始まりはいつも呟きから
多額の借金から副業を探す32歳の林健人は、希望を抱いた瞬間絶望に落とされ、職を求めて役所を訪れる。そこでぼやいたたらればから『クエストボード』が出現し、転生物さながらの冒険が始まるーーー!と期待するのだった。
主人公はアンサンブル型。林のぼやきから始まった『クエストボード』が、いつしか社会現象となりひとつの職となる物語。今の日本にこんなものがあったなら、あなたはどんなクエストを依頼し、どんな依頼を受注しますか?
更新は不定期。
「え、本当ですか…?」
見るからにだらしないジャージ姿で電話に出た32歳の男は、この日歓喜していた。
「嬉しいです…!あの浦原さんと一緒にお仕事できるなんて…!!」
某有名なSNSサイトで、起業家の浦原十一から連絡があったのだ。
「はい、では明日13時に水戸駅前の喫茶店ですね!よろしくお願いします!」
ピッ、と電話を切ると共に、男は抑えていた感情を爆発させる。
(やった…!これで俺も起業家の仲間入りだ…!!
ずっと苦しかった今月も、明日で変わる!!
そうなったら借金も返済して、できた貯金を仮想通貨に投資して、俺はもう早くにFIREして…)
溢れる未来へのありえない妄想に歯止めが利かない俺は、浦原にハメられていることにも気付かずに舞い上がっていた。
そう、いわゆるねずみ講の勧誘だった。
今となってはなんてバカな話だろうと思うが、この時ばかりは藁にも縋る思いだったのだ。
ーーー3年前。
大学で知り合った藤原美菜と、長年連れ添ったという理由で俺はプロポーズをした。
美菜は大学でもおとなしく、俺とデートするときも家デートや図書館などで過ごすことの多い女だった。
だからプロポーズを断られたことに面食らったし、その後に出た「両親の治療」にも驚かざるを得なかった。
(だって俺といるとき、何も言わなかったじゃないか。どうして今になって…)
そう思ったが、大事にしてきた美菜が苦しそうにしているのを見過ごせず、俺は人生で初めて騙された。
そこから俺の借金生活が始まったんだ。
俺、林健人は、とことん騙されやすい人間らしい。
(美菜のやつ、マジで覚えてろよ…!あの時の500万のために俺がどれだけ苦労してきたか…!)
結婚資金として500万の貯金があったにも関わらず、更に500万の借金を重ねることになって気付いた頃には、美菜という悪女は消え去っていた。
金が欲しい時は苦しそうな顔をして、俺から搾り取るだけ搾り取ったその金は、『推し』に貢ぐために消えていったそうだ。
たまたま居合わせた知人が、アイドルのりんくんに赤スパをバンバン飛ばしているのを見たと、スクショと共に送られてきたのだ。
美菜に騙されたことを知った俺には、工場で働く俺にはまだまだ借金返済まで遠く、副業を探して日々の生活を元に戻そうと奮闘してSNSを探索。
そして起業家を名乗る詐欺師、浦原十一に捕まってしまったわけだ。
電話があった次の日、俺は就活時代に来ていた一張羅を身にまとい、浦原と対面した。
浦原はPCを叩きながらコーヒーを飲み、
「熱烈なDM、ありがとう。いつも投稿を見ていて、もったいないなと思っていたんだ。」
(浦原さんに見られていた…?美菜に裏切られた時の投稿しかしてないアカウントのぼやきを…?)
「もったいないとは…?」
「あんなに頑張っているのに、世間では給料を出し渋る。だからお金がすぐ底を尽きて、人との縁も尽きていく。ボロボロになっていく君を、僕はもったいないと思っていたんだ。こんなに輝く原石だというのにね。」
「あ、ありがとうございます…!俺、本当に苦しくて…」
「わかるよ。そんな君も、今日でさようならだ!」
「はい!浦原さんみたいになるには、俺は何をしたらいいんでしょうか?」
「僕がやっているアカデミーに入ってくれ。稼ぎ方について教えているんだ。マニュアルもあるから、早い人なら1ヵ月で300万はペイアウトできるよ。」
「1ヵ月で300万も…!」
「そうそう。やることも1日2時間だけPCを叩くだけさ。簡単だろう?」
「そうですね。仕事もあるから、副業に割ける時間はあまり確保できないので…正直そんなに少ない時間で本当に稼げるんですか?」
「あぁ。僕が考えたメソッドを行えば、簡単にそれくらいいくよ。今僕は日本で活動せずにドバイで暮らしているんだ。今日はたまたまこっちに用があったからね。ついでに林くんに会えたらと思って連絡したんだ。」
「ドバイですか!なんだか凄いですね!俺もそうなりたいです!」
「いいね。そしたら、アカデミーに入るのに登録料が100万欲しいんだ。用意できる?」
「ひゃ、100万…!?」
「大きい金額に思えるかもしれないけど、それだけサポートも充実してるから、入ったらすぐにでも元を取れるんだ。最初だけさ。」
「はぁ…今俺金ないッス…」
「そっか。じゃあ代わりに2人、アカデミーに招待できる子紹介してくれるなら、登録料をタダにしてあげるよ。」
「えっ、100万をタダですか!?」
「そう。それならどうだろう?」
「わ、わかりました。一度周りに声かけてみます。」
「よろしくね。あっ、その子に僕のアカウント教えていいから。いつでも連絡ちょうだい。君からの連絡なら、いつでもドバイから駆け付けるよ。」
はははっと笑ってPCを畳むと、浦原はコーヒー代と1000円を置いて行った。
(うわぁ、絶対無理だ…俺の周りにそんな奴いないよ…)
絶望的な俺は、まともな仕事を探すことも検討するために役所を訪れていた。
(はぁ、今の仕事を辞めてもこれ以上稼げるような仕事なんてないもんなぁ…
かといって浦原さんに紹介できる人も、美菜の時に金の無心をしていた俺のところをみんな去っていったし…)
ふとスマホにヒントを求めて電源を点けると、そこに転生物のマンガが更新したと情報が映し出される。
(こういう異世界っていいよな。仕事に困っても体力に自信さえあれば冒険者になって金も稼げるし。
なんなら地域の人の困ってることとかクエストボードに貼られてたりするんだっけ?)
いわゆる転生物の中にはファンタジーな世界が広がっており、冒険あり、魔法あり、魔物ありと相場が決まっていた。
お決まりのようにダンジョンが生えたり、そこから出てくる魔物に生活を脅かされる国や住人から依頼された冒険者は、命を懸けてその高額な報酬のために狩りに出る。
そんな世界に憧れ、マンガやアニメを観てきた俺は、ふと。
「あーあ、クエストボードとか生えねぇかなぁ…」
と、ぼやいてしまった。
『はははっ、面白そうな願いだね。それ、やってみよう。』
どこからか、楽しそうにおどけながら俺のぼやきに対する返事が返ってきた。
(!?)
返事を期待していなかった俺は声の主を探してきょろきょろと顔を動かす。
すると目の前。
いや、正確には役所の掲示板に「クエストボード」と書かれた物が現れた。
(は?…え?クエストボード…?なんで役所の掲示板にそんなこと…何にも貼られてないし、なんなんだこれ…?)
疑問に思った俺は役所内の職員を捕まえて訊く。
「あの…向こうの掲示板にクエストボードってのがあるんですけど…あれってなんですか?」
役所の中でも長年勤めていそうな貫禄のある50代の男性は首を傾げながら、
「クエストボード?なんだそれ…?」
何が起こったか確かめるべく、何が起こっているかも分かっていない俺と職員さんは一緒に掲示板へと行向かう。
『クエストボード:職員さんを連れてくる(CLEAR)』
「な、なんだこれ…!?」
「え、さっきまで何も貼られてなかったのに…なんだ!?」
『林さま、納品ボタンを押してください。住民コードに紐づいた口座に報酬金5円を支払います。』
「は???納品ボタン??ってこれか…?」
よく見るとクエストボードに張り出された紙には『納品する』のボタンのようなものがあった。
言われるがままにボタンを押した俺は、
『納品ありがとうございます。報酬金の5円が送金されました。次のクエストを受注してください。』
と脳内に響いてうわぁと声をあげてしまった。
「どうしたんだい…?何か紙が貼られているけど、この職員さんって私のことかな…?CLEARってなってるけど、君が連れてきたからクリアになったってこと?」
状況を整理するべく、混乱しながらも心配そうな顔をしている職員さんは写真写真、と仕事用のピッチを取り出して『クエストボード』を撮り始めた。
(なんだこれ…しかも5円?5円てなんだ?手数料のほうが圧倒的に高いじゃねぇか。誰が入金したんだよ。わけわかんねぇ…本当に入金されてんのか…?)
クエストボードに言われた報酬が気になって、スマホから銀行の電子アプリを起動する。
(本当に入金されてる…しかも、振込の名義人が水戸市…?
って、水戸市が入金したのか…!?今の今で!?何のために…?)
パニックになる俺を尻目に、さっそく上司へ報告を済ませたらしい職員さんが報せてくる。
「驚かずに聞いてくれ。このクエストボードは私たち職員も知らないものらしい。だが、もし君がこの紙に書かれている通りにクエストをクリアし、報酬を得ているのであればその画面を確認できないかな?
今から私の上司がここにやってくるから、一緒に状況を伝えてくれると助かる。」
とんでもないことに巻き込まれたと思いながら、俺はわくわくとどきどきでいっぱいだった。
昨日まで思い描いていた未来への希望が打ち砕かれたと思ったら、今度はこんな形で実現するとは…
ぼやいてみるもんだな。人生ってわからねぇぜ。




