Ep.3 はじめての中間テスト⑬
「お、気合入ってるねぇ」
登校してきたハルトが、机に座る俺に声をかけてくる。
「うっせ。集中してんだから邪魔すんな」
それに構わず、俺はリング付きのファイルにまとめたルーズリーフを一心不乱に捲る。なんたって今日は……
「まぁ、悠馬にとって中間テストは今回が初めてだもんな、ある意味」
そう。ついに今日は待ちに待っ……てはいないけれども、中間テストの初日だ。
白河高校において、定期テストは3日間に分けて行われる。3年生になると文系か理系か、私立大学志望か国立大学志望かによって履修している科目が変わるので、どのテストをいつ受けるかは人によっても結構違う。
俺は1日目が英語表現、現代文、世界地理。2日目が古典、現代社会。そして3日目が英語Ⅲ、世界史となっており、全部で7科目の試験を受けなければならない。これでも、去年まであった保健体育や技術家庭科の試験が無くなった分減ってるんだが。
「初日から4教科はしんどいんだよな~。そうだ悠馬、お前も数学受けようぜ!」
「やだよ。俺は数学には今生の別れを告げたんだから。お前が数学の試験受けてる間に、俺は明日の勉強をするからな」
「うわ、ずりぃ! いや、自分で国立コースを選んだから仕方ないんだけどさぁ?」
「ってこんなことしてる場合じゃねぇ!」と慌ててハルトも自分の席に戻る。そう、下らない話を場合ではないのだ。もうあと30分もしないうちに英語表現の試験が始まってしまう。HRの時間も考えたら、勉強できるのは正味20分しかない。
(これだけは覚えきらないと……)
俺のクラスの英語表現と英語Ⅲは、どちらも小川先生が担当している。瑠美が言うには、「今までの定期テストを参考に問題のヤマを張れば、英語は大丈夫」らしい。どういうことかと尋ねた俺に、
『例えば、英語表現では『日本語の文章を英語に訳す問題』がよく出ますよね? 英語がさほど得意でない先生は、実力問題を出しても正確な添削ができないので、授業で扱った問題以外からはほとんど出題してこないんです!』
と教えてくれた。確かに、今までの小川先生が作ったテストを見ても「見たことがない問題」、つまり授業で扱った以外の問題は一問も出されていない。
それを逆手に取った俺は、「授業で扱った英語に訳す問題」全てを頭に叩き込むことにした。やり方は単純だ。まず音読をしながら頭の中に英文を叩きこむ。次に、かろうじて覚えた英文を白紙に書き出してみて、答えと照らし合わせながら間違った箇所を赤ペンで直す。
これを何度も繰り返したおかげか、今回のテスト範囲になっていた25個の英文はほぼ完ぺきな形で俺の頭の中に入ってる。これにかなり時間を取られたせいで、地理や現代社会の勉強はほとんどできてないけどな。
覚えた英文の最終確認をしていると、クラス担任の岡田(数学の先生だ)が入ってきてHRを開始する。内容は出席確認とか、テストに関する諸注意とかそんなとこだ。少しだけ耳を傾けたが、俺はサクッと無視を決め込んで手元のルーズリーフを凝視する。どれが出ても答えられるように。
「えー、ではね。3日間ちゃんと頑張るように」
そう締めた岡田先生が出て行くのと入れ替わりで、試験監督の先生が入室していた。手には茶色の封筒を持っている。あの中に試験問題が入っているのだろう。
「じゃあ皆さん。試験を始めます。関係のないものはバッグに仕舞ってください」
早速、試験の準備をするように促された。渋々ルーズリーフを鞄の中に片付け、シャーペンと消しゴムだけを机の上に出す。
シャーペンが壊れていないかを確認していると、先生が各列の先頭の生徒に「まだ回さないでね」と言いながら、解答用紙を配布し始めた。もちろん、真ん中の列の先頭である俺にも手渡してくる。
少しだけ首を動かして解答用紙の形を確認すると……よし! 明らかに記述問題の割合が多い。そして、最後の大問だけが記号選択の問題のようだ。小さな長方形がたくさん並んでいることから予想がつく。副教材として配布された文法書からも出題されるって範囲表に書いてあったし。
(あれ? 俺、なんかワクワクしてる……?)
今まで、テストが始まる前は「さっさと試験期間終わんねぇかな」とか、「明日もあるのかよかったるいわ」とか、そんなことしか考えていなかったような気がする。それが、今日はどうだろう。どんな問題が出るのか、気になって仕方がない。
「チャイムと同時に始めますよ。問題用紙と解答用紙を後ろに回しなさい」
その声を聞きふと我に返ると、俺の机の上にはいつの間にか問題用紙も置かれていた。慌てて後ろの人に手渡した後、解答用紙にクラスと氏名を記す。
しばらくすると、紙の音もサーッという音が教室から聞こえなくなった。後ろまで回ったのだろう。その時が来るのを、目を閉じて待つ。
キーンコーンカーンコーン
「試験はじめっ!」
合図が教室に響き渡るやいなや、そこかしこからシャーペンの芯を出すカチカチッという音が聞こえてくる。
焦りそうになる心を落ち着かせるため、俺は深呼吸を一つしてからようやく目を開ける。すると、飛び込んできた一つ目の大問は予想と寸分違わず「次の日本語の文章を英語で書きなさい」というものだった。
(これなら……いけるっ)
今までの俺とは違うんだと自分に言い聞かせ、俺は一心不乱にシャーペンを滑らす。周りの音は、途中から気にならなくなっていた。
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「解答やめ。はーい筆記用具を置いて」
どこか間延びした先生の声が聞こえてくる。この声は……去年日本史を教えていた先生だ。いわゆるおじいちゃん先生で、クラスの女子の中ではなぜか人気があった。
後ろから回されてくる世界史の答案に、自分の答案を重ねて先生に手渡す。凝り固まった肩をほぐしながら、俺はぼんやりと前を見上げた。まだ昼前だが、今日のテストは2科目しかない。
(早く帰って明日の試験勉強を……)
そこまで考えた時に、違和感に気づく。俺がさっきまで受けていた科目は? 世界史? 今日はテスト期間何日目だ?
「ええと、これで試験が終わりの人もいるのかな。お疲れ様でした。他の学年とかはまだ試験中なので、静かに帰るんですよ」
ぼそぼそと話すおじいちゃん先生の声を聞き、思わず心境が言葉に漏れ出る。
「もう終わったのか……」
あっと言う間の3日間だった。テストを受けては次の科目の勉強を休み時間にし、また試験を受ける。その日に受ける科目が無くなれば、すぐに図書館に向かって翌日の試験勉強。それの繰り返しだった。
正直、手応えは微妙だ。さっき受けた世界史だって、せっかく覚えた出来事の時系列が思い出せず、またど忘れした人名があったことでいくつかの解答欄は空白のままだ。なんなら、満足に勉強していなかった地理や現代社会については、2年までの頃と大して違いが無い点数になるんじゃないだろうか。
(でも、少し楽しみだな。テスト返却)
今までだったら、テストを受け終わった後はすぐに遊びに行ってた。テスト結果が返ってきても「うわ、相変わらずひでぇな」と自分に呆れるだけで、振り返りなんて考えもしなかった。
瑠美は……2年生の試験はまだ続いているだろう。彼女が図書館に来るのは昼を過ぎた頃になるだろうか。
(それまでに、世界史の解き直しは終わらせておくか)
一つ下の可愛らしい友人は、それを聞いたらどういう反応をするだろうか。「自分から復習をするなんてすごいですっ!」と褒めてくれるだろうか。それとも、「この方はですね、19世紀の……」と問題の解説をしてくれるだろうか。
彼女に会うのが待ち遠しい。自分が何をしようと彼女の試験時間が短くなるわけないのは分かっていたが、俺はいそいそと身支度を整え、二人の場所へと足を早めた。
第1章も残すところあと少しとなりました。エピローグ(という名のテスト返却)を挟んで、第2章へと話は移ります。
とんとん拍子で悠馬の受験勉強は進んで行くのか、瑠美は自分の過去に決別をつけられたのか。汐音は? ハルトは? まだまだ書き足りないこと、全部を1年という限られた枠組みの中で扱っていきます。どうぞ、これからもお読みいただければ幸いです!




