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第四十三話 【幕間】


これは、フェルマント侯爵が出撃する前の話。


巨大コロニー、ゴルディア・セントラルの夜は、完全な暗闇ではない。

このコロニーの気象制御は、人間の生理周期を考慮し、太陽光に似せた昼光から、月明かりを思わせる銀青色の光へとゆるやかに移り変わる。気温もわずかに下がり、空気循環塔からは冷やされた風が送り込まれ、居住区の窓には柔らかな明かりが灯る。

街区ごとに夜の訪れは異なり、商業区は遅くまで明るいが、政庁や侯爵邸のある高台区画は、昼よりも抑えた照度のまま、哨戒灯だけが規則正しく瞬いていた。


フェルマント侯爵邸、その二階奥の執務室。

深紅の絨毯が敷かれた部屋の長机を挟み、二人の男が向かい合っていた。


一人は銀髪を後ろで束ねた長身の軍服姿――軍務長官オルヴァン・クロイツ。

もう一人は上質な夜会服を纏い、ワイングラスを軽く揺らす男――宰相アントワーヌ・ド・ベルフォール。


机上には密かに入手した情報報告書が置かれ、その冒頭にはこう記されていた。


『第二皇子ユーグ・アムシェル・ノイ=ヴァルド、父帝の勅命を受け極秘行動中。目的はセレナ皇女の確保、もしくは抹殺』


「……状況は一刻を争う」


オルヴァンは報告書を閉じ、低く言った。


「ヴァルディス帝国が持っていた全銀河のルミナスチャートが殿下の手にあるなら、それを奪うつもりだ。もし無ければ――レオネウス陛下暗殺の証拠を封じるため、命を絶つだろう」


アントワーヌは眉をわずかに動かした。


「その危険は承知しています。しかし、殿下を表立って動かせば、帝国の監視網が一斉にこちらへ向きます。我々が保護する意志を持っていることすら、今は悟らせるべきではありません」


「慎重さは必要だが、悠長にはしていられん」


オルヴァンの声音がわずかに硬くなる。


「救出部隊を直ちに編成し、可能な限り早く殿下を保護する。ユーグより先にだ」


アントワーヌはゆっくりとワイングラスを置いた。


「軍務長官、あなたの焦りは理解します。ですが、帝国は皇子直属の部隊を投入している。殿下を奪取した瞬間から、侯爵家は帝国と全面的に対立する覚悟が必要になるのですよ」


「ふん。その覚悟なら、とうにできておる」


オルヴァンの目は鋼のように冷たかった。


「我々が遅れれば、殿下の命はない。それだけは避けねばならん」


アントワーヌはしばし沈黙し、やがて薄く笑った。


「……わかりました。救出はあなたの方針で進めましょう。ただし、成功後の身の振り方は私に任せていただきます。殿下を保護した事実を、帝国にどう見せるか――それが私の役目ってことでしょうね」


オルヴァンは短くうなずいた。


「交渉はお前に任せる。だが、戦場に出るのは私の役目だ」


二人の視線が交錯する。

それは衝突ではなく、異なる道を通って同じ目的地を目指す者同士の視線だった。


◇ ◇ ◇


その後も、オルヴァンは精力的に情報を集めていた。情報収集の基準となるのは、第一天宙艦隊の動きだけでは無かったが、意外にもマルセン伯爵領地のコロニー、ルーナ・ベータから気になる情報が入ったのだ。


「ほう、皇女殿下の名を騙る者か……湾施設を破壊したグリムリーパーと名乗る軽巡と、その一味を海賊と見なすと……」


そこから、オルヴァンは海賊の動きに注目していくが、しばらく情報は途絶えてしまっていた。


次に海賊がらみの話が出たのは、各地に張りめぐらされた密偵からの情報――海賊のアジトに関する話であり、ヴァルクライネ辺境伯の“鋼の獅子”艦隊の動きであった。

ヴァルクライネ辺境伯は、元々色々と良からぬ噂の多い者であったが、それがわざわざ虎の子とも言える鋼の獅子を出航させた。その理由を探ると、そこに海賊の壊滅作戦が出て来たのだ。


「ふん。わざわざ艦隊を出すぐらいだ。どうせ、まっとうな思惑では無く、何か旨い汁でも吸えると考えているのだろうが……ただ、ルーナ・ベータの件があるからな……」


この情報だけで、別段セレナ殿下と関連があるのか分からない。分からないが、妙な胸騒ぎがする。

更に、グリムリーパーに関する情報を求めて、別の伝手を使って情報収集を行っていく。


次のもたらされた情報は、元部下からの情報であった。今、彼女は海賊という立場でノイ=ヴァルド銀河帝国で様々な諜報活動を行っていた。


「グリムリーパーが海賊たちと行動を共にしているだと……これは良くない……な、何だと! グリムリーパーが罠と思われる第二のアジトに向かっただと! 直ぐにフェルマント閣下に報告を上げて、判断をして貰わねば!」


◇ ◇ ◇


数時間後、ゴルディア・セントラルの軍港区は、煌々とした光に包まれていた。

オルヴァン軍務長官からもたらされた報告に、フェルマントに迷いはなかった。

オルヴァンは「まだ可能性の段階だ」と前置きしていたが――彼が、それだけでわざわざ報告を上げてくるはずがない。

彼とは、ヴァルディス帝国第一艦隊でフェルマントが戦術参謀を務めていた頃からの旧知の仲だ。

その思慮深さと情報分析能力には絶大な信頼を寄せている。

あの時、彼の報告を参謀長官が軽視しなければ、ヴァルディス皇帝の悲劇は未然に防げたかもしれない――そう、今でも悔恨が胸に刺さっている。


考えを断ち切るように、発艦準備を知らせるアラート音が低く、しかし絶え間なく港湾全体に響く。

厚い装甲壁に守られた発着槽には、艦体を黒く塗りつぶした戦艦、重巡、護衛の駆逐艦群が整然と並ぶ。

銀河系にその名を轟かせる――銀翼の艦隊だ。


その中心に停泊するのは、侯爵家直属旗艦――大型空母アウレリア・セラフィム

艦首には侯爵家の紋章が小さく刻まれ、光沢を抑えた外装は、戦場よりも影に溶けることを目的としている。内部では兵士たちが黙々と装備を確認し、エネルギー充填の数値がモニター上で緑に染まっていく。


フェルマントは、甲板から港全体を見下ろしていた。

軍務長官オルヴァン・クロイツが歩み寄り、敬礼する。


「閣下、全艦出力安定。発艦可能です」


「よし。宰相には伝えたか?」


「はい。ベルフォールは政務棟での準備を始めております」


フェルマントは短く頷くと、艦内へと歩を進めた。

歩きながら、胸の奥で密かに誓いを刻む。


――セレナ、今度は必ず守るぞ。


その胸中に言葉なき誓いが刻まれる。


発艦シーケンスが始まり、格納ゲートの防壁がゆっくりと開く。

外には、真空を満たす黒の海と、遠くに散る星々の光。

港湾区の照明が「夜」から「朝」モードに切り替わるのに合わせ、艦隊は低出力で静かに滑り出した。


「アウレリア・セラフィム、推進開始」


操舵士の声とともに、艦体が無音で前進を始めた。

続く艦隊が、暗闇に溶けるように航路へ滑り出す。

ゴルディア・セントラルの灯りが小さくなり、やがて完全に視界から消える。


フェルマントは、オルヴァンが密偵網を使って入手した“海賊のルミナスチャート”を思い出す。

その情報の裏には諜報員の血と汗がある。それは万金に値する宝だ。

航路の先に記されたただ一つの目的地――ペストホロウ。


「全艦、長距離ワープ用意!」


艦橋の空気が引き締まる。

フェルマントが艦長席から見守る中、軍務長官オルヴァンの声が鋭く響き渡った。


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