ホワイトルーム・クリスマスイブ
————雨。
「あぁ、」
雨が血液みたいに滴って、僕を濡らす。
「いい、これはいいなぁ」
栓はしてある。それでもドプドプっと奥底から溢れてくる。まぁどちらにせよ、これ以上は流れない。
【ザー……ザー……ザー……ザー……】
恍惚と絶頂。今の僕の意識は、僕を照らす電気みたいにチカチカと光り輝いている。煌めいている。美しい極彩色の世界が目の前に広がっているんだ。これが堪らなく気持ちいい。
それこそ、初めて自分の手で、意図して絶頂した時のような衝撃と快感。悦ばしい僕のハジメテ。
「最っっっ高ぉぉ〜〜」
溜め込んだ負の感情がすべて反転してセイとなり、喜びと楽しさで語尾がふにゃふにゃと抜ける。水を吸った僕の体もふやけて重くなり、心がふにゃふにゃと沈んでいく……ドーパミンに溺れていく。
あぁ、脳漿が砂糖水となったみたいに、脳が快楽漬けにされていくのがわかる。快楽の頂きにハマって致し過ぎたあの日みたいに僕の脳は空っぽ。何がなんだかわからないままヘニャヘニャ腰から砕けて、ぺシャっという水音と共にペタンと倒れる。勝利とも成就とも受け取れる、上に挙げられたままの僕の手からセイを感じつつも、その儚さ故に、水と共に流れて……僕の口に触れる。
【ペロリ】
甘い。とてもとても甘い。
「ハァ、ハァッ!」
【ヒャッ、ヒャク! ゾル、ジュルルルッ!!】
もう既に僕の手に彼女はいない。
美味しいのは最初の一口だと、そうわかっていても……。
これは幻覚。これは幻。
猛り荒ぶる僕の感情。高まり過ぎた興奮の熱波によってマカロン脳がハチミツのようにドロッっと溶けているから。だからそう思い込める、感じられる。
彼女の温もりを。
「エヘヘ、タプタプする。君のおかげで嫌いなレインコートが好きになったよ、ありがとう」
「…………」
白色の世界を彼女の赤がポトポトと、そして所々激しくベシャッと弾けて溢れている。そんな淫らな姿を見て興奮しない男は絶対にいない。全く、僕の彼女はどうしようもなく僕の気持ちを昂らせてくれる。
だから選んだんだ。そのための彼女だ。素晴らしい。美しい。いやらしい。
思わずタチ上がった。
「さ、今度は君が僕を受け入れる番だよ」
【キュッキュッキュッ……キュウッ!】
————雨が止んだ。涙は水に溶けた。大量の水に僕の悲しみは溶けて流れた。文字通り水に流れた。僕が水に流して捨てた、きっと今頃は下水の……他人の穢れやドス黒いナニカ……例えば感情なんかと一緒に混ざっているだろう。最後はみんなと一緒に大人の薬の力で綺麗に洗浄されて正常されるんだ、どうせ。
僕達の体も心も、所詮は水溶性。凝り固まった大人の皆様方は固体であらせられるからさ、僕達みたいに流れていかない。川の真ん中でデカイ顔して立っているだけで僕達を二つに分ける力がある。
ズルい。羨ましい。彼女が固く、冷たくなったのも奴らのセイ。流れ波打つ彼女の感情を、壁で堰き止めセイシさせ、犯して穢して濁らせて……そんなのがいつまでも、何ヶ月も続けば淀む。不貞も大抵は制定によって……清流は濁り淀んで呪いのシコリをその身に宿す。固体は答えなかったけれど、こんな風に彼女を外から固めて粘性を高めてネバネバのベトベト……そしてドロドロにできるのは人間種の中でも『大人』と呼ばれる個体しかいない。
「大丈夫、僕は綺麗さっぱり流したから。君も一度流して綺麗になろう……大丈夫、僕がいる」
自然の反対は人工。
一度彼女の体に付着した汚い誰か達の手垢を洗って流そう。悪臭を放つ池だって、流れれば清らかな川になるんだから。奴らの手を排して、もう一度愛して、もう二度と手の届かない場所に。
————これは、僕だけのモノだ。
「おっと、レインコートは無粋だよね」
僕は唯一『真の僕』を偽っていたレインコートを脱いだ。
こうして自分の姿を見ると、やはり服なんて物は悪魔に唆された連中のためにある物だ。だって僕の脳には既に砂糖漬けにされた知恵の果実が、この体はカミのように薄くて白くて潔白で、見た目からは想像もつかないような力を宿している。
汚染された息と言葉を吐く換気扇のダクトを握り締め、沈黙させる僕の肉体でも、目測・厚さ6cmの滑らかな白き壁と彼女との距離を縮めるには跨いで越えるしかない。
「僕のハジメテ……アハハ、そんなに気にしないで。全部綺麗さっぱり水に流してリセットすれば、もう一度僕らはヤリ直せる……何度でもね」
少し不健康に見えるくらいに白い彼女の肌。
混濁している彼女に、僕は僕の手で穢らわしい淀みもしこりもスクイ上げる。
「あぁよかった。君がまだサラサラな液体で」
小さな——youの——タンパク結晶を外に捨てる。後は水で流すだけ。清めるだけ。
水に流れた彼女は、それはそれは清らかで美しく、かさ増しされて壮麗だ。僕に対する包容力が徐々に徐々に高まって、僕が抱き締めた首と同じくらいの量になる。
「さぁ、後は君の心を浄化しよう。頭の中を空っぽにして、僕だけの器になるんだ……もう二度と、君が君だと他の連中に気づかれない程に……ね」
少し斜めになった碁盤の目みたいな床に置いておいたミョルニルを振り上げる。
【グチャ! ベチャ! グシャッ!!】
全身に雷が走ったみたいだった。
「あぁぁぁ〜ぁ、これもいいなぁ〜。すごくいぃい!」
一生に一度しか見られない花の散り際だというのに、撥水性の壁がせっかくの美を時間と共に下へ下へと流してしまう。どうしようもなく惜しいことをした、どうせならカメラを持ってくるんだった。そう思ったけれど、カメラのデータだって何時固形物の溝に流れ出るかわからない。
僕の中だけに留めておこう。誰かと共有して共感する必要なんてないじゃないか。
【ツゥー……ポトッ、ポトッ……トゥプゥンッ】
————雨。
「あぁぁぁ!」
天井から、血液が雨みたいに滴って僕を濡らす。濡らす。
いきり立った僕は人間の頭ぐらいの器を満たす知恵の実100%(果肉入り)ジュースを啜る。
甘い……甘すぎる。これは優しさじゃない、素材の甘さが……僕には甘すぎるように感じる。僕の主観的感想としては『やっぱりな』といったところ。途中……というか最初、悪魔に憑かれて彼女が暴れた時はどうしようかと思ったけれど、冷静に心臓を僕に捧げさせたのがよかった。アレをしなければ、僕は今頃彼女の仮面を被り、彼女の口から他人の意思を吐き出す換気扇の騒音に悩まされていた気がする。
「あはは! 君が僕に……僕が君になっていくのがわかるよ! あぁそうだ! 外も……外見もだよね」
最後の原液を掬う。この彼女は、僕だけの彼女100%だと思うと興奮した。
手に馴染ませ、僕に馴染ませ、僕の脳に染み渡るように……頭から被り、顔に…………
【ペタ、ベ〜〜ッッ!】
これこそ至極の肉体関係。
これで僕達はいつまでも一緒。いつまでも交わり続ける。二人は一人になった。
ボク達は恍惚のまま、絶頂の極みを……無限に繰り返す自然の摂理。
「円環式永久愛……ボク達こそが神なんだ」