29.突然のイケパラと疑問
あの日から私とデルトリア様は頻繁にお茶をするくらいには仲良くなった。
時々王太子殿下が顔を出してくださって3人でティータイムを過ごす事もあった。
中々に王族2人と過ごすティータイムと言うのは恐れ多いのだが、2人は当たり前の様に私を誘って来るので私も気にしない様にしている。
デルトリア様はますますイケゴリになり、王太子殿下も出会った頃よりもガタイが良くなったせいで少しゴリラ感が出てしまった。
王太子殿下にそれとなくそれ以上鍛えないでくれと願ったが、感謝かれて何か知らないけどますます努力する様になってしまった。
解せぬ…。
今では王太子殿下を推す声も多く、デルトリア様が王太子殿下を慕う様子を表に出した事でデルトリア殿下を推していた貴族達も中立派に鞍替えした。
しかし皆が皆納得した訳ではない。
王太子殿下が進める政策の中には今まで甘い汁を吸ってきた一部の貴族が損をする様なものもある。
それによってどうにかして王太子殿下を引き摺り下ろしたい貴族と言うのが存在するのもまた事実であった。
そのしょうもない貴族の中にはあの変態おやじもいるので、私としてはもっとやれ状態だ。
私の奴隷制度への思いを真摯に受け止めてくれた王太子殿下は王になった暁には、必ず撤廃したいとおっしゃってくれた。
奴隷制度への思いっていうかイケメンへの執念というか…。
どちらにせよ奴隷制度は現代を生きていた私の価値観では絶対にありえないことなので、何としてでも辞めさせたいというのは本音だ。
今現在デルトリア様の婚約者である私の立場であれば、力になれる事もあるだろうと期待している。
後はあの変態おやじの悪事を表に引っ張り出す事が出来れば、奴隷達に関する権利を一度王家に返還する事が出来る。
そうなればもっと容易く改革を進められる様になるだろう。
そんな話をした翌月の事。
何故か私は誘拐された。
そう、私が誘拐されたのだ。
ジルと共に王城に向かっていた所、馬車を襲撃されジルを人質に取られたので私は抵抗する事なく縛られて目隠しをされた上でこの薄汚い小屋に連れてこられた。
ジルはずっと私の事はいいから逃げてくださいと泣き叫んでいたが、そんな事が出来るはずもなかった。
ウィルマーは襲撃の際に必死に抵抗してくれたが彼は戦闘の心得など無く、捕縛され地面に投げ捨てられてしまったのだ。
ウィルマーとジルが無事である事を祈るしかない。
襲撃して来た物達は皆全身を覆う様なマントを来て顔も仮面で隠していた為、どんな奴らなのかすら想像がつかない。
目隠しを外された私は必死に縛られた体を捩るが簡単に外れそうにはなかった。
魔法で焼き切る事も考えたが、この場所がどういった場所なのかわからない為安易に外に出るのは危険だと判断した。
私達を襲撃した奴らは私をこの小屋に放り込んで目隠しを外すと無言で出て行ってしまったので、なんの情報も得られていない。
これからどうなるのか分からず、この世界にきて初めて命の危機に瀕している。
思わず体を震わせたが、ここで私が死ねばジルやウィルマーは絶対に自分の所為だと傷つくだろう。
お父様やお母様も悲しませたく無い。
いざとなればどでかい竜巻でも起こして全て亡き者にしてくれる!!!
と悪役全開の発想を浮かべた所で誰か小屋に入ってくるのがわかった。
「おい、お前にはやって貰わねばならない事がある。着いてこい」
暗くてよく見えないが男のようだ。
私の肩を掴んで立ち上がらせる。
暗闇にいた為外からの光で目が少し眩んだが瞬きすると視界が戻ってくる。
そしてやっと私は男をこの目で確認する事ができた。
その男は獣人だった。
もう一度言う。獣人だった。
獣人にしては体格の良い男で、クマの様な耳がついている。
なんと言っても端正な顔つきでダンディな色気がある。
この状況で私の中のイケメンソムリエが冷静にテイスティングし出したので慌てて思考をもとに戻した。
「…あ、あの私はどうして連れてこられたのでしょうか?一緒にいたメイドや御者は無事なのですか!?」
男ははぁ…と息をついた。
そんな姿すら絵になる。
「…はぁ…こんな小さい子供だなんて聞いてねぇぞ…嬢ちゃん、あんたの御付きの者はあのままあそこに置いてきた。多少の怪我はしてるだろうが無事だろうよ」
それを聞いて安堵してホッと息をついた。
そんな私の様子を男は少し痛まし気に見て続ける。
「嬢ちゃんにはこれからある事をしてもらう。悪いが付き合ってもらうぞ。危害を加えたりはしねぇから安心しろ」
この状況で安心しろと言われても…と思ったが殺されないと分かっただけでも良かったとする。
しかし、何故私が誘拐されたのかが見えてこない。
私はただのイケメンソムリエだし、デルトリア様の婚約者と言えどまだ婚約したての子供である。
金銭目的だろうか…?
私を誘拐するにはリスクが高すぎるとは思うが…。
ダンディな熊さんに連れてこられたのは私が閉じ込められた小屋の高くにある荒屋だった。
奥深い森の中にこの場所はあるようで鬱蒼とした木々が不気味な雰囲気を醸し出している。
背中を押されて中に入ると、荒屋の中にも獣人が数人陰鬱な表情で立っていた。
「おい!まだ子供じゃねえか!聞いてねえぞ!本当に大丈夫なんだろうな!?」
中の1人が私を見て慌てた様子でダンディな熊さんに話しかける。
わぁ、イケメンパラダイス…ここが天国か…と誘拐されたのに呑気な事を考える。
「…あいつの指示に従うしかねえだろ。俺たちはもう後戻りできねぇんだ」
「だけどよぉ、もし失敗したら…」
何やら揉めている。
どうやら彼らは誰かの指示で動いているらしい。
獣人が貴族の馬車を襲うなんて正気の沙汰ではない。もし捕まれば彼らは即処刑されてしまうだろう。
誰の指示かはわからないが、相当なアホなのか何か裏があるのだろうか。
「あの、私はどうして連れてこられたのでしょうか…?」
怯えた子供の顔で聞くと彼らはバツが悪そうに答える。
「…嬢ちゃんには暫くここにいて貰わねばならん。うまくいけばきちんと家に返してやるから、大人しくしていてくれ」
そう言われて私は縛られたままボロボロの椅子に座らされた。
何が目的なのかまったくわからない。
私がここにいる事こそが彼らの目的の一部だと言う事だろうか。
ボーっと彼らを見ているとダンディな熊さんが通信用の魔道具を取り出したのが見えた。
あれは…!
あの魔道具は高級品でおいそれと購入できる様な物ではない。
下級貴族は買うのを躊躇する品だ。
もちろん庶民では見る事すら叶わない。
となると彼らに指示を出したのはそれなりに階級の高い貴族という事になる。
私が誰かわかっていて誘拐したという事だ。
そうなると金銭目的ではなく、何かしら政治的な意図が絡んでいるのかもしれない。
最近の変化といえば私がデルトリア様の婚約者になった事。
こんな事をして何の利益があるのだろう…。
この事が表にでればその貴族は一族諸共処刑台に送られることになるだろうに…。
彼らに視線を戻せば小声で何やら話している。
どうやらここで暫く待機するようだ。
なんとか説得できないだろうか。
「…こんな事をして、大丈夫なのですか?もし捕まればあなた方は…確実に死刑となるでしょう。その覚悟はお有りですか?今ならば私が何とか誤魔化します!ですから、どうか帰して頂けませんか?」
彼らを真っ直ぐ見つめてお願い、お願いとルルノアビームを目から発してみた。
かれらが息を呑んで少しの沈黙が流れだが、結局首は横に振られてしまった。




