第十話
宇宙に浮かぶ艦グリムリーパーは、まるで風前の灯火だった。
メインエンジンは未だ沈黙し、かろうじて補助エンジンが「ぷすん……ぐぉん……ぷしゅー」と情けない音を立てながら、のろのろと船体を前進させていた。
「ねぇ、オオサカ。通気口奥のパイプ、煙噴いてない?」
直美が船内の通気口に顔を近づけると、端末越しに現れたホログラムのオオサカがぐるり振り向いた。
「その煙は正常なんや。ちゅうか、今は“出ている方がマシ”って感じやな。これも止まったら、もうアカンわ」
「ヤバいなぁ……この船、あと何時間持つの?」
「補助エンジンの稼働率から計算して、おそらく、スペースコロニー“ルーナ・ベータ”までは、酸素の残量も含めてギリギリ持つはずや。海賊やら帝国軍やらがちょっかい出すから、結局ギリギリになってもうたんや」
オオサカが苦々しく言う。
「うーん。ギリギリでも入港できれば良いかー」
「あのコロニーのAIは、昔からツンと澄ましてて、好かんねん。特に旧型艦には冷たかってん。当時はグリムリーパーは新型やったけど、今となっては骨董品やからな。おまけに、名前が“グリムリーパー”なんて禍々しい艦は余計に文句言いそうやな」
「名前変えたら入れるとか?」
「ほな“幸福号”とか“天使”にしよか?」
「絶対に嫌だ。名前負けして轟沈しそう」
直美たちがルーナ・ベータに近づくと、入港申請の通信回線にAIと思しき声が割り込んできた。
『こちらルーナ・ベータ港管制。艦の登録番号……不明。艦の製造年……二世紀前? 武装……過剰。名前……死神?』
「えぇ~、偏見だよ偏見! 登録はこれからやる予定だって!」
『入港拒否の理由が50件を超えました。問答無用で──』
「ちょっとお待ちなさい!」
割って入ったのはセレナだった。艦のマイクに凛とした声が響く。
「わたくし、セレナ・ルクシア・ヴァルディスですわ。このコロニーは、銀河帝国の正統なる皇女を拒否するのですか!」
『……確認中……確認中……記録照合中……』
『……声紋、生体データ一致しました。ヴァルディス帝国セレナ・ルクシア・ヴァルディス第七皇女殿下……』
『……入港許可。歓迎いたします、皇女閣下』
「おお……お姫様って、すっごーい」
「ふっふふ。当然ですわ!」
セレナは自信満々に言いながらも、どこか不安だったのか、ホッとした表情をしていた。
「ほな、艦長はん。入港手続きは大丈夫そうやから、貸しドックに接岸するで、ここはカテゴリーⅡやからしっかりと操縦してや」
「うん。頑張るよ……ところでカテゴリーⅡって?」
「ああ、説明してなかったな。港によって入港操作の手間が違うねん。カテゴリーⅡやと接岸点から水平、垂直方向の誘導レーザーとマーカービーコンっちゅう距離計測が出てるからそれを見ながら、自分で操縦しながら入港するんや。それが、カテゴリーⅢやったら、全部自動で誘導して接岸してくれるんやで」
直美は、慎重に誘導レーザーに乗せながら、船をバックで入港させていった。
「焦らんでええからな。とにかく、港設備にぶつけんように気いつけてや」
レーザーの光に当たらないように何度か切り返しをしたが、なんとか接岸点に辿り着き、無事に船を固定出来た。
「ふぁぁ、緊張した~。バックで入れるのは難しいね~」
「そうやな。けど、これも練習や。精密操作が必要になることもあるからな」
「ほんと、横で見ているだけなのに私まで緊張してしまいましたわ。ましてや、後ろ向きに入港するなんて初めて見ましたわ」
セレナが驚きながらも感心したように言った。
「え? 普通は前向きなの??」
思わず直美は首を傾げた。
「へぇー皇女ちゃんが乗る船は軍艦やったんやろ。それなのに前向きやったんか~。やっぱり平和になったんやな」
「ん、ん? 平和だと前向きで、そうじゃないと後ろ向きなの??」
「そうやな。前向きのメリットは、なんちゅうても操縦が簡単な事やな。じゃ、後ろ向きのメリットはなんやと思う?」
「「……」」
直美とセレナは二人して首を傾げた。
「……あっ! わかった、出やすさだ。駐車場の車も後ろ向き駐車の方が出しやすそうだもの」
「駐車場ってのは分からんけど、まあ正解や。戦時中などは、いつ緊急発進せなアカンか分からんから、後ろ向きに留めておいて、いざって時に直ぐに出れるようにしてたんや」
二人はオオサカの説明を聞きながら船を降りる。
「それで、まずは墓場で拾ったジャンク品を売ることからだよね」
直美は、回収デッキに積み上げられた船の残骸たちを思い出しながら、オオサカに話しかけた。
「あら、あれは売るためでしたの? てっきり修理用の部材だと思っていましたわ」
「ううん、回収デッキに残っている物は、うちの船には必要ない物なんだ。あれを売ってお金にしないと修理用の部品が買えないんだよ。ここの入港料を払ったから、お金、全然無いんだって。あと、貸しドックも後払いにしているから出る時はお金払わないといけないしねー」
「ふっふふ。それならお任せあれ! こう見えても私は第七皇女ですわよ。ちゃんとお小遣いも持っていますわ。ほら、このカードがあれば、新品の小型船ぐらいなら余裕で買えますわよ」
ジャッジャーンって音が鳴りそうな勢いでセレナはカードを取り出した。
「ふぉーー。さすが皇女様なのね。でも、良いのお金なんか出してもらって」
「大丈夫ですわ。私を運んでもらっているのですから、運賃の手付金だと思ってくださいな」
「……あー、皇女ちゃん。あんな、そのカードを調べてみたけど……それ、銀行口座に直結したカードやけど、口座自体が凍結されてるで」
「へ、凍結? え、えぇ? 皇女たる私の口座を一体どこの、どなたが凍結なんて出来ますの?」
セレナが戸惑いながらオオサカが映っているタブレットを揺らした。
「あわわ、落ち着いてな。あんな、ちょっと言いにくいんやけど、あんさん……十年前に皇帝と乗っていた船がテロリストに襲われて撃沈したことになってるみたいなんや」
セレナの顔が真っ青になり、体に震えが走っている。慌てて、直美が体を支えてあげるが、セレナはその場に、膝から崩れ落ちてしまった。
「げ、撃沈ってことは、やはりお父様は……」
そう言うと、セレナは大粒の涙を流した。止めどもなくあふれ出る涙と苦しげな嗚咽。
貸しドックの中であったため、他の人は居ない。直美は、セレナの心のままに、思いっきり泣かせてあげることにした。
しばらくして、ようやく泣き止んだセレナは目を真っ赤にしながらも気丈にも立ち上がり、直美の所のやって来た。
「直美、ありがとうね。……オオサカ、父以外の私の家族がどうなったか分かりますか?」
直美は静かに首を振った。おそらく、セレナも覚悟はしていただろうけど、どこかで助かっていてほしいと願っていたのだろう。そう思うと、かける言葉が見つからなかった。
「ああ、分かるけど……残念やけど。ええ話は無いんや……皇族家のヴァルディス家は全滅したとなってるわ。ザックリ言うと三男がテロリストと共謀して、皇帝陛下と家族を弑逆して、その後、現皇帝のグランツ・ノイ=ヴァルドによって討たれたとなってるわ」
「三男って、フランツ兄さま? 社交の場にも出れない体の弱いお兄様が弑逆とは、随分と無理やりね。そもそも、何がテロリストよ。あの時私たちの目の前に現れたのは、伯父のグランツが座乗する戦艦インペルダスだったわ」
セレナは胸元から取り出したペンダントを握りしめた。
「おや、皇女ちゃん。そのペンダントはどうしたんや」
セレナはペンダントをオオサカが見えやすいように、タブレットのレンズに近づけた。
「これは、救命カプセルで脱出するとにお父様が渡してくれた物ですわ」
魔鉱石で出来たペンダントには皇族家の紋章が彫られていた。
「ちょっと、そのまま持っててな……良し、終わった。ふーむ。これは、当時の帝国が把握していた銀河全体のルミナス・チャートや……最高軍事機密ちゅう奴やな。それと、戦艦セレスティアルの交戦記録か……皇女ちゃん。これ、グランツ・ノイ=ヴァルドが謀反を起こした張本人やという証拠になる奴ちゃうか?」
「「……」」
直美とセレナは二人して顔を見合わせた。




