第七話
ビィィ―、ビィィ―。
≪酸素濃度 【低下】≫
正面の大型モニターには見慣れた赤い警告ウィンドウ、艦内には警告音が鳴り響く。
「あぁ、急がないと駄目なのは変わってないのね。じゃあセレナ。このカプセルを使わしてもらうわね。そうしないと私たち酸欠で死んでしまうみたいなの」
「ええ、もちろん良いですわよ。乗せてもらった所為で、死なせるわけにはいきませんわ」
「それじゃ、遠慮なく使わせてもらうな。それじゃ、ちょっと起動させるで」
オオサカの言葉と同時に、セレナが乗っていたカプセル内部の制御パネルが突然光を放ち、青い画面がポップアップされた。
【補助生命維持装置:起動可能】
「おおっ!? 本当に使えそう? こんな、ちっさいカプセルだけで??」
「問題ないで、ちょっと配線をいじって、この艦の生命維持系統と接続すれば出来るはずや。さっそく教えるから、ねえちゃん作業開始や!」
「よぉーし、頑張るぞ!」
直美は即座に工具箱を引き寄せ、空調室までカプセルと工具を持って移動を開始した。
空調室に入ると、艦に備えつけられている空調装置を一旦止めて、カプセルの配線と見比べながら作業を行っていく。
「……ああ、配線がくしゃくしゃになってる……。オオサカ、サポートをお願い!」
「任せとき、ワイが手ぇ貸したるからな。これで泥船に乗ったようなもんや! 安心しとき!」
「泥船! 全然安心できないじゃない! と、とにかく、どこから繋げば良いのよ?」
「そこの……そう、それ。そのカプセル側の中継装置をバイパスして、グリムリーパーの環境制御ユニットに繋いで――」
直美は、汗を垂らしながら応急修理を続けた。
「良し! それじゃあ、運転再開!」
空調装置の稼働再開と同時に空調のわずかな唸り音が室内に戻った。
やがて、艦内全体にうるさく鳴り響いていた警告音が止まった。
「ふぅ、どうにか延命はできたな。これで、酸素ボンベを使わなくても、七十二時間は持つで」
オオサカの言葉に直美は、額に汗を浮かべたまま床にへたり込んだ。
「……ははっ、皇女様が命の恩人ですね」
「ふふっ、当然のことをしたまでですわって言いたいところですが、先に私は貴女に助けて貰いましたわ。これで、少しでも恩返しができたので、良かったですわ」
直美が作業している横で興味深く眺めていたセレナもホッとしたように微笑んだ。
「ところで、少し喉が渇きましたわね。この船には食料とかはあるのですか?」
セレナはゆっくりとあたりを見渡している。
もちろん空調室に食料は無い事は承知しているだろうが、なにぶん全体的に年季の入った作りをしているだけに心配になったのだろう。
当然、直美も食料の保管状態は知らない。ジワリと心配になって来る。
「えっと、オオサカ、食料それと飲み物とかあるの? 酸素が危険な状態だったから完全に忘れてたんだけど」
「任せとき! ちゃんとあるで……ちょっと熟成された百年物やけどな!」
なぜか、ドヤ顔でサムズアップして答えるオオサカ。
「「…………」」
「はぁぁ、命に関わる問題が山積みだね……」
思わず、直美は天井を見上げて、ため息をついた。
オオサカ曰く、今向かっているコロニーに到着するのは六十時間後、二日半はかかるという事だ。オオサカとは違って人間の二人にとっては食料と水の確保は避けられない課題だった。
現時点でわかっているのは、艦のメインエンジンは沈黙、酸素はセレナの救命カプセルについていた生命維持装置を繋ぎこんで延命中──つまり、ギリギリ。
「まあまあ、人体に害はないから大丈夫やと思うで、ワイは食べたことないけどな。取りえず倉庫に行ってみ」
直美の持つタブレットからは、オオサカの気楽な声が流れた。
「ふぅ、そうね。まずは見てみるか。セレナ、行ってみましょう」
直美はセレナと一緒に船底の方にある倉庫エリアを目指した。
「ええ、閉鎖扉が閉まってる。ここって通れないじゃない。えっとそれじゃあ他のルートは……あれ? ここはさっき駄目だった所だから……道が無い!!」
そうなのだ。このグリムリーパー、あちらこちらに穴が開いており、緊急処理として閉鎖扉で閉鎖されている部分がある。
その影響で、通路は所々が閉鎖されて簡単には行き来出来ないようになっているのだ。
オオサカもある程度は把握できているが、センサーも監視カメラも丸ごと破損している箇所はどうなっているか把握出来ていなかった。
「うーん。これは、穴を塞がないと駄目ね。ねえ、オオサカ、穴を塞ぐのってコロニーに向かいながらでも出来る?」
「出来るで、この航路には変に強い引力を放つ惑星や恒星はないから、外に出てもそんなに危なくはないんや。もちろん本当はちゃんとした気密ドックに入れて修理すべきなんやけどな」
「ねえ、直美。ここを修理して通れるようにすると、また空気が足り無くなりませんの?」
横で聞いていたセレナが心配そうに直美に言った。
「ああ、そうね。確かに通路にも空気を送り込むと、全体が薄まってしまうか……でも二日半も飲まず食わずってのもね……」
「うんにゃ。それは大丈夫や。この通路が繋がったら、倉庫内の空気も使えるようになるからトントンやな。でもな、ちょっと問題があってな。外装と気密壁を修理する部材は、その閉鎖されている通路の先の倉庫エリアにあるねん」
オオサカの言葉には大きなジレンマが含まれていた。直美は、なぞなぞを聞いているような気分になりながらも、頭の中で艦内の見取り図を描いていた。
「……それでな。ねえちゃんには手間かけるけど、ここの倉庫エリアとは別に穴が開いている倉庫があるんやけど、そこにも、過去の記録では部材が置いている事になっとるんや。それを艦の外から取りに行ってそれで塞げば何とかなるかも知れへんで」
「なるほどね。外壁に穴の開いた倉庫から部材を取り出して、目的の倉庫エリアにつながる通路を修理するのね。食料が無いと困るから、やるしかないよ」
船外服を着こんだ直美はオオサカの誘導に従って、グリムリーパーの外壁に沿って移動していく。
「ここね。あー確かに人が通れるぐらいの穴が開いているわ。えっと……この赤い氷のようなものは……いや、今は気にしないことにしよう。それじゃあ、ちょっと失礼して……」
直美が機関室近くに空いた穴から船内に入ると、そこは小さな倉庫になっていた。倉庫の中では、爆発が起きたように様々な物が散乱している。明かりもつかないため、ヘッドライトから伸びる光だけを頼りに必要な部材を探していく。
大きな金属のパネル、鉄骨、ビニールシートのようなもの、大きなスプレー缶のようなものなど、様々なものを自分の船外服を傷つけないように慎重に運び出して、牽引ロープと網で船外に固定しておく。
「オオサカ、これで良い?」
「そうやな。今欲しいのは、こんなもんや。本当はこの部屋の穴も塞ぎたい所やけど、部材が足りるか分からんから、まずは大きな食料倉庫を使える状態にするのが先やな。ほな、部材を引っ張りながら戻ってかー」
直美は部材を網に包んでロープで引きながら、ゆっくりと船体を回り込んでいく。こうしてみる宇宙の世界は暗闇と遠くで輝く星々の光だけ。
「あれ? 星の光ってチカチカしていないんだね。あれは私が居たところだけなのかな」
「はぁ? 星がチカチカなんてするかいな。そんな短期間に爆発と鎮静を繰り返すなんて聞いたこと無いで。どんなファンタジーな世界から来たんやねん」
「えぇ~。私の方がファンタジーな世界なの??」
直美は、オオサカとくだらない会話を続けながら、慎重に船体を移動し、船の腹側に空いた穴の前にやって来た。