婚約者の悪あがき
「きゃーっ! あなたたち何をやってるの?
え!? もしかして……あなたはデュークさま?
わたしの婚約者のデュークさまが、どうしてこんな暗がりでご令嬢と抱き合っておられるの?」
かなり説明口調でわたしは騒ぎ立てた。人違いなどと後から言わせないためであるし、ジョルジュたちをこちらに誘導するためでもある。
「ミシェル!? 違っ……」
慌ててデュークはわたしの言葉を遮ろうとするが、何故かキャサリンを抱きしめたままだ。咄嗟の行動にこそ本性が出ると言う通り、彼の中ではキャサリンこそが守るべき対象で、何者にも代えがたい存在のようだ。
「お嬢様、何事でございますか?」
そこにジョルジュが客人を引き連れてやってくる。執事が案内していた客は爵位は男爵ではあるが、王都でも有名な宝飾店のオーナーにしてデザイナーで、高位貴族の夫人や令嬢にも何人か贔屓にしている人がいるはずである。つまり彼はかなり貴族女性に顔が効く。
これは証言も期待できると皮算用をしている内に、中庭に散っていた他の客たちも次々に集まってきた。そこまで来てデュークは慌てて抱きしめた腕を解いたが、もうジョルジュと男爵にはしっかりと見られていて、既に言い逃れできる段階は過ぎているように思われた。
集まってきた人々は遠巻きではあるが、こちらを見守る体勢になっている。近くにいる男爵の顔からは好奇心が隠しきれていない。ここは愁嘆場を演じて悲劇のヒロインになるべきだ。
「わたしのデビュタントなのに、エスコートもしてくださらないからデュークさまのことを探しておりましたのよ?
なのに、こんなところで婚約者を放って、よそのご令嬢と睦み合っておられるなど……」
わたしは胸の前で両手を握りしめ、一息で言い募るとそっと顔を伏せた。怒りが今にも飛び出しそうだが、同じ感情的になるのでも聴衆は可哀想な方の味方になりやすいので、怒鳴り散らすのではなく切々と訴えているように無理矢理に語気を抑え込む。
また、わたしのデビュタントの舞踏会に参加しているとは言え、みんながみんなわたしの顔を知っているとは限らないので、わたしが今日の主役の令嬢であり、そんな場で婚約者に裏切られたことをアピールしておく。それだけでわたしの可哀想加減は倍ほどに膨れ上がるだろう。
煮えたぎるような怒りと屈辱を覚えているのは間違いない。その証拠に握りしめた手に爪が食い込んで痛いくらいだ。まるで冷静に相手に出来るだけダメージを与えようと動く自分に操られているようで、不思議な気持ちになる。
今までわたしは自分のことを結構おてんばな性格だと思っていて、弟と口も手も出るような喧嘩をしていたのに、本当に怒るとこんな風になってしまうとは考えたこともなかった。
「姉さん、どうしたの?」
「ガブリー? ごめんなさい、あなたの部屋まで騒ぎが聞こえてしまった?」
「そんなのどうでもいいよ。
それより今の話は本当なの? デュークが恥知らずにも姉さん以外の女性と……」
「……うん、残念だけど」
抱き合う姿勢は解かれたけれど、キャサリンはデュークの袖を掴んでいる。これでふたりが何の関係もないと言われても信じる人はいないだろう。
パーティに参加していなかった義弟のガブリエルが、デュークの代わりとでも言うようにわたしの腰を引き寄せてくれる。その力強さに、張り詰めていた背中の緊張が少し解けた気がした。
三歳も年下で社交界にデビューもしていない弟に支えられているのは、姉としては情けないような気もするけれど、安心したのも確かなのでそのまま寄りかからせてもらう。
「何を言っているんだ、ミシェル。ガブリエルも」
驚いたことにデュークはこの期に及んで言い逃れをするつもりらしい。婚約を解消するとキャサリンには約束していたみたいなのだから、開き直って関係を認めれば良いと思うけれど、今の今まで婚約について言い出すこともしなかったのだから、彼なりに何か思うところがあるのかもしれない。
「言い逃れはやめてください。わたし、あなたとキャサリン城だったかしら、が抱き合っているところを見ましたのよ。
ねえ、ジョルジュ、コールトン男爵?」
「はい、お嬢様」
「……ええ」
コールトン男爵は「巻き込まれたくない」と顔に書いていたが、名指しで呼ばれたため仕方なく返事をしてくれる。
「そんな者たちの言葉を信じるのか?」
「言葉と申しますかわたし自身が見ておりますし、ここにお集まりの皆様も勿論ご覧になっておられると思いますけど?」
わたしがそう言うと周りに集まっていた招待客たちも、うんうんと頷いている。これだけ目撃者がいるというのに、どうやって誤魔化すつもりなのだろう。
「僕たちが抱き合っていたように見えたのは事実だろう。
だが僕は転びそうになった彼女を支えただけで、意図があった抱擁じゃない」




