初めての魔法のステッキ
「エンチャント・魔法のステッキ召喚――ッ!!」
いざ言ってみると、意外と恥ずかしくはなかった。よく考えるとこの場にいるのは雨霧拓巳とオジさん魔王だけなのだ。
「つぐみよ、ボタンを押すタイミングが遅いぞ! やり直すのだ」
「ええーっ!?」
「日笠、このVR世界ではコマンド選択と音声のタイミングがとてもシビアなんだよ」
「そうなの!? ボタンを押しながら言えばいいのかな?」
「さあ、それはオレにも分からないさ。オレのマスターは剣士だけれど、日笠のマスターは魔王だ。だから魔法のコマンドはまた勝手が違うんじゃないかな?」
「づぐみよ、時間がないぞ早くやり直せ! サラが間もなく攻撃を仕掛けてくるぞ!」
「ふえぇぇぇ~」
私は青いボタンを押して『エンチャント・魔法のステッキ召喚』という変な言葉を何度も繰り返す。タイミングをずらしながら、何度もトライした。そして―― 14回目でようやく反応があった。
「よしっ!」
思わずガッツポーズが出た。何度も何度も繰り返していくうちに、私の目から涙がこぼれ落ちたりしていたけれど、その苦労が報われた瞬間だった。
白い画面が消え、長い棒のようなものが目の前に出現した。それは太さはモップの柄ぐらいで、長さは2メートル以上はありそうな茶色い棒。それが横向きになってふわりと浮かんでいる。
「さあつぐみ、魔法のステッキを右手で持つのだ」
「えっ!? これが魔法のステッキなの?」
魔法少女が持つような物を想像していたのに、これはただの棒だ。色もぜんぜん可愛くないし、星もハートも付いていないなんて……
「つぐみよ、魔法のステッキの構え方は、こうだ!」
魔王が私と同じ茶色い棒を斜めに構えてお手本を示してくれた。
「あれ? 魔王さまいつの間に私のお揃いのステッキを?」
「何を言っておるつぐみよ、これはおまえが出したものだぞ?」
「えっ、それってどういう……?」
「それはオレが解説しよう……」
雨霧が魔王と私の話にまた割り込んでくる。
「そもそもこのVR世界でのマスターとオレたち手下の関係は、ゲーマーとゲーム機と同じ様な関係だと思うといい。マスターの命令に従ってオレ達は動くゲーム機なんだ」
「なにそれ、私たちは感情の無い機械なの?」
「あくまでもたとえ話だ。で、ここからが重要なポイントだけど、このVR世界ではサラや魔王はオレたちを介して魔法や剣を振るえるけれど、一人では力を発揮できないらしい」
「えっと……それってどういう……?」
話が複雑過ぎてぜんぜん分からないよー!
「だーかーら――……」
「サラが攻撃を仕掛けてくるぞ!」
雨霧が呆れたような声で何かを言おうとしたとき、魔王が大きな声で危機を伝えてきた。
サラが両刃の剣を真横に構え、砂漠の上をジグザグに跳びながら私に向かっている。
雨霧と魔王はササッと私から離れていく。
はあっ!? 私を見捨てるつもりなのぉ――?
「魔法のステッキを構えろ! そして唱えよ『エンチャント・サンドストーム』っと!」
魔王の命令。私は迷わずそれに従う。
私が生き残る唯一の手立ては、それしか残っていないのだから。




