第27章 幸せな 2
「待って、……ああ、誕生日過ぎてたんだ、俺」
「じゃ、今、十三? 病気したとき十二歳って言ってたよね?」
「いや、実はあの時点で過ぎてた疑惑」
ケアルの件だとか、イリェ領主の件だとか、ボイル領主の新しい奥方カダの件だとか、一部の話題は他愛ないとは言いがたかったかもしれない。世間一般としてはどうあれ、直接間接に関わったことなので。
「うん、ちょっとだけ聞いたんだけど、あんまり表に出てこないみたいなの。これまでのことがあるからそっとしておきたいのかもしれないわ」
「っていうか、カダって本名だったんだな。騙すようなことした相手によく教えるよ」
「……嫌、だなあ……。もう住んでないけど」
「嫌って出てきた故郷じゃないものね」
一度〈鍵〉をじっくり見てみたかったのだった、とテミストが何気なく言った。いいよとハルに差し出されると、しかし妙な顔をする。
「アキラが持ってるんじゃないの? ハルがいないときに〈門〉をみつけたら困るじゃないの」
「別に、そしたらそのときは見送るし。っていうかテミストだって、自分で持っといたわけじゃないじゃん」
「でも、確かにアキラが持ってた方がいいかもね」
ハルの賛同を得たテミストは、くるくる回して矯めつ眇めつした後で、晶の方に〈鍵〉を返した。
喋りすぎて喉が乾いたと晶がこぼしたのをきっかけに、テミストはバスケットを中心に移した。中身は主に野菜や卵や肉を挟んだパンで、要するにサンドイッチと呼んでしまってよいだろう。
「二人が好きなもの、作ろうと思ったんだけど。好きなものがわかるほどちゃんと見てなかった」
「そんなに特徴的な好物はないと思うよ」
「どれでもいい?」
訊きながら一つ、ハルに差し出す。うん、とハルは受け取った。晶は自分で覗き込んで選んだ。自分で作ったのよと胸を張るのに大袈裟だとも思ったが、野暮なことは言わずにありがたく頬張る。野菜のサンドイッチは好みでなかったはずだったけれど、今は美味しく感じられた――野菜の問題でもサンドイッチに限った話でもなかっただろうか。
「……あ、ごめん、ハル。何がいい?」
しばらくして、ふとテミストが慌てたように訊いた。二つ目を取ろうとしないことに気づいたのである。が、ハルは微笑したまま首を振った。
「そうじゃなくてね。幸せだなって思って」
さらりと告げた。
バスケットに伸ばしかけたテミストの手が止まる。晶は口の中に残っていた分を飲み下した。
ローブ越しに少年は膝を抱えた。
「アキラが好き。テミストが好き。二度と会えなくなっても、前みたいには一緒にいられなくても。君たちが好き」
「……言うなよ。会えなくなるとか」
「だって、ねえ、一度は言っておきたいじゃない」
「……あたしだって……アキラも、ハルも」
両手を握り拳にして、少女が俯く。ぱたぱたと涙が落ちたようだった。
「でも、お母様……お母様も……」
「比べなくていいよ。みんな事情が違うし」
遮るような形になったのは、続きを語れそうにないと判断したのだろう。
「僕はエルの魔術師だから。いつだってテミストに会いに来られる」
晶はバスケットへ無造作に手を突っ込んで、サンドイッチを探り取って噛みついた。こういう空気を味わいたくはなかったのに。
……それに。
なあ、言わねえの。テミスト。ハルも。言ってくれねえの。
帰らないでほしいって。こっちに残っていいって。
簡単なことではないだろう。安易に宣言できることではないだろう。客人と住人とは違う。テミストのように働いて、生活の糧を自分で稼ぐだとか、ひょっとしたらラリサの元で魔術を学ぶだとか、何にせよハルについて回っているばかりではいられまい。帰らないことと留まることとは、連動していても同一ではない。
――ここにいていいんだって、言ってくれたら、俺は。
自分からは言えないと晶は思っていたけれど、二人も同じことを思っていたかもしれない。故郷を捨ててほしいとは、自分からは頼めないと。




