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日和見主義だった俺が揉めすぎる演劇部で全国大会を目指したら青春すぎた  作者: 溝野 重賀
第6章 張り切る部活と春大会

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EX27 難しいから面白い 春大会6

 駐車場の隅に、彼女がいた。

 待ち人が遅かったからか、スマホをいじっていた。

 俺はゆっくりと近づく。

 手を伸ばせば届くであろう距離まで来て、ようやく彼女は顔を上げた。

 笑顔でこっちを向いた彼女は俺の顔を見ると、困惑した様子になった。


「どうしたんですか? 樫田先輩」


「すまんな、田島」


 まず、俺は謝った。

 聡(さと)い田島はそれだけで状況を理解したのだろう。

 ため息をついた後、悟った様な笑顔で聞いてきた。


「……何かあったんですね」


「ああ、杉野は別件だ。そして俺が代理だ」


「そうですか」


「非道(ひど)い話だよな」


「ですね」


 肩を落とした様子もムッとした様子もなく、田島はいつも通りだった。

 俺は杉野から託されたことを胸に、自分の役割を全うする。


「悪いが、おれで勘弁してくれないか?」


「嫌って言っても、変わらないんですもんね?」


「ああ、杉野はここには来ない」


 断言する。これは自分の退路を断つ言葉だ。俺自身が杉野を頼らないようにするための意思表示だ。

 少し考えこむ田島。この状況から自分の望んだ方向へと話を持って行くだろうと、俺は少し身構える。


「……分かりました。椎名先輩や夏村先輩じゃなくて、樫田先輩一人でここに来たってことは、少なくとも私の意志を杉野先輩は分かっているってことだと思いますし」


「ああ、あいつはきっと分かっている」


 だから、俺一人でここに来た。

 きっとこれは、今のあいつらには分からないことだろうから。

 納得したのか田島は、俺の次の言葉を待っていた。


「さてと、改めて聞こうか」


 どこか仰々しく、わざとらしく俺は言う。

 まるで何かのスイッチが入ったかのように、真剣な表情に変わる田島。

 ここからだ。

 裏方の俺には、役者のことも表舞台のことも分からない。きっと杉野とは違う答えに辿り着くだろうし、最善の結果になるとも思えない。


 それでも俺は友から託されてここにいるのだから。

 代理としてすべきことを全うしよう。

 真っ直ぐに田島を見る。その一挙手一投足を見逃さないように集中する。


「高校演劇、どうだった?」


 率直に、愚直な質問をする。

 少しだけ驚いたのか、田島は眉を一瞬歪ませる。


「正直、未熟ですね」


「そうか」


「でも、私にないものそこにはあった気がします」


 田島の答えには、どこか羨望が混じっていた。

 でも、それだけじゃない。

 複雑に交じり合った感情を汲み取って、俺はその根源を探す。


「ちなみに、陰松はこの地区じゃ強豪校だ」


「あれでですか!?」


「お前、すごいこと言うな……」


 素で驚いた田島に、俺は驚愕を隠せなかった。

 でも、それを言えるだけの自信と実力を田島は持っている。


「まぁ、主役の人は結構良かったですけど……」


「ああ桜井か」


「お知り合いですか?」


「まぁ、な。同じ中学だった……」


 うっかり口を滑らせてしまった。元カノというと面倒くさいことになりそうだったので、適当に誤魔化す。

 言葉を濁した俺の顔をじっと見る田島。しかしそれ以上は追及せずに話を戻す。


「……話を戻しましょうか。高校演劇について、ですよね」


「ああ、そうだ。陰松はまだマシな方だ。きっと他校の劇を観たらもっと酷いやつとかあるだろうな」


「具体的には?」


「棒立ち、棒読みなんて当たり前。声が聞こえないなんて良くあることで、とちった回数が多すぎて話が記憶に残らないこともある」


「……本当に酷い世界ですね」


 呆れたように呟く田島。

 そんなもんさ。高校演劇の世界ってやつは。

 やりたい放題で誰も彼もが傍若無人と言っていいだろう。


 それでも、俺たちはそんな世界にいる。そんな世界で抗っている。

 ああ、悪い杉野。やっぱり俺にお前の代理に無理そうだ。

 今向き合って、聞かないといけないことは分かっている。

 けど俺はどうしてもこれが聞きたい。


「勝てそうか?」


「もちろんですよ」


 強気に笑うその表情に俺もつられて笑う。

 田島はそんな俺を見て、一瞬驚いたがすぐに朗らかな笑顔になる。


「……でも、先輩たちの劇を観た時のような衝撃はなかったです」


「そうか」


「なんで、ですかねぇ。たった十分ちょっとの短いあの劇が、私には輝いて見えたんです。私だったらこうするのにああするのにって考えて、熱にうなされて、その場所に……ううん、私もそういう場所を作りたいと思ったんです」


「……」


「杉野先輩の言いたかったことは分かります。そして私の中で確かに変化したことがあります。だから、約束は守ります」


 田島の言葉には噓偽りはないだろう。

 だが。これでは終われない。杉野ならここで引かないだろうし、俺もこれで納得は出来ない。

 だってそうだろ? 田島とはまだ話すべきことがある。




「なぁ、田島。俺と一緒に全国を目指さないか?」




 予想外だったのだろう。田島は固まった。

 何かを読み取るように俺の表情を見てくる。

 そして、ゆっくりと口を開いた。


「それは、杉野先輩の代理としての言葉ですか?」


「違うのは、分かってんだろ」


「想定していなかったです。樫田先輩からそんな言葉が出るなんて」


「俺も言うつもりはなかったんだがな。つい」


「欲が出ましたか?」


「そんなんじゃないさ。ただ、お前となら目指せると思っただけだ」


「あーあ、残念です。樫田先輩が同学年だったら私嬉しかっただろうなぁ」


 そう言って、本当にがっかりした様子の田島。

 どうやら、フラれてしまったようだ。


「俺も残念だ」


「本当ですかぁ? そうは見えませんけどぉ?」


「本当さ。けど同時に嬉しくもあるからな」


「どういう意味ですか?」


「後輩の成長を喜ばない先輩はいないって話さ」


「?」


 よく分からないという表情をしていた。今の田島はそれでいい。

 俺は田島の成長を感じた。それは目に見えない人間としての成長というやつだろう。

 だから先輩としての言葉を送る。


「田島。杉野ならきっとこのタイミングでお前を味方に出来るような発言を平然としただろうが、俺にはそれが出来ない……だから、せめて俺の言葉で問わせてもらう」


「はい」


 互いに真っ直ぐに見合う。

 心の内を探り合いながら、俺は言う。



「高校生は難(・)し(・)い(・)だろ?」



「…………そう、ですね。難しいです。思った通りにならないことは多いし、誰も彼もが面倒な想いを抱えて生きているんだなって実感もしました。でも樫田先輩」


 田島は一度言葉を区切った。彼女の瞳の奥を覗くと、その言葉が本心なんだと分かる。

 そして、愛想のある笑顔で俺に笑いかけてきた。



「だからこそ、面白いです」



 裏表のないその言葉に俺は満足した。

 きっと田島の意志はまだ変わっていないのだろう。

 来年全国に行くために今年を準備期間にすることは、揺るがない。

 それはいずれ大きな障害になるかもしれない。

 けど今は楽しそうな後輩を尊重しようと、そう思ったんだ。


 すまんな、杉野。みんな。

 最低限は果たしたから、これでいいだろ?

 心の内で謝罪をしながら俺は現実へと目を向ける。


「それは何よりだ。じゃあ本気、見せてもらおうか」


「ふふ、観ててくださいね」


「当たり前だ。俺にはその責任があるからな」


「そんな堅苦しい話じゃないですよぉ」


 俺たちは歩きだす。

 横に並ぶ田島の表情は楽しそうで、これから先のことを心待ちにしている様子だった。


 こっちは大丈夫だ。だから、そっちは頼んだぞ。

 俺はそう口の中で密かに呟いた。




 ――開演まで、残り一時間半。


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