第27章 幸せな 1
ハルを目にしたテミストは複雑そうな顔をしたが、すぐに綻ばせた。
「新生活は慣れた?」
「慣れないの。でも悪くはないわ」
少女は折衷案のような返事をした。
「ハルのことも聞いたわよ。びっくりした」
「聞かなかったことにして。僕もびっくりしたよ」
そこからの二人のやり取りが身に覚えのあるもので、晶は何だかおかしい気分で眺めていた。何にやにやしてるのよ、とテミストは頬を膨らませたが。
「まあ、あれでケアルのことが片づいたのはよかったよ」
「ケアルが関係してたの?」
「あ、そこまでは知らない?」
「ケアルの名前は領主様の方で伏せてたもの」
テミストは詳細を聞きたがりつつも、仕事があるからと自分から打ち切った。そうか、働いているのかと、さして年齢の違わない少女を晶はみつめた。エルはそういう時代なのである。働かなくてよい、寧ろ働かせてはいけないと、自分たちのような子供を保護してくれる日本とは違うのだ――十全に機能しているとは言いがたくとも、そうした建前だけは掲げている日本とは。
「明日は絶対に休み貰うから」
「貰えんの?」
「貰えるわよ、あたし真面目にお勤めしてるもん」
その辺りも日本とは違うのか。
前にも泊まった宿屋の者たちは二人を覚えていた。あれからさほど長くは経っていないし、職業柄でもあっただろうけれど、テミストの友人として記憶されているためでもあるらしい。短い間に少女は随分知人を増やしたようで、とりあえず好かれているようなのは友人としても喜ばしく、少年たちは顔を見合わせてふふっと笑った──晶が首をひねったのをハルが読み取って、応じて顔を向けたのである。ハルの振る舞いがどこまで意識的なものなのか、晶には所詮わからないのだが。
ピクニックという概念がエルにあるのかどうかは知らないが、翌日バスケットを提げて現れたテミストは、いかにもピクニック然とした格好をしていた。荷物を持とうかなどと申し出るハルをはたいて、晶はテミストがバスケットの他にもう一つ提げていた鞄を受け取った。食べ物以外の、敷き布や何かが入っているらしい。
三人は街を出、森を歩いた。赤い人影をつかまえてエルにやってきたときの、最初の場所も森だったなと晶は思い出す。ちゃんとした道があって迷う心配もなかった。ハルはもう普通に歩けるのねと、テミストは感心したように言った。魔術で補っているのなら使い通しでは疲れるのではないかと心配もして、また既視感のある応酬が展開された。
それから少し間を置いて、テミストは思いきったように、杖を持っていない方のハルの手を取った。
「段差でもあるの?」
「ううん。……何となく」
きゅ、と握り締めたのが見て取れて、晶は反応に困る気分だったが、当のハルはさして戸惑う風でもなく軽く握り返していた。しばらくそのまま歩いていたものの、結局はテミストの方から放してしまった。
森を抜けた先で丘に登れば景色はなるほど気持ちよく、わかるよとハルも頷いた。夕焼けもきれいだと思うんだけど、とテミストは残念そうに西を眺めた。ここで日没を見守ってしまっては、その後夜の森を通って帰らなければならなくなる。
敷き布を広げる。地面に打ち込んで四隅を押さえるための、日本にも似た物があった気のする器具が、鞄には一緒に入っていた。三人輪になる形で座ると、テミストはバスケットを自分の後ろに置いた。
「テミストはあの店で働いてるんじゃないんだね」
「うん。読み書きができるからね、資料整理手伝ってる」
「あ、珍しいんだ?」
「そうよ?」
「普通に読めてたから普通な気がしてた」
識字率のことは前にも聞いただろうか。覚えていない。
「あたし古語だって読めるもの」
「古いと綴りが違ったりもするんだよ」
「それは俺のとこでもあるわ」
他愛ない話。取り止めのない語らい。
──もうじき、縁がなくなること。
意識したくなかったが、時たまそうした思いが去来した。ことさら噛み締めるようなことはせずに、自然に過ごしたかったのだけれど。




