Ep.4 心機一転?形勢逆転?⑨
「なあ、瑠美」
「はい、なんですか?」
声をかけると、瑠美は手元のルーズリーフから顔を上げこちらを見上げた。期せずしてぱっちりとした目を覗き込むような形になり、その明らかに日本人離れした琥珀色の瞳に自分が映っているのに気づいた。最近特別に意識していなかった瑠美の可愛さとか、綺麗さとかが否応なしに意識される。
「(って、違う。俺はそんなつもりで瑠美と一緒にいるんじゃないだろ!)」
瑠美は俺にとって大事な友達だ。後輩だとか美少女だとか、そんなことは関係ない。いつも俺のことを想って、俺に寄り添ってくれている。そんな彼女のためにしてあげられること、それは――
「今日の昼休みのことなんだけどさ……」
「……はい」
瑠美の表情に影が落ちる。それは予想してたことだ。それでも、言わなきゃいけないことがあると思ったから、俺は言葉を続けた。
「飾森さん、気にしてたよ。自分が何かしちゃったんじゃないかって。教室に帰ってからも、ずっと何か考えてるような顔でさ」
「……」
「で、俺にしっかりと伝えてきたんだ。瑠美のこと、友達として大事に想ってるって」
友人関係に決まった形なんてないだろう。喧嘩することなく、いつも仲良しな友人関係もあれば、瑠美と飾森さんのように普段は憎まれ口を叩きあって(瑠美が一方的に言ってるだけな気もするが)いても、本当に困っている時は助けてくれるような関係もある。
「(A friend in need is a friend indeed……だったっけ。困っている時に助けてくれるのが真の友達だってことわざ)」
この前テキストで出てきた文章を思い起こして、未だ曇った表情の瑠美の顔を見つめる。
「昼休み、「先生」って言われたことが心にひっかかってるんだよな?」
顔を覗き込んでそう尋ねると、しばしの沈黙の後にコクンと首を縦に振った。
「……桜先輩に悪気がないのは、もちろん分かっているんです。知らないはずですし、実際私がやっていることは「先生」みたいなものですから。でも……」
「中学時代のことを思い出してしまった。そうだよな?」
「……はい。桜先輩、きっとびっくりしましたよね」
俺の質問にYesで答えると、瑠美は強張っていた表情を少し緩める。緩めるといっても、引き攣ったような笑顔なのが痛々しい。
「……桜先輩って、いい人ですよね」
「ん? ああ。クラスの人気者だな」
外見だけでなく、彼女の内面がとても優しい人であることは、ちょっと話すだけでもすぐに分かるだろう。俺も話し始めたのは模試の解説を頼まれたのがきっかけだから、彼女の人柄は素直に尊敬できる。
「(ん? でも待てよ?)」
「飾森さんのことを良い人だと思うなら、なんであんな風に突っかかるんだ?」
「そ、それは別の話というか……放って置いたらライバルになる気がしたというか……」
「え? すまん、よく聞こえなかったんだが……」
「な、なんでもないです! なんとなく、そう、なんとなくなんです! 私だって、桜先輩のことは別に嫌いじゃないですから!」
途中声が小さくて聞き取れなかった箇所もあったが、一番知りたかったこと――瑠美は飾森さんのことをどう思っているのか――はちゃんと彼女の口から聞けた。だが、それだけじゃ足りない。
「じゃあ、瑠美は飾森さんのことを友達だって思ってるか?」
「……」
「瑠美が友達に対して臆病になるのは、仕方のないことだと思う。俺なんかがどうこう言っていいことじゃないよな。でも、できれば俺は2人に友達になって欲しいんだ」
ここ最近の昼休みは、毎日楽しかった。昔のように外で体を動かしたり、ハルトやほかの友人とバカ話で盛り上がったり、それとは別の楽しさがあった。
「(押しつけがましいことだとは思うけど、瑠美が新しい一歩を踏み出せるチャンスになるなら……)」
しばらく沈黙が続いていたが、次の口火を切ったのは瑠美の方だった。
「私も、桜先輩とはお友達になりたいです……でも、やっぱり怖いんです。もし中学時代いじめられてたことを知られちゃったら、どうしようって」
「飾森さんは……そういうことをしそうな人に見えるか?」
「……いいえ、むしろすごく気遣ってくれそうですよね。考えなしにあやちゃんとかりんかちゃんのところへ行って抗議しかねない勢いで、私のために怒ってくれそうな人だと思います」
「飾森なら確かにあり得るかもな」
飾森さんの性格を考えてるうちに、ふと瑠美と意外と似ているんじゃないかと感じた。もしかして、瑠美のあたりの強さは一種の同族嫌悪みたいなものなんだろうか。
「昼休みに一緒に勉強するの、楽しかったですよね」
「ああ。なんだか、新鮮な気分で勉強できたよな」
「……私も、です」
ぐっと拳を握りしめると、瑠美は何かを決心した表情でこちらを見上げた。
「悠馬先輩。私、明日桜先輩と二人で話してみます。どこまで話したらいいか、まだ全然考えられてないですけど……」
「……そうか。ああ、それでいいと思う」
答えながら心の中で苦笑する。
「(俺が手助けする必要なんてなかったのかもしれないな)」
彼女はまだ自分の過去を引きずっている。でも、それは仕方がないことだ。現在なんて、過去の積み重ねでしかないんだから。
二人の関係がどうなるかは俺がどうこうできることではないけど、決して悪い方向にはいかない予感がした。俺のこういう予感はなぜか当たるんだよな。きっと大丈夫だろう。




