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 外の街灯の灯りが僅かに入るのみの部屋で、きよみはじっと座っていた。手には先日、美緒みおに渡したクマのぬいぐるみが握られている。


 首元のリボンに忍ばせた筒には、相手のものらしき髪の毛が収められ、巻き付けられた紙にはしっかりと想い人の名前が記されていた。

 ぬいぐるみが抱える旗には、丸みを帯びたクセのある字で【恋】【叶】と書かれている。


 その文字を取り消すように、澄は指を滑らせた。

 赤い線が旗に滲む。


「これが間違いであってくれたら……」


 おまじないとは全く関係のないところで美緒が殺された可能性はあった。それを確認するために、美緒に渡したぬいぐるみを入手してきてもらったのだが。


 澄の血液を水盆に一滴。


 波紋の落ち着いた水盆に映ったのは、おまじないが引き合わせた相手が美緒にナイフを突き立てる瞬間だった。

 ぬいぐるみの目からは、赤い涙が滴っている。


「……オレの罪を見届けに行こう」


 ぬいぐるみの持つ旗には、澄の血によって【返】【傷】と上書きされていた。



***



 夜風が澄の首筋をさらりと撫でて、抜けていく。駅裏にそびえる進学塾の入ったビルからは、最後の授業が終わったらしき学生がパラパラと吐き出されていた。


 その中で、一人現れた少年をじっと見る。

 少年は周囲を見回し、駅とは反対方向に歩いていく。

 澄は少年の後をゆっくりと追った。


 五分程大通りを歩いたところで、少年がするりと脇道にそれた。同じ道を澄も曲がる。


「オレになんの用?」


 すると、曲がりばなに少年が立っていた。後をつけて歩く澄の存在に気づいたらしい。


「……扇田おおぎたともえか?」

「あんた誰?」

「どうしてあの子を殺した?」

「…………何言ってんの? あんた警察?」

「そんな上等なものじゃない」


 警戒心も顕に眉を顰めた少年は、しかし次の瞬間自身の胸を押さえがくりとくずおれた。激しくせきこみ吐血する。


「術者と被術者が遭遇したことでまじないは成った。彼女の傷はお前に返る」


 少年に触れるものはないのに、体のあちこちから鮮血が吹き出す。

 見えない凶器が美緒が受けた傷をそのまま巴に返していた。


「お前にもわかるだろう? 致命傷だ。彼女は死んだんだから」


 こんなことをしても美緒が生き返ることはない。

 こんなことをしても巴の償いにはならない。

 ただ澄の気が済むだけだ。


「な……だ、よ……おま……」


 倒れ伏した巴が、赤く染まった手をのばすけれど、何も掴めないままぱたりと地面に落ちる。それっきり、巴はピクリとも動かなくなった。


「ただの人殺しだよ。お前より余程タチの悪い、な」


 しばらくの間、澄はこと切れた巴を見下ろしていた。流れ出た血がじわじわと足元まで辿り着くまで死体をながめ、大きく嘆息する。


「……帰ろ」


 踵を返し路地を離れた澄は、大通りの流れに静かに紛れて行った。



***



 リビングはまるでファー生地の展示会のような有様だった。色の違い、長さの違い、手触りの違い、様々に取り揃えられていて、どんなぬいぐるみでも作れそうである。

 聡はファー生地を吟味する澄に向かって、呆れた声で問いかけた。


「なんでこうなんの?」

「じ、じーさまの、リクエストなんだよ、く、クマ以外にも無いのかって」

「まだ作んのか……。次の仕事持ってきたんだけど」

「う、うん、そっちもちゃんと、や、やるよ。こっちの咒は、よ、弱めにするから、大丈夫」

「……ならいいけど」


 殺された女子高生の手に渡ったぬいぐるみを手に入れろ、と言われた時は何事かと思ったけれど。


 その後に澄が何をしたのかも、結果誰がどうなったのかも、聡はあえて何も聞かなかった。

 まともな精神で、呪殺を生業になんて出来るわけが無いのだ。傷ついたところで、被り続けた返り血のせいで誰にも傷は見えない。本人ですら気付かない。


「区切りのいいとこで仕事の話するからなー」

「わ、わかった。も、もうちょっと」


 それでもこの呪殺師は、人の為になる仕事がしたいと言うのだろう。


 澄に言われるままに、聡は浅葱色の毛足の長いファー生地を手渡した。

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