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金曜日はふわわ  作者: 鴉野 兄貴


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11/12

長い午後

いつもより文章量あります。

「大阪ひがし線って知ってる? ついこないだまで貨物列車線だった。便利だけど本数が少ないし、新大阪駅の停車時間がやたら長い」


 僕の頭に抱きついた猫が眠そうに鳴く。

 きみミルクさっき飲んだろ。猫にはカレーはやれん。


「……」


 ふわふわ漂う湯気に香ばしい匂い。ジャカジャカ揺蕩うミュージック。

 僕らは3階のライブハウスのランチを食っている。

 誰が調理しているかって? 僕だ。


 ちょっと最近遊び歩きすぎて懐が寂しいのだ。


「あそこ、新大阪に向かう時、なぜか出入り口に固まって座るに座れないのどう思う? 席は空いてるのにそもそも乗れないくらい入り口にいるの。迷惑でないかなー」

「……」


 油にてニンニクと生姜に軽く炒める音が芳しい。面倒くさいからチューブのニンニクと生姜だが。


 スパイスカレーというが、実はとても簡単だ。

 そもそもカレーが辛いというのは辛いスパイスを入れるからであり、カレーの味のほとんどは塩加減である。砂糖を代わりに入れたら甘くなる。


 果たしてスパイスカレーに使うべきかはさておき、個人的には鳥取の赤坂文殊庵が作るめかぶ入り浅漬け塩が絶品。

 うますぎて塩だけで酒のつまみになる。日本酒、ジン、黒糖しそ焼酎の鍛高譚など何にでも合う。ついでにレモンを齧ればパーフェクト。肝臓には悪いらしいが。



 ビル三階のライブハウスも二階のジムもコンビニすらもお袋の場合は店子に経営は任せる形である。一応入って欲しい店子は選んでいるらしいが。


 ちなみに便宜上親子を名乗っているのではあるが、血の繋がりはない。

 姓も違う。お袋はサイトウだし。彼女(?)は少なくとも僕くらいの歳の子供を持つには若すぎるように見えるが実年齢は未だ不明。永遠のハタチで僕がカタギの仕事に就職する時の障害になっている。



 ここはちょっと前までヤクザかなんかにロケット弾とかぶち込まれていたからか、店子たちも鉄の心臓を持つ変わり者揃いだ。


 まともなのは1階のコンビニ店主で、性格は気弱だが絶対的な危機回避能力を持っているのを見込んだお袋が資金を出して独立させた。『是非1階を守って欲しい』とはお袋の弁。相手は泣いて嫌がっていたが気持ちはわかる。


 2階のジム? 背丈は普通だが横幅がハンパないマッチョがやっている。お袋の『仕事』の仲間だったらしいけど普段は優しいおじさんだ。



 さて。スパイスカレーは基本のソースだけ作っておけば10分かからない。と言うか手早く作らないとせっかくのスパイスの香りが飛ぶ。それじゃ塩水と変わりゃしない。


「相変わらずボンは料理美味いな」


 横から店主が匂いを嗅ぎに来た。やらんぞ。


「いい嫁になる」

「その話はすんな」


 彼の尻を蹴ると「あんっ」と変な声をあげられる。相変わらず気持ち悪い。

 余談だがここ、月末にはSMイベントが開催される。純粋なる店主の趣味による勝手なまた貸しであり、僕は認めていない。お袋がケタケタ笑って認めたから嫌々放任しているのである。


 そのお袋は本人の意思に反してガモン共和国って国で指導者に祭り上げられてしまい、相変わらず面倒な仕事をしているらしい。たまに公安のおっちゃんがカレー食いにくる傍ら、ボソっと近況を『独り言』してくれるのでわかる。



「……ボンって?」


 おっと。他所ごと考えていた。


 彼女の国では『神に言葉話すなかれ』らしくお祈りの言葉はなく、仕草で『いただきます』をするらしい。


 目がキラキラしてめっちゃ高速でカレー食っていて可愛い。

 まだまだあるから大丈夫だ。


 彼女が口に運んでいるのは枝豆と蒟蒻入りターメリックライスにマーガリンとフルーツグラノーラを乗せて人参やブロッコリーの茎などで綺麗に彩りをつけた無宗教カレーである。ルーは二つで雑穀米にてダムを作る最近流行りのあいがけカレーだ。


 グラノーラがポリポリザクザクとても美味しいのでおススメ。

 あと枝豆が美しいのみならずタンパク質を摂取できてとても良いし、蒟蒻で胃腸もスッキリする。



「昔の名前がナミだったから、ボン。

 転じて坊やってこと。意味なんかないさ」


 色々あってお袋とその愉快な仲間たちに拾われて以降こうなってしまった。ほんとそれまでも大変だったがそのあとも別の意味で大変だった。お袋がなんだかんだで親父と一緒になってくれてやっと落ち着いたのだ。


 たまにお袋の昔の友人を名乗る変わり者がきて騒動を起こす以外は平和なものである。あ、来月ジムで格闘大会と地元の子供たちのトランポリン大会だった……手伝わんぞ今回こそは!



「そういえば名前聞いてなかった」

「聞かなかったじゃん。僕も君の名前聞いてない。恨み言じゃないけど君も名乗らなかった。ひとが言わないことは詮索しない」


 恨めしげに上目遣いで僕を睨んでくる布のもこもこ。


「言えなかっただけだもの……」


 その視線がすっと僕の胸元へ。ガン見しなくてもいいじゃないか。好きで膨らんだわけじゃない。



「女の子」

「正直、今だどうでもいい。あんま自分に関心がない。おしゃれしたいときはこんな格好だし、普段は楽だからいつものジャラジャラ姿だ」


 気に入った相手とだけ付き合うから、あんま相手の性別を気にしたことがないけど、どうも世間様では違うようだ。


 例外はこのビルの人々やお袋の愉快な仲間たちなど少数である。


「ものすごく腹が立っている。おかわり」

「ものすごく正直者だな。君は」


 呆れて新作カレーに取り掛かる。


「君は辛いのは大丈夫か?」

「甘いもので」


 砂漠の国では辛いものが歓迎されると思いきや塩気と甘味がいいらしい。

 とはいえ飲み物はバランスを取る。ヨーグルトを水で解いてクミンとコリアンダーなどのスパイスと塩とレモンを加え、少量の砂糖で酸味を前面に出した甘くないスパイスラシーだ。スパイスの刺激を緩和してくれるし、お腹もスッキリする。


 カボチャが神戸元町で百円だったのでカボチャカレーである。

 持って帰るのがとても大変で後悔した。


 蒟蒻と皮剥き冷凍枝豆は必ず入れるのが僕のポリシーである。冷凍枝豆は皮をとった状態500グラムで二百円以下。業務スーパーと新堀物産様様だ。



「ぼくにも『サイトウ家の日替わり気まぐれカレー』」

「僕もだ。イソゲコラ」


 カウンターテーブルに両手でぶら下がる幼稚園児二人はお袋の知人である。

 親にも連れられず変態が運営するライブハウスに集まるなんて、彼らは幼稚園児にして不良の素質があるに違いない。


「ほら、ファルちゃんできたよ。……ピートてめえはもう少し待てや」

「なんでだぶっ飛ばすぞ。あと僕にだけぞんざいにしゃべるな」


 おまえは生意気だし後回しだ。あとおまえの方が地味に綺麗に飯を食うから片付け楽だし。


 まあ、僕の汁物は総じて粉寒天を入れており、冷えたら固まるようにしているから洗い物としては楽なのだがこれはお袋直伝の秘密の工夫なのだ。植物繊維も取れる。



「賑やかなお店」

「そうか? 閑古鳥だと思うぞ……そろそろミックさんとこに配達してやらんとロンさんあたりが飢えて死ぬと電話入れてくっぞマスター」


 マスターは微妙な顔をする。


「ミックさんといいロンさんといい昼飯くらい作れるだろう。そういえばリンスちゃん最近見ないな」

「あの子新作の絵を描くのに忙しい。制作始めたら飲まず食わずだぞ。好物のインスタントレモンティーをがぶ飲みするのが関の山だ。砂糖とカフェインの取りすぎ良くない。サンドイッチでも持っていかないと」


 ロンさん自身も国際的に知る人ぞ知るイラストレターなのでクッソ忙しい。昔は家賃滞納していたなんて信じられないほど優良な店子だ。


 彼は大工の心得もあるからうちの管理する建物はほぼ彼が趣味でメンテナンスやリフォームしてくれていて助かっている。あ、僕ら親子のせいで忙しいのか。今度から自重しよう。


「おい。ピート。てめえの親2人どうした?」

「ローとティア? 知んないよ。公安のおっちゃんに聞いてよ」


 何故おまえまで知ってる。公安のおっちゃん涙目じゃね。あの人が男か女か、老人か若者かすら僕にはわかんないけど。



 相変わらず彼女と関係ない話をしていたので睨まれていた。


「このカレー、おいしいけど腹立つ」

「そっか、よく噛んで食え」


 リスみたいに頬を膨らませて食べてる。

 なお、女性には顔を見せていいらしく、彼女の髪を今日初めてみた。眼福である。



「なぜややこしい見た目なの」

「何故自分の見た目をあれこれ言われないといけないのだ。表現の自由だ。とりあえずトイレはいつも女子トイレを使ってたぞ」


「見間違いと思ってた。たまに男子トイレにもいってたもの」


 女性が色々我慢できない時は緊急的に「ごめん!」と男子トイレにいくのはセーフだと思う。女は男みたいにオナラをあちこちでできん。なお、表現の自由は内心の自由と違い他人の自由を侵害しかねないので自制がいるのも確かだ。内心は女と言っても他人はわからんのにハゲヒゲオヤジが女子更衣室に侵入したら案件である。


 逆に僕が男子更衣室で着替えたらとんでもないことになる。

 この間うっかり友達に更衣室までついて行ってそのまま着替えかけて友達以下全員半裸で飛び出していった。正直すまんかった。あいつは童貞王と今度から呼んでやる。


「色々あるが」


 ちょっと周りを見渡すとファルコが手を振り、ピートがカレーの匙を咥えていて……こっちみんな。


「なんか誤解されてたみたいですいませんです」

「……ドキドキしてた」


 カレーの彩りに添えたスイスチャードをカトラリーでぶん殴り、彼女はイライラとそれを口に運ぶ。少し口元からはみ出ていてかわいい。


「もっとお話したかった」

「とりあえず口の中にものがあるときは黙ろう」


 ラシーに彼女の手が伸びて彼女の愛らしい喉のラインがあらわになる。


「わたしの国では婚約者でも人前では男性と話してはいけない」

「自分でも自分が男か女の子なのか正直どうでもいい。周りが騒ぐだけで」



 なんか周りで聞き耳立ててる連中が頭抱えたり『ダメじゃん』と言う声が痛い。


「今後のことをお話しましょう」


 彼女は口元にラシーをつけたまま睨みつけてきた。かわいい。



 この後彼女が帰ってから。

 幼稚園二人とその保護者を交え、店の連中に総出でめちゃくちゃ叱られた。

 主人公コンヤさんの『お袋』ことサイトーさんは短編集の『俺はメイドさんたぶん男』『俺はメイドさん多分男。2』の主人公。一時期私設軍隊のリーダーに祭り上げられて困っていた。

 よってコンヤさんことボンくんが『平凡なサラリーマン』と呼ぶ父親(?)もニンジュツでARMS破壊できてなんらおかしくない。



新堀物産……作中世界において兵庫県に本拠地をもつ食材輸入会社で新堀食品系列。本業は業務用食材の輸入販売に特化している。兵庫県加古川に本社がある上場企業で、一応新堀食品からは独立している建前。その社長『新堀唯』は宇宙産業及び通信事業への出資で有名なエンジェル投資家。高校生の時に友人に本格的に投資することで急速に財を成す。

 彼女は大学生の時、地球規模のインターネットインフラに2000億円を調達したことがある。


新堀食品……創業者とその妻によって一代で築かれた地方企業でありながら、創業者の妻の実家でもある旧財閥系日本ひのもと家の資産や関連企業すら事実上支配下に収め、業務スーパーとライフと成城石井のようなブランドスーパーを複数支配下に持ち、独自の運送網と銀行システム、国内宇宙産業やロボット産業などへのエンジェル投資をも行う会社。上場はしていない創業者のワンマン企業にしてとっても怪しい会社。

 スパイスの輸入販売に定評あり。

 その創業のきっかけは潰れかけた旅館を『世話になった』として多額の借金で買い取って立て直すことから始まっている。

 南洋の島に軌道エレベータを作る計画を持っているらしい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 不思議な雰囲気のある文章ですね(*´ω`*) [気になる点] >ジェーンブライト アパレルに詳しくないのですが、もしかして「6月の結婚(ジューン・ブライド)」の意でしょうか?
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