれてなかったら、貴重な空気が漏れてまうからな、内からやった方が応急処置し易いんや、それと一応デブリは監視してるけど、外の方が危険性は高いからな、なるべく外に居る時間は短い方がええねん」
デブリ、宇宙区間を漂う細かい鉱石などだ。何かにぶつかるまで永久に飛び続け、速度も引力の影響を受けなければ減衰しない。そんな物が超高速で何万キロも彼方から飛んでくることもある。数ミリの小さな物でも銃弾のような速度で飛んでくると作業服を易々と貫通してしまう。
一応、普段は船体にはデブリ対策に磁気防御を張っているが、今は直美が船外作業をするために止めているのだ。
「そ、そうだね。わかった。じゃあ全部入れてしまうね」
そそくさと、部材を穴から通路に入れていく。通路の中はマイナス二百七十度。色々な物が凍り付いている。部材を壁にぶつけないように入れ終わると、最後に直美も中に入って行く。
「それじゃあ、金属のパネルと鉄骨で固定していくで。これは本当の外装とは違うけど、これで補強しておくんや、それが終わったら、このシートを付けて、ほんで防熱スプレー、最後に金属パネルを付けてサンドしておくんや。ほな始めよか」
直美は、オオサカに言われるがままに、溶接機を使ってパネルを取り付けて行く。初めのうちは、使ったこともない工具に戸惑ったが何度も使っていくうちに少しづつ要領を掴んでいった。
防熱スプレーと言うモノは、吹きかけるとムース状の泡が出て来て固まっていく、これが意外と難しく自分の体を固定しながら吹きかけないと、自分が飛んでいてしまうのだ。
「はぁー。出来た!! これで大丈夫だよね!」
直美がヘルメット越しにオオサカに話しかける。
「おお、ええ感じやな。それじゃ、ちょっとエアーを入れてみるからな。最初は霧状の物が出るからな。その霧の動きをよく見て船外に漏れて無いか見るんやで」
オオサカはヘルメットに着いた外部カメラから、作業状況を確認している。
シュゥゥゥーッ
空気が入って来る音と共にあたりにうっすらと霧が立ち込める。
直美は貴重な空気を逃さないように、ジッと見つめる。その手には応急修理用のスプレー缶を持っている。
こっちのスプレーは先ほどの防熱用ではなく、エアー漏れを一時的に防ぐ為のものだ。小さな隙間なら、これだけで防ぐことが出来る。
「大丈夫そうね。良かった。溶接なんて、初めてやったから、うまく出来るか心配だったんだ」
「おう、これで十分や。ほな、このまま本格的にエアーを入れて気圧が一定になったら、倉庫の扉と通路を閉鎖していた気密扉を順番に開放していくから、ちょっと待てってな」
暫く待っていると、プシューっという音と共に倉庫側の扉が自動的に開いた。
「ねえちゃん、ちょっと通路にある気密扉の周りを見てくれるか? こっちから制御が出来ないみたいなんや」
「ん? どれどれ……あぁ、これが原因じゃない」
直美が指さした先には金属の棒のような物が壁に突き刺さっていた。船の内壁側だったので、気密は気にしていなかったが、これが何か電気的なトラブルを引き起こしているように思えた。
「あちゃ~。たぶん、それやな。まず、その金属片を外せそうか? あ、いけそうやな……うん、そこの切れてるケーブルを繋ぎ直してくれへんか。電気は止めているから触っても大丈夫やけど、まだ、温度は低いからグローブしたままでやってな」
直美が何とかむき出しになっていたケーブルをつなぎ合わせると、ようやく通路の気密扉も開くことが出来た。
「お待たせ~セレナ。無事修理できたよ」
直美が船外服のまま手を振ると、セレナは白いドレス姿で手を振り返してくれた。
「ふっふふ。いつまでヘルメットを被っていますの」
セレナは少し笑いながらゆっくりと通路を漂い、ドレスの裾をふわりと広がりながらも優雅に直美の横に辿り着き、直美の腕を掴んで体を止める。
そんなセレナも手には、しっかりとグローブを嵌めていた。どうやら待っている間にオオサカから指示があったのだろう。
まだ、その辺の金属は極低温になっている。うっかり触ると指が張り付いて大変なことになるのだ。
「あ、そっか。空気も循環しているから、ヘルメットは要らなかったや」
直美はヘルメットを脱いで小脇に抱えた。
「うー寒いんだね。セレナは、その恰好で平気なの?」
「うーん、ちょっと寒いですわね。私も船外服に着替えようかしら」
「その方が良いかもね。先に着替えてきなよ。倉庫も寒いみたいだよ」
セレナは船外服に着替えに艦橋に戻って行った。
「さて、閉鎖されていた区域か……一応聞いておくけど、死体とかは艦内に残っていないよね?」
「それは大丈夫や、前の戦いでメインエンジンがやられた時点に総員退艦したからな。まあ、それで連絡艇で脱出している最中に砲撃の直撃を受けて爆散してもうたけどな」
「あぁ、そうなのね。この船って、前は結構な人数が乗っていたの?」
直美は、セレナが戻ってくるまでの間、このままオオサカと雑談をして待つことにした。
もちろん、先に倉庫に入っても良いのだが、何となくだ。
「そうやな、この船は軽巡洋艦やけど、ほとんど自動化されているし、ワイがサポートするから実は艦長一人でも動かすだけなら何とかなるねん。ただ戦闘となると一人では手が足りんなるから、ある程度は必要になるんや。それで、一番多い時は三百人ぐらいやけど最後の時は百人ぐらいやな」
「ふぇー。結構な人数が乗っていたのね。やっぱり、私一人では何かあったら手に負えないよ」
「直美、待っててくれたのね。ありがとう。でも先に入っていても良かったのよ」
セレナが船外服に着替えて戻って来た。セレナは直美よりも背が高いため、普通のシルバーの船外服でも着こなしていた。
「ふーむ。さすがに高貴な方だからか、金髪美人さんだからか……船外服を着ても、どこかエレガントな感じがするよ」
「っぷ。何ですかーそれは。船外服は誰が来ても同じようなものですわ」
「そうかな? 何かが違う気がするけど、まあ、仕方がないよね。じゃ、さっそく倉庫にはいってみよう!」
「そうですわね!」
閉鎖されていた扉を越えると、そこには広い空間に何段も棚がついたキャビネットが備え付けられていた。無骨なキャビネットのスライド扉を開けると、内部には銀色の密閉コンテナが所狭しと並べられていた。ほこりは積もっていないが、内部には霜がはりつき、全てのものが超低温で長時間に渡って保存されていたことがうかがえる。
「ねえ……これ、本当に食べれるの? だって百年も前のなんでしょう?」
直美は、紺色した細長い棒状の物をオオサカに見せながら聞いた。
「違うで~。それは二百年以上前やけど大丈夫や、帝国軍のレーションは保存性が高いのだけが、ええ所なんやで。それにマイナス二百七十度の極寒で保管していたんやから大丈夫や。ただ、味は期待したらアカンらしいで、二百三十年ほど前に、帝国軍のレーションが味と風味の面で裁判沙汰になったことあったぐらいや」
「それ、本当に食べ物だったの?? セレナの先祖様って……」
「ええ。それは私も聞いたことがりますわ。それで軍が敗訴してレーションの再開発を行ったって聞いてますわよ」
「そうやな。それでも結局、味は駄目だったらしいけどな」
「「……」」
その後も食糧パック、飲料用水、水の生成装置など、必要そうな資材が見つかっていく。だが最も重要だったのは、倉庫の隅にぽつんと置かれていた一個のコンテナだった。
「ん? オオサカ、これ何だろう?」
「どれ、ちょっとカメラでシールの所を見せてみ。それ……はぁ!? それは亜空間魚雷と設計図やと! なんでそんな軍事機密が食料倉庫で冷凍されてるんや?」
「ん-? 魚と間違えたのかな? 魚雷だけに……」
「どんなアホや……あぁ、入れたん、あいつやろうな……確かにアホやったわ!」




