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三(改稿)

サクたちは子どもを授かった。

一人目が四つほどになったころに、珍しい雰囲気をまとってヘイジ夫婦が店を訪れた。


ヘイジはサクに金を無心した。

珍しいこともあるもんやなとサクは思った。

頭を下げて頼むヘイジとその妻のキィに、サクはあまりなにも考えずに

「ええよ」

と答えた。

請われた金額は大きいものだったが、サクの手の届くところにある範囲で出せる額だった。


ヘイジは何度も頭を下げて帰って行った。

サクは、ヘイジとはもう会えないかもしれないと、見送りながら思った。


サクは旦那に相談もせず大きな金をヘイジに渡してしまったので、その後旦那に大変怒られた。

それはものすごい勢いで怒られた。


どうしてその大金を相談もせずに渡したか、理由をきちんと言えればよかったが、サクは今まで自分についてきちんと説明するようなことがいままでなかった。

それは今まで傍にいたヘイジが、言葉にする前に全部説明してくれたし、言葉にしなくてもわかっていたからだろう。

つまりサクは自分についての事も、うまく説明するどころか言葉もうまく出なかった。

それでウゥウゥと唸りながら悔しくてボロボロ涙を落として泣く。それを、幼い子どもが心配して慰めに来て父親をめっと叱るものだから、数日後、結局サクもうまく説明できないまま、旦那も許すわけでもないまま、子どもの手前、表面上はうやむやになった。



ヘイジ夫婦は、あれ以来、町で姿を見ることはない。二人してどこかに行ってしまった。


***


あれから旦那とサクは店で共に働いて過ごした。

店は一時大変なことになったけれど、まぁなんとか頑張って立て直した。

サクは物覚えが悪くて使い物にならなかったに違いないが、それなりには頑張ったから大目に見てもらう事にしよう。


ヘイジの姿を見なくなって十数年後、ヘイジからの手紙がやっと届いた。

数字と店の品物の文字ぐらいは読めるようになったが基本的に文字が読めないサクの代わりに旦那がそれを読み上げてくれた。


その手紙は本当は、ヘイジが姿を消してから数年後に書かれたものらしい。

知り合いから知り合いへとゆるゆると運ばれて今やっと届いたものだった。


ヘイジがどこにいるかということ。どうして急に出ることになったかは伏せてあったが、金についての感謝と旦那への詫び、どうしても必要だったという説明、それからこちらの幸せを祈る事。

それから、きっとサクはうまく説明できないだろうと、ヘイジが旦那が読み上げることを分かって、旦那に向けて、サクをどうぞ怒らないで許してやってほしい、という事も書き記してあった。


そこにはサクが思っていたことを、もっと丁寧に伝わりやすく書いてあって、サクは自分の気持ちを代弁しているはずのその内容にしみじみ聞き入ってしまった。


旦那の読み上げる内容にサクも思い出す。


自分たちの生まれて育った村。突然変わった日々。お侍の主人(旦那には『いろいろあった』とだけ言うように、とヘイジに教えられ、具体的に旦那に話したことがない)のこと。そこで過ごした日々。この町に至るまでの旅。この町で別々の家族を持って過ごし至った今。


***


ヘイジがいたからサクは生き残れた。

何もわからぬサクにヘイジがいろいろ教えてここまで生きてきた。


ヘイジもサクがいたから生き残れた。

サクと共にいることで仕事や住まいのおこぼれにあずかって生きてきた。


ヘイジにとってサクはたいそう頼りない姉であったに違いないが、一緒にいる事で支えてやれたこともあるだろうと思っている。二人そろってガキやったから二人そろってやっと生きてこれたんやと思う。


そうやって揃って生きてきたヘイジが頼んできて、ヘイジはこのまま町を出ていく、今生の別れになるかもしれない、と姉ゆえにか感じ取ったから、サクは請われるままに金を出した。

旦那に話を通すよりすぐ渡した方がいいと思った。


それを旦那に、きちんと伝えることができれば良かったけれど、どうやら自分が思うよりもできないところが多いようだ。


ヘイジの手紙に、チョウベエさんには迷惑をかけて本当に申し訳ない、ねえやはこう思ってくれたんやし怒らんでやってほしい、とサクの気持ちを書いてある。


なんでヘイジはこんなに分かるんかなぁ。おとうとってのはすごいなぁとサクは思う。


手紙を読んでから旦那の態度がちょっとだけ柔らかくなった。

つまりそれだけあの事を気にしてたってことやないの、と、サクはかえって不満に思ったが、まぁこの不満も自分はすぐ忘れてしまうだろうと思う。


「またヘイジとキィが来てくれるといいなぁ」

と、旦那があの事を許すと知らせるように、サクに言った。


本当にそうやなぁとサクも答える。ただし、叶うかはサクにはさっぱり分からない。

もう会えないかもしれないとサクはどこかで思っている。


***


うちら姉弟はガキやから、二人でやっと一人前に生きてきたような気がする。

それがもう、姿も見ないようになって暮らしてるなんて不思議なことや。


なぁヘイジ、ウチらはもう大人になったから、別々におっても生きていけるようになったんやなぁ。


別々で良いから、苦しい思いせんと無事に生きていてくれな、と、サクは空を見上げて心の便りをヘイジに送る。

サクのおとうと 終

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