八章 すれちがい
姫がグライス村にやってくることを知ったカーユは、姉のコーメにお願いをしました。
「お姉ちゃん、お願いがあるの」
「どうしたの?」
「私、兄様と結婚したい」
「タカル?」
「そう。なのに、姫様が来てしまう・・・きっと、兄様は姫と結婚するんだ」
「あら、そういう意味でタカルのことが好きなの?」
「だから、結婚したい、って言ってるじゃない」
「残念だけど私には、姫が村に来ることを止める力なんてないわ」
「そうじゃないの」
「なぁに?」
「お願いがあるの」
お昼寝をしているコージが、寝ぼけ眼で話をぼんやり聞いています。
ふたりはそれに気づいていません。
「なにかしら?」
「一生のお願いがあるの。後生でもいいから」
「なんなの?」
「お願い、私を可愛く思うなら、協力して?」
「何に?」
「お願いよ、姫が来たら、具合の悪くなったふりをして?」
「ん~・・・」
「お願い、私を可愛く思うなら、協力してっ」
話を半端に聞いてたコージが、一生懸命に見えたカーユの応援をすることにしました。
「おはよう」
「あら、おはよう。話、聞こえてた?」
「カーユは、一生懸命だ」
「お姉ちゃん、お願いっ。協力してっ」
「よくは分からないけど、僕からもお願いするよ。お姉ちゃん、協力してあげて?」
「・・・分かったわよ。後生なのね?」
コージは不思議に思って、首をかしげました。
「後生、ってなんだろう・・・?」
いよいよ姫がグライス村にやって来る日が来ました。
タカルは、そわそわとしています。
タカルに両親はすでになく、年の離れたイトコ兄家族と一緒に住んでいます。
タカルのイトコ、キホウが言います。
「落ち着いてくれよ、タカル」
「分かってるよ、兄さん。でも今日は姫さまが来るんだぜ」
「知ってる~」
「そりゃ知ってるだろうにさ。僕が何度も言ったもの」
「少しは、そわそわしてないで、睡眠をとりなさい」
「無理だ~」
「ココアでも飲むか?」
昼ごはんを食べて、昼過ぎ、もうすぐおしのびで姫が村に訪問します。
そしてそんな時、事情をしならいまだ幼いコージが、タカルの家にやって来ます。
「兄様っ、助けてっ」
ほうけていたタカルがいっきに振り向くと、しっかりと返事をしました。
「どうしたっ?」
「コーメが、具合悪いって。赤ちゃんに何かあったら、どうしよう、って」
「医者をっ」
「兄様がつきそってくれたら、きっと、よくなるって、お医者さんが言ってたって」
「・・・どういう意味?」
「分からないよ、僕はまだ六歳だよ。カーユが、お医者さんに聞いたって」
「なるほど、すぐに向かおう」
コージをつれて、タカルはコーメとカーユの待つ家に急ぎ向かいました。
村には広場があって、そこに姫がやって来て、挨拶をする、という予定です。
皆が、姫と挨拶をするなら村長とタカルだろう、っと思っています。
よい緊張が村に張っていて、ほのぼのとした陽光が降り注ぐいい天気です。
シュガーホールこと、もうひとりのタカル。
彼は老人たちの話相手をしながら、小さな子供たちの世話をしています。
姫が村に来ることが知らされてから、奇特な方のタカルは舞い上がっています。
だっこしている赤ちゃんを落としそうになってから、彼が世話を代わっています。
十二歳になったシュガーホールは、老人たちに言いました。
「きっと、兄様と姫は結婚するんだ」
村長からお呼びがかかり、正装した村の若衆が広場に集まります。
街の一等ホテルから、姫は側近をつれてカゴに乗りやってきました。
タカルはどこに行った、と村長が聞いても、誰も知りません。
ぜひタカルにもこの場に居合わせてもらいたい、と村長。
奇特な方のですよね、と、若衆のひとりが聞きました。
いかにも、と村長は言います。
カゴから出てきた姫キリシアは、その美しい姿に素晴らしい服を着ていました。
とても病床に伏していたひとだとは思えません。
村長と側近が挨拶をすると、可憐な声で姫が「ルイカを見たいわ」と言いました。
小さな声で、村長が若衆に、タカルを連れて来なさい、と言います。
村長は涙橋に姫を案内すべく、そして若衆はタカルを探しに広場を離れました。
「もう、大丈夫かな?」
コーメを心配して椅子に座っているタカルが、少し困った様子です。
「うっ、お腹痛いっ・・・」
ベッドに横になっているコーメが、妹たちのために演技をします。
「兄様、どうか、側にいてあげて?」
「分かったよ・・・もうしばらく、なら・・・」
「今、ごはん作るから」
ご機嫌なカーユは、タカルを姫に会わせる気がありません。
お医者さんがタカルがつきそっていれば大丈夫、と言ったのはカーユの嘘です。
その嘘にだまされた弟のコージは、まだそのことを知りません。
それから実は、コーメは少し頭が弱いひとです。
カーユはそれを知っていて、無邪気な罪を犯してしまいました。
よこしま、と言うには、あまりにもカーユの片思いは純粋でした。
ただ、カーユがしでかしたことは、無罪ではありません。
「姫に会いたい・・・」
タカルのぼやきを聞いて、コージが言います。
「今日、広場に来るんだよね?僕が様子を見て来るよ」
コーメが、怖い顔をしてかぶりを振るカーユに呆れた溜息を吐きます。
「今日、一日中、もしかしたら、具合が悪いかもしれないわ」
「なんだって?それじゃあ姫に会えないじゃないかっ」
「お手紙を書けば、届くんじゃないの?」
「手紙・・・?書き出してみよう。紙とペンはあるかい?」
タカルは文字の読み書きをおぼえたので、姫に宛てた手紙を自分で書きました。
「終わった?」
「ああ、うん」
かすめとるようにメモを持って、コージが家を出ていきます。
姫とタカルは、出会えるのでしょうか?
もちろん、奇特な方のタカルのことですが。