12.輝く一番星(side.A/L)
「え、なんかすごい家じゃない? 急に引っ越すって言うからびっくりしたけど」
「お金がそれなりに貯まりましたから。いずれ引っ越そうとは思っていましたし」
「でもいきなり一軒家……」
持ってきた引っ越し祝いのマグカップが、急にみすぼらしいものに思えてきた。
「やっぱり外務官って、すごいな……」
「そうでもないですよ。アリシアもそれなりにお給料をもらっているでしょう?」
「こんな家に引っ越せるほど稼いでないよ……まだまだ下っ端だし」
遠い目をするアリシア。ロイドは彼女を真新しいソファに座るよう促した。
ソファの前には、造りのしっかりしたローテーブルが置かれている。
「どうですか、病院には慣れましたか」
「まぁ、さすがに半年も経てばね。カミラとアルフレッドも一緒だし、何とかやってるよ」
「それは良かったです」
テーブルに湯気の立つカップを2つ並べ、ロイドはアリシアの隣に座った。
「ロイドもお仕事慣れたの?」
「ええ。こちらもまだ簡単な書類仕事ばかりですが。この間から先輩方と一緒に、新しい外国向け事業のプロジェクトを始めました」
「すごいね。なんだかロイドが私を置いてどんどん遠くに行っちゃうみたいな感じがするなぁ。私も頑張らなきゃ」
「アリシアは十分頑張っていますよ」
「私はまだまだだよ……」
こんな、ひとりで住むにはもったいないような家に引っ越したりする行動力もない。日々の生活を送ることだけで精一杯だ。
ロイドはこともなげな顔をしているが、さすが宮廷官僚だ。一介の薬師では太刀打ちできない。
せめて薬師としては、ロイドと同郷の名に恥じないような働きをしなければ。
ひそかに闘志を燃やすアリシアだったが、ロイドから「無理だけはしないでくださいね」と釘を刺されてしまった。
* * * * *
「結婚はもちろん反対なんてしないけど、その前にちゃんとアリシアちゃんの意思は確認したのかしら?」
「アリシアちゃんがロイドのことを好いているのは、村のみんなが知っていることだが……結婚となると、話は違うと思うぞパパは」
「意思の確認はこれからです。今は外堀を埋めています。二人で住む家は手配しました。父さん、今更パパとは呼びませんよ」
「そうじゃないと思うわ……努力の方向が違うと思うのよ……」
「パパって呼んでほしかったな……それならいっそアリシアちゃんに」
「ひとまず、二人とも結婚には反対しないということでよろしいでしょうか」
なんて、両親とやり取りをしたのは1ヶ月前のことだ。
今はアリシアの好きなところを箇条書きでまとめているところだ。アリシアのことなので、プロポーズした際に「私なんかのどこがいいの?」と本気で聞いてきそうだからだ。いくらでも書き出すことができるので、すでに50行ほどに至っている。
確かに、アリシアの意思は確認していなかったと思い至り、先日確認した。
「結婚? 私が? まぁ、したくないと言ったら嘘になるけど、別にできるとは思ってないよ。私なんかと結婚したい人なんていないよ」
結婚したくないと言えば嘘になる、と。言質は取れたと思っていいだろう。問題なしだ。
ロイドは手元の紙の『両親の許可取得』の項目の下に『アリシアの結婚の意思を確認』と書き足した。
カミラとアルフレッドにも接触し、アリシアに他に親しい男性がいないことも確認してある。
宮廷の法務官になったウォーレンとも連絡をとった。
「結婚の手続きについて? 婚姻届に本人たちの同意の上それぞれのサインと、見届け人のサインがあれば提出できる。アリシアちゃんってご両親と不仲なんだっけ? 別に親のサインは必須じゃない。お前の両親とかでもいいんじゃないか。おい、ところでちゃんと付き合ったのか? まずはそこからだろ? 何聞こえないふりしてるんだ」
ということで、婚姻届を提出することにも問題はなさそうだということも分かった。
手元の紙にさらに『婚姻届は互いの両親の同意がなくとも提出可能』と書き足す。
アリシアの母に結婚を認めさせようとしても時間の無駄だろう。
結婚情報誌を確認すると、プロポーズには給料3ヶ月分の婚約指輪が必要らしい。
今度アリシアと出かけるときには、さりげなくアクセサリー店に入って彼女の指輪のサイズを確認しなければ。
別の紙に、『指輪のサイズ確認』と書き付ける。
「プロポーズは……いつにしましょうか」
態度で示しているつもりだが、明確に好意を言葉にできない自分は『この日に必ずプロポーズをする』と覚悟を決め挑む必要があるだろう。
互いの状況を考慮したりして日取りなども考える必要がある。カレンダーをじっと眺め、いつ頃がいいかと考える。
ここまで準備をしたのだ。きっと大丈夫——。
「……いや……もっと外堀をきちんと埋めなければ。何事も根回しが肝心ですから」
今度はどこから攻めようかと頭を巡らせ始めた。
* * * * *
「アリシア」
「なに?」
「アリシアって、結婚のこと、どう思う?」
「え、もう結婚の話挙がってるの! おめでとう!」
カミラは柄にもなく頬を赤らめて、顔の前で手を必死に振った。
「違う違う! うちの話はいいの!」
「え~、アルフレッドとのこと聞きたいのになぁ。知らない間に付き合ってるし。なんで私には教えてくれないの?」
のけ者にして、と軽く唇を尖らせる。
耳まで真っ赤になったカミラは、今にもプスプスと音を立てて頭から湯気でも出しそうだ。
「だって、恥ずかしいじゃない……。け、結婚するときには、ちゃんと言うわよ……」
「デートのこととか聞きたいのにな~」
「また今度!! とにかく、アリシアのことよ。結婚について、どう思うの?」
ぷんすこ、という様子のカミラに水を向けられた。
結婚ね、と言葉を口の中で転がす。
「出来たらいいけどね。でも、ロイドが結婚したら、考えようかな……」
「自分がロイドと結婚するとは思わないの?」
「そんなそんな。私じゃ釣り合わないよ」
「あんた、ずっとそればっかりよね。ロイドも悪いと思うけどね私は……」
はぁ、と深くため息をつくカミラ。
「結婚より、仕事優先って感じ?」
「まぁ、仕事は好きだけどね。けど、仕事だけの人生は寂しいかも」
いつか、好きになってくれる人が万が一現れれば。
ロイドが結婚した後なら諦めもつくだろう。
——本当に、諦められるだろうか。
* * * * *
「ついに……買ってしまいました……」
給料3ヶ月分のダイヤモンドがついた指輪を先ほど購入した。あんな金額のものを購入したのは初めてだ。まだ手がわずかに震えている気がする。
宝飾店の店主が直々に出てきて、ものすごく感謝されたのだが、あれはなんだったのだろうか。
手に入れた指輪は、大粒のダイヤモンドが一粒ついている、シンプルなデザインのものだ。
自宅のローテーブルの上に、箱を一旦置いた。
恐る恐るその箱のふたを開ける。
照明の光が反射して、まばゆいばかりに光り輝いているダイヤモンドがそこにあった。
ごくり、と唾を飲み込む。
外堀は埋めすぎるくらいには埋めた。
必要なことを書き記したチェックリストも埋まった。
あとは。
「結婚して、くださ……」
ぶわりと顔に血が上るのが分かった。
「……いや。言わなければいけないんです。今回は、必ず」
一度強く目をつむり、輝くダイヤモンドを睨みつけるように見つめた。
カレンダーを見れば、マルを付けた日付が目につく。ごくりと唾を飲み下した。
「アリシアの、誕生日……」
彼女の、20歳の誕生日だ。
アリシアもロイドも、仕事は落ち着いてきている。
この日しか、ない。
手にじとりと汗がにじむ。
店の予約を取り、アリシアと約束を取り付けた。
そして、迎えた当日。
「えっ、すごい花束……もしかして、私のために用意してくれたの?」
ドレスコードありの店に相応しい、簡素だが品のいいドレスのアリシア。髪はアップにまとめられており、ロイドが学生時代にアルバイトをして買ったラピスラズリのイヤリングがその耳に輝いている。ロイドの心臓は普段の2倍ほどの心拍数を叩き出していた。
大きな花束を持って現れたロイドに、アリシアは驚いたようだった。
だが、こちらはそれどころではない。
なんと返事したのかも、忘れてしまった。知らぬ間に手渡したらしく、花束は笑顔のアリシアの腕の中に収まっている。
出された料理はきっと美味しかったのだろう。
味も覚えていない。
盛んにアリシアが喋っているが、すべてに生返事をしてしまっている自覚はある。
だが、何も知らないアリシアは嬉しそうに笑っていた。
食事も終わり、すでに汗でびしょびしょになっている懐から、箱を取り出す。
手に握った汗で箱が滑りそうだ。
もう、引き返せない。
手に持った箱を、震える手で開ける。
大きく息を吸った。
カラカラに乾いた喉から漏れた声は、まるで自分の声ではないみたいだった。
「アリシア——結婚、してください」
* * * * *
「アリシア——結婚、してください」
思考停止。
この言葉以外に、ない。
目の前には、これまでのあまり長くない生涯の中でも最も輝いているだろう、大粒のダイヤを戴いた指輪の入った箱を持ち、自らに結婚を申し込む幼馴染。
今日は最初からロイドの様子がおかしかったことには気づいていた。心ここにあらずな様子で、正直すごく心配していたのだ。
でも、これは、まさか。
プロポーズ?
いや、そんなわけ——。
「え? どっきり?」
目の前がぐるぐると回っているような気がする。
心臓がバクバクと動き続けていて、顔にも血が上ってきた。
もはや目が据わった様子のロイドが、じっとこちらを見てくる。
「僕は本気です」
「え、いつから?」
「王都に来てからです」
「私なんかのどこがいいの?」
本気で分からなかった。
そもそも、これまで一度も好きと言われたことがない。
互いに一番親しい相手だという自覚はあった。でも、ロイドからは、自分がしっかりしていないから放っておけない幼馴染だと思われているとばかり思っていた。ただのアリシアの片思いだと。
アリシアの問いに、ロイドは生真面目そうに指折り数え始めた。
「アリシアは何より、僕のやりたいことを一番理解してくれています。村でも、周りから浮いていた僕にたくさん話しかけてくれましたね。こんな朴念仁の僕を、やさしいと言ってくれるのはアリシアだけです。そもそも、やさしいのはアリシアの方ですからね。周りの人への気配りも素晴らしい。夢を叶えようと努力することもできます。それと、小麦色の髪はすごく指触りがいいです。あとは……」
「もういい!大丈夫!」
目の前で手をバタバタと振り回した。
聞いていられない。恥ずかしさで頭が爆発しそうだ。
「まだ言えますが」
そんなところでキリっとしないでほしい。
アリシアはごにょごにょと「後で聞きます……」と呟き、俯いて顔を覆った。
どうやら、嘘でもハッタリでも冗談でもないらしいということはよく分かった。
だが、素直に嬉しいと思う自分に、過去の俯きがちな自分が問いかける。
本当に、いいの? 迷惑をかけるのでは?
「でも、ロイドにたくさん迷惑かけたよ……」
「そんな些末なこと気にしません。僕がしたくてしたことです」
「なんの役にも立てないよ」
「あなたはそばにいてくれるだけでいい」
「また迷惑かけるかも」
「大丈夫ですよ、いくらでも」
逃げ道が一つずつ潰されていく。
言葉が出てこなくなったアリシアが顔を上げると、ダイヤよりも輝く、たくさんの星を詰め込んだダークブルーの宝石がこちらをまっすぐに見ていた。
息をのむ。
ゆるく笑みを浮かべたロイドが、口を開いた。
「ところで、お返事を聞いていませんよ」
「私なんかで——」
自分を否定する言葉は、ロイドの声に遮られた。
「僕は、あなたが好きです。離れたくありません。お願いだから一緒にいてください」
「はい」
あまりにまっすぐな言葉に、はい、以外の言葉がすべて飲み込まれた。
そして、ただただ涙が溢れてくるのをアリシアは止めることができなかった。
* * * * *
後日、事の顛末をカミラに報告すると。
カミラとアルフレッドも同時に婚約したことを知らされたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




