最終話その4
ルーカスの振り上げた剣の行方。
ルーカスの剣は真っ直ぐに、確実に目の前の標的に向けて振り下ろされた。
自分の脇腹が 刺されたと理解した瞬間、ルーカスの腕は既に頭上高く振り上げられていた。
ルーカスの認識を越える速度で、彼の身体は反応した。
リリーナ・フェンリル・ロハスは剣を握ったまま硬直していた。
敬愛するアズール隊長の敗北と死、それが信じられなかった。受け入れられなかった。
ましてや、隊長を殺した男に対して僅かではあるが好感を抱きつつあった自分が許せなかった。
ヒトも捨てたもんじゃない。
いつか、父親が口にした言葉を思い出す。
ヒトも獣人も同じなんだ。だから―。
ああ、だから、どうしようもなく憎み合うことしかできないのか。
眼前に迫るルーカスの剣に気付いたときには、もう避ける暇はなかった。
キィンと、鉄と鉄がぶつかる音が響いた。
ルーカス・ウェイカーは己の剣が肉を切らず、何かに受け止められていることに気付いた。
「やれやれ、間に合ってよかった…」
息を切らしながら言葉を発したのは、グレゴリー・フェンリル・ロハス。
「お、父さん…」
リリーナの父親である。
剣を引いたルーカスは、脇腹に突き立てられた剣を握り、勢いよく引き抜いた。
リリーナが咄嗟に掴んでルーカスを突き刺すのに使ったのは、落ちていたアズールの剣であった。
「包帯があるから、巻いてあげよう」
グレゴリーがルーカスの体に、丁寧に包帯を巻いていった。
リリーナは放心したように座り込み、その光景を見ていた。
「娘が、すまなかったね」
グレゴリーが申し訳ないという顔をしているが、ルーカスは何を言っているんだという具合に顔を歪めた。
「敵である俺に剣を向けるのは正しいことだろう。むしろ、こうして手当てをしているアンタの方がおかしいと思うよ」
その言葉にグレゴリーは、ハハハと誤魔化すように微笑んだ。
「ステラ様に会いに行くんだろう?だったら、その邪魔をする権利は僕にはないからね」
グレゴリー・フェンリル・ロハスこそ、ステラをニューブロンズに連れてきた張本人である。
ルーカスも昔を懐かしむように、口元を緩める。
「本当に俺を行かしていいのか?もしかしたら俺は彼女を…」
「それはあり得ないよ」
ルーカスを遮って、グレゴリーがピシャリと言ってのけた。
「君はにはステラ様を殺すことはできない」
ルーカスは、グレゴリーが真剣な面持ちで自分を見詰めていることに気が付いた。
「はっ、どうだか」
気圧され気味のルーカスは、強がるしかできなかった。
ルーカスとグレゴリーはそれから少し言葉を交わした。
「リリーナによろしく伝えておいて欲しい。道中助かったと。それから、戦士として当然のことをしたのだと」
そう言い残し、ルーカスは暗い回廊に姿を消していった。
腹に巻かれた包帯は、もう赤く染まり始めていた。
去っていくルーカスの背中が暗闇に消えると、グレゴリーは未だ放心状態で座り込んでいる娘に向き合うようにしゃがみこんだ。
「リリーナ。よく、無事に帰ってきてくれた」
それだけ告げるとリリーナの反応を待たず、グレゴリーは最愛の娘を抱き締めたのだった。
程なくして、リリーナから嗚咽がもれた。
親子の再会。アズール隊長の遺体を添えて。




