Ep.3 はじめての中間テスト⑭
「ほら、テストを返却しますよ。出席番号順に取りに来なさい。はい蒼井。秋山」
次々と生徒の名前を呼びながら、小川先生はテストを返却していく。
(うわぁぁぁぁぁぁ心臓が張り裂けそうだぁぁぁぁぁぁ)
机の上で頭を抱える。ドキドキと脈打つ心臓は、今にも体の外に出て行きそうな勢いだ。なんたって……
「小山。ハイ次、皐月」
気づけばもう俺の番だった。うちのクラスの英語の授業は、「英語Ⅲ」と「英語表現」どちらも小川先生が担当してる。つまり、
(なんでいきなり2教科も返ってくるんだよ……)
心の準備が全くできていない。心拍数は相変わらずおかしなことになっているが、後ろも使えてしまうことだし早く取りに行かなければ。
「なぁなぁ、お前何点だった!?」
「おっしゃ、5点勝った!」
「うわ、すげぇよ浅野目、お前90点超えたのかよっ」
「いやー、ノー勉でこれだけ取れてるって俺スゴくね?」
既にテストを返却された奴らが、教室の前の方でやいのやいのと騒いでる。彼らの横を通り抜けると、小川先生が俺に向かって2枚の解答用紙を差し出していた。受け取った時にはすでに次の生徒を呼んでいる。
いつも通りなら、授業の残り時間はテストの解説になる。なるべく多くの時間を解説に割くためにも、テスト返しはさっさと終わらせてしまいたいのだろう。
貰った解答用紙を見ることもせず、俺は自分の席に戻った。開くのが怖い。今までとは、状況が違うんだ。勉強したのに、しっかり対策したのに、もし大した点数が取れてなかったら……
その時、どこからか声が聞こえた。弱気になった俺を叱咤する声が。
『兄さん、今更うじうじしてどうするんですか。「勉強は正直者だ」って前に言いましたよ?』
汐音の声だ。いや、もちろん彼女がここにいるはずないから、これは俺の脳が作り出した妄想に過ぎないんだが。
その声に背中を押される。きっと、きっと大丈夫だ。だって俺は―
『そうですよ、先輩。先輩の頑張りは、私が保証しますから』
ああ、と心の中で呟き、閉じていた解答用紙を開く。まずは一枚目を、そして二枚目も。
「悠馬……」
後ろからハルトが移動してきた。俺が今回のテストにどれだけ真剣に取り組んでたか、コイツはちゃんと分かってくれている。聞くべきか、それとも聞かない方が良いのか決めあぐねているハルトに向かって俺は、
無言のままに、右手でVサインを作った。
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「すごいっ、すごいですよ悠馬先輩!」
放課後。いつもの場所で、俺は瑠美に今回のテストの解答用紙を見せていた。今日の時間割に無かった地理と現代文はまだ返却されていないが、残りの教科の結果は全て判明している。
「英語表現87点、英語Ⅲが78点……これって、平均点はどのくらいでしたか?」
「んーっと、英語表現の方が49点、英語Ⅲが57点だな。……もう少し、Ⅲの方はしっかりやるべきだったか」
出題形式がバッチリ当たっていた英語表現に関しては、平均点を大きく超えていた。それどころか、学年でもトップクラスを争うぐらいに英語が得意なハルトでさえ93点だったのだから、クラスでは相当上位だったのではないだろうか。
それに比べると、英語Ⅲの方はいまひとつパッとした結果ではない。まぁ、今回は英語の勉強時間はほとんど英文の暗記に費やしてたからな。というか、今まで赤点スレスレだった俺が、20点も平均を上回ったのは快挙だ。
「すごいですぅ!」と俺より喜んでいそうな瑠美に声をかける。
「ありがとな」
「へっ!? わ、私、そんな大したことはしてな……」
「いや、瑠美が英文法をゴールデンウィーク中に鍛えといてくれたおかげで、こんな点数が取れたんだよ。ってそれだけじゃなくて、テスト期間中もか」
そう、今回英語の点数が異様なほどに高く出たのは、間違いなく文法問題がほぼ全問正解していたのが大きな要因だ。和文英訳問題ばかりにかまけていたためお世辞にも準備万端ではなかった部分だが、「受験に役立つので!」と瑠美が先んじて対策しといてくれたので、労することなくテストに臨めていた。
「ありがとう」と改めて礼を言うと、ふしゅーっと熟れたリンゴのように赤くなった瑠美は慌てて話題を逸らす。
「ほ、ほら! 他の科目もすごいですよっ!」
そう言って見せてきたのは古典と世界史の解答用紙だ。いや、もちろん自分の結果なんだから点数は既に知っているけど。
古典の方は76点、世界史も82点と、どちらも俺にしてはかなりの高得点だ。現代社会は、勉強不足だったこともあって平均点を少し割っていたが、他の科目の結果を踏まえれば必要な犠牲だったとも言えるだろう。
「……なんだか、まだ夢でも見ている気分だ」
思わず、ぼそりと言葉が口から飛び出る。そういや、俺の英語の結果を見たハルトも最初は「ははっ。俺、夢でも見てんのかな……」って何度も瞼をこすってたな。やがてこれが現実だと気付くと、歓喜余って俺に抱きついてきやがったが。
「まーたクラスの中でホモ疑惑が……」と、ハルトへの恨みを思い返していると、
「……すんっ……ぐすんっ……」
「お、おい? 瑠美!?」
いつの間にか、目の前で瑠美が目にいっぱいの涙を湛え……いや、湛えるだけではなく、涙は実際に彼女の頬を伝って流れだした。突然のことに俺は慌てふためく。
「す、すみません。取り乱して。なんだか嬉しくて……つい……」
「……はぁ。ほんと、いい友人を持ったよ俺」
頑張りを認めてくれて、自分のことのように喜んでくれる人が二人もいるなんて、なんと幸せなことなんだろう。いや、二人だけじゃないか。家に帰れば、きっと汐音も態度に出さないよう懸命に冷静な様子を繕いながら、「よくできましたね、兄さん」と労ってくれる気がする。
(何もかも、瑠美と出会ってから始まったんだよな)
2か月弱も前の俺と、今の俺は全然違う。変えてくれたのは、変われたのは、間違いなく目の前のこの少女のおかげだ。
中学時代のトラウマに苦しめられながらも、縁あって知り合った俺のために何かできないかと、様々なことを教えてくれた。
何でこんなにも俺によくしてくれるんだろう。俺は何もしてあげられないのに。もちろんそれは見返りを求めるものではなく、もしかしたら、ただ彼女が自己満足を得たいがための行動かもしれない。
(でも、だから何だって言うんだ)
結果として、俺は変われた。それでいい十分じゃないか。きっかけをくれた彼女には、感謝の気持ちを抱きこそすれ、間違ってもかつての同級生のような取ることはしない。
「……もう、あと半年ちょっとか」
まだまだだと思っていた受験の足音は、実はすぐ傍に迫っていた。ヤバい、マズイ、怖い、不安だ、心配だ、もうだめかもしれない、どうしよう、何をすれば。焦燥感を感じ、思考がネガティブな方向へ向かう。
でも、
「大丈夫ですよ、先輩。私が付いてますから」
彼女の発言はどんな先生の言葉よりも信じられた。信じたいと思った。
「ああ、そうだな。……その、これからもよろしくな」
小さくて、引っ込み思案で、少し泣き虫で。でも誰よりも優しくて、綺麗で。
若干の照れを含ませながら伝えた俺に対して、彼女は満面の笑顔を浮かべてコクッと首を縦に振った。
「はいっ!」
第1章、完結です。




