事件レポート
その事件が発覚したのは、人々が浮かれ喜ぶクリスマスの朝のことだった。
12月25日の朝10時。警察へ、とあるアパートに住む男性からの一報。内容は『風呂で知らない人が殺されている』といったもので、我々が現場へ駆けつけると通報者である男性が玄関前で我々を待っていた。
「あぁ、待ってました。こっちです」
男性はそう言うと我々を部屋へ招き入れた。
正直、通報の時点で警察は犯人が通報者であるこの男性なのではないかと疑っていた。男性は通報時『朝起きたら風呂に知らない人が殺されている』と証言したらしい。
仮に、男性の証言がすべて正しいとして、犯人が被害者をわざわざ男性の部屋の浴室に運んだとは思えない。ならば必然的に男性が被害者を浴室で殺害し、そのあと警察に通報。この流れの方が自然だ。
「コレです。なんとかしてください」
「「「…………」」」
浴室で人が死ぬことはよくある。
ヒートショックによるもの。思わぬ転倒。風呂で寝てしまい、そのまま溺死。悲しいが自殺という場合もある。だが、今回は確かに男性が言うように【殺人】だった。
それも、身の毛もよだつような。凄惨な現場だった。
「あの……聞いてます?」
「え? あ、あぁ……」
現場にいた人間は言葉を失った。
凄惨な現場を何度も見ているであろうベテランや鑑識の人間も、この現場の異様さになんともいえない表情を見せた。
そして何より、通報者の男性の異様な落ち着きっぷりに我々は戦慄した。
「頼みますよ? ボク達、これからデートなんで」
男性は身長180cm。色白で細身のイケメン男性。
男性の言葉は、路上での職務質問の際であればクリスマスに恋人を待たせてしまうことに苛立つ一般的な内容だ。
だが今は違う。自分の部屋の浴室で人が死んでいる。それなのに男性の言葉は不法投棄に文句を言っているかのよう。『ゴミが自分の部屋の前に置かれていて迷惑だ。早く撤去してほしい』そんな言い方だ。
しかも、肉体をバラバラにされたご遺体を前にして……だ。
「失礼ですが、昨日からご遺体を発見されるまで何をされていましたか?」
「え? 昨日はずっと彼女と一緒に過ごして……んで、朝起きて風呂場に死体があるなぁ〜って」
「その彼女さんは今どちらに?」
「…………ここにいますけど? ワタシも話した方がいいですか?」
瞬間、現場の空気が歪んだ。
男性が怪しいだとか、異常な手口による犯行だとか、そんな分かりきったことじゃない。この事件の異常性が一気に跳ね上がる瞬間を、現場の人間全員が肌で感じ取った。
男性の口から溢れる女性の声。女性としか思えない仕草。ソレを目の前にした我々の混乱は、このレポートから伝わるだろうか。
「どうしてあんな事を?」
その後、男性の部屋から殺害に使われた凶器が押収される。事件自体はごくごく簡単に終わった。
世間では『浮気されていたことに腹を立てた男性が女性と浮気相手を殺害』なんて、バケツツールでベタ塗りしたようなタイトルで簡単に語られた。クリスマスに起きた悲劇。凄惨な事件に対し、メディアは『街のカップルの反応は?』などと、『浮気されたら相手を殺してしまうか?』などと面白半分に扱ってくれている。
むしろ全容を知る我々からすれば、そのくらいの手軽さでいい。こんな素敵な冬のイベントに、夏の暑さでドロドロに溶けたコンクリートみたいな話題は……闇に葬られるべきだ。
「どうしてって、許せなかったからですよ」
取調べは精神科医と共に行われた。
「ボクの物を奪って弄んだ存在を許せなかった。ただそれだけですよ」
警察の調べで、被害者である女性はもう一人の被害者である中年男性と援助交際をしていた。彼ら二人は金に困っていたことが彼らの友人達が証言している。我々は当初、困窮した生活をなんとかしようとした女性が中年男性と援助交際、その事実が彼に知られての殺害。そう思っていた。
この説は正しい。だが、そこに至るまでの経緯が常人のソレとは明らかに異なっていたのだ。
「だから男性も君の彼女も殺してしまったと?」
「は? 何を言ってるんだ。あのオッサンは消して、彼女は今もこうして一緒にいる!」
興奮する彼。
それを見た医師が、彼に質問した。
「じゃあ、どうやったのか教えてくれないかな?」
「フッ、いいだろう」
鼻で笑う彼の表情は満足気で、とても楽しそうだった。
その態度は傲岸不遜。取調室のパイプ椅子の上で脚を組んで座る様はまるでどこかの王様のようだ。
「まず、彼女は綺麗なんだ。なのに、あのオッサンに穢された! だから僕は彼女のスマホを使ってオッサンを呼び出して消毒し、抹消したんだ。でも……それだけじゃ彼女の内側にこびりついた穢れは浄化できなかった。もう彼女の『初めて』は永遠に帰ってこない。でも僕は諦めない、絶対に彼女を正常で清浄な状態に戻すと決めた……だから、内側を清めるために開いて淀みも穢れもぜ〜んぶ水に流した。だから僕も彼女も互いの悪事を許し合ったんだよ? わかるかい?」
「……スマホのロックはどうやって突破したんですか?」
「そんなもの、いつも隣でポチポチ押してるんだ。そんな彼女の暗証番号なんて簡単に突破できる」
これで被害者の下腹部が切られ、内臓が外に出ていた理由が分かった。浴槽が被害者の血とシャワーの水で満ちていたのにも説明がつく。
残る疑問は一つ。
「では、どうして彼女の頭部を破壊したんですか?」
砕かれ、開かれた頭蓋骨。鑑識によると被害者の脳の一部が抉られていたらしい。
そしてその抉られた一部は発見されていない。
「そんな簡単なことも分からないのか? 可哀想に。汚い……穢れた連中の記憶を全部僕に置き換えるためだよ」
「……は?」
その後、精神科医から犯人の犯行時の精神状況を説明された。
彼は非常に独占的かつ支配欲の高い人物であり、被害者の女性が自分以外の男性と肉体関係を持ったことに怒りを覚え、援助交際相手である男性を殺害。その後、女性を殺害。女性の体内にある自分と関係のない部分や他者に触れられた部分(特に下腹部)を刃物と工具を使って除去し、最後に頭蓋骨を破壊し脳漿と脳の一部を食して自分だけのモノとした。
判決は当然有罪。精神疾患が見られたものの、彼の責任能力に問題はなかった。
彼は判決が決まった瞬間に『僕は神だ。僕達は一つになって、完成された。だから神様になったんだ』と叫んだ。彼にとって彼女を殺して脳の一部を食べたことは、永遠に交わり続けると同時に永遠に互いを愛する行為だと、精神科医は言った。
そんなおぞましいものが【愛】であるはずがない。
彼が愛しているのは自分自身だ。一方的に奪い、一方的な想いで動く彼のソレは明らかに恋だ。




