バイクごと異世界転移
へっ?と言うのが彼女の第一声である。
職場からの退社の際、いざ帰ろうとヘルメットを被って、気前の良い先輩から譲って貰った中古バイクに跨った瞬間、気付けば礼拝堂みたいな所にいた。
足元には魔法陣、周囲には今日流行りの漫画でお馴染み、魔法使いとご貴族様の群衆にこれぞ正しくな女王様が玉座に鎮座。
対するこちらはヘルメットの下に手拭い、足は草臥れたスニーカー、長袖の作業着は草だらけ泥だらけ。あちらからすれば、奇天烈な格好でさぞ驚いただろう。
―――これって異世界転移って奴?
そう思い至った瞬間だった。
「せ、聖女様が降臨なさった!」
長い髭にどデカい杖を持ったThe魔法使いな黒いローブの爺さんが叫び、群衆もワッと沸き立つ。
取り敢えず、バイクから降りて臨戦体制で被っていたヘルメットを武器代わりに手に取る。
これから一旦アパートに帰り、ざっと風呂に入ってから行きつけの居酒屋で今週もお疲れ様でしたの至福の一杯を楽しもうとした矢先である。
彼女の名前は藤崎 珠希。女盛りの二十八歳。
母が近所の花屋でパートをしていたことから植物に興味を持ち、家から近かった農業高校に進学。丁度、OBの会社から募集が掛かっていたことからそこに就職して早十年。親父―――というより最早お爺ちゃんばかりの職場故、恋愛なんぞ空っきし。けれども土に塗れた農高生根性が役に立ち、真面目さと仕事の丁寧さが買われた。社会人として幾つかの修羅場を超え、職人として腕を磨いていた彼女だったが、運悪く異世界の神に目を付けられた次第である。
「あの、ここ何処?」
取り敢えず、珠希は現状把握に質問。
すると、これまたThe王子様と言った感じの青年が歩み寄ってきた。
「お初にお目に掛かります。私はここヴォタニカリア王国の第二王子、ローレンと申します」
年代としては二十歳前半。
某雪の女王みたいなプラチナブロンドの髪にサファイアの瞳で、絵に描いたような美青年だ。
「あー、ご丁寧にありがとうございます。藤崎 珠希と申します。えっと…、取り敢えず、召喚されちゃった感じですかね?」
正真正銘の王子様に対してにしては、かなりフランクな口の利き方であるが、内心は相当混乱しているのでご容赦願いたい。
「はい。聖女様に置かれましては相当、混乱されておられることでしょう。しかし、我が国は今、未曾有の危機に瀕しております。どうかご堪忍頂きたい」
真剣な眼差しでローレン王子は頭を下げる。
―――嗚呼、これはヤバいヤツ。
きっと冒険に駆り出されて魔王を倒すとかそういう展開だ。
頼む。せめて、王道の冒険ものRPGゲームストーリーであってくれ。乙女ゲームはミリしか知らん。高校時代に携帯ゲームで試しにいくつかやってみたが、正解の選択肢があり得な過ぎて序盤の体験版が終わり次第、消しまくった記憶しかない。
「あの、いくつか質問して良いですか?」
ピッと手を上げ、状況を知りたいと所望。
公衆の面前であるが、兎に角、頭を整理したい。
トラブル発生時はならべく早く報連相―――。現場の状況把握から各所への連絡、それから上司や客または役所への相談と謝罪は絶対。
社会人生活を通して身に付けた一番効果的な修羅場回避術だ。
仕事をしてれば失敗の一つや二つは誰しもあるし、大事なのはその後のリカバリーだ。
黙って隠すのは悪手。ドジッた時は全身全霊で、出来るだけ早く動く。早ければ早いほど大して怒られないで済む。軌道修正も早いし、取り返しも付く。
「えっと、まず…私、帰れますか?」
第一の疑問としてはそれだ。
明日からゴールデンウィークだが、連休明けにはガッツリ仕事が詰まっていた。
季節的に毎年、常緑樹の剪定や刈り込みの依頼が立て込んで来るし、各所の草刈りもそろそろ忙しくなる。
今年は役所からの大口入札がいくつもあって大変美味しい反面、積算が間に合わないと事務の小母ちゃんと上司が嘆いていたのも記憶している。
「「「………」」」
こちらの問いに対して、誰もが途端に沈黙。しかも全員、困った顔。
つまりは帰れない。
「…大変申し上げにくいのですが、召喚の儀は時空を歪める魔術を基礎にしており、元の世界にお返しする事は困難です。恐らく元の世界では聖女様の存在は消滅しているものと…」
「つまりは誰も私を覚えていないし、知らないって事ですね?」
結論を問うとローレンはバツが悪そうに頷いた。
いや、寧ろそれなら安心だ。
これからの繁忙期に無断欠勤という大迷惑を掛けずに済むし、尚且つそろそろ結婚話を持ち掛けたそうにしていた両親にも心労を掛けずに済む。
――正直、忘れ去られるのは寂しいが自身に関わってきた人間に、神隠しで過度の心配や辛い思いをさせずに済むなら、その方が良い。
「分かりました。じゃあ次に、衣食住は保証されていますか?」
「それは当然です!必要なものは何なりと…!」
帰路が無いことに責任を感じてか、王子は勿論だと力んで返答。
寝るにも食うにも困らないなら、一安心だ。
「では本題として、私は何をすれば?」
単刀直入に訊ねた。
王子は少し言い淀んだ。
「…聖女様には、聖樹を癒していただきたいのです。正直な所、見ていただくのが早いかと…」
その返答に珠希はピクリと耳を立てた。
「聖樹…と言うことは樹?」
「はい。黄金の葉を持つ聖なる樹でございます。我が国の命とも言えるものでして…」
何と。それは興味深い。
実にファンタジーっぽい。
「現場を…、その樹、見せていただけます?」
途端に目をキラリと光らせ、珠希は職人魂全開でバイクの荷台に縛っていた道具入れを担ぐ。
不幸中の幸い、明日からの休みに道具一式を手入れしようと持って帰るところだった。
どれも愛用品で、特に今持つ剪定鋏はそれなりの値段を出して買ったお気に入り。
かれこれ勤続十年、共に戦ってきた道具達があるのは心強い。
「はい、勿論です!」
俄然やる気の珠希にローレン王子はパッと表情を明るくし、近場だからとその足で問題の聖樹の所に向かうこととなった。




