九章 もうひとりのタカル
涙橋のルイカを見た姫は、タカルという者はこの村にいますかと、聞きます。
村長が、きっと広場におりますので、と返事をします。
側近が村長にひそひそと言います。
「献血をした、奇特な血、タカル・ファ・グライス、のことですよね?」
村長は何度もうなずきます。
「我々城の者たちは、奇特なタカルが姫の運命の相手だと思っています」
話を聞いていない姫が、ルイカの花をもっと近くで見たいわ、と言います。
「姫、そろそろ村を見回ってみませんか?」
「どういうこと?」
「タカルが、村中を花でいっぱいにしたそうですよ」
「ぜひ、見ておきたいわ」
「では、少し経路を変えて、広場に戻りましょう」
若衆がタカルの住んでいる家を訪ねると、そこにはキホウがいます。
どこにタカルがいるのか心当たりはないのか聞かれても、答えません。
なにか間違った発言をしたら、とんでもないことになるんじゃないかと思ったからです。
そこに、シュガーホールがやって来ます。
「兄様は、姫に会えたの?」
「なんだ、こちらのタカルのことだったのか」
若衆はシュガーホールをつれて、広場に向かいます。
広場にやって来たコージが、広場に戻ってきた姫に遭遇します。
「お姫さま、タカル・ファ・グライスからのお手紙を届けにきましたっ」
コージのその言葉に、側近が手紙を受け取り姫が読みます。
【抱えきれないこの想いが花束に変わったら、
花が好きだと言うあなたが喜んでくれたらいいのに】
村長が、村の全部の家に、タカルは姫のために花の鉢を用意したんです、と言います。
姫はそれを聞いて感動して、涙を流しました。
「タカルに会いたい・・・」
するとそこに、十二歳のタカルが若衆につれられてやって来ます。
「姫さま、タカル・ファ・グライスを連れて来ましたっ」
若衆の言葉に、姫は驚きます。
「今、なんて言ったの?」
側近が言います。
「ここらのなまりで、グライス村のタカルという意味なんだそうです」
「タカル・ファ・グライス?」
「はい」
「まさか・・・私に奇特な血をわけてくれてたひとっ?」
「はい、それがタカル・ファ・グライスです」
姫は広場一面を飾る花の鉢を見渡して、タカル・ファ・グライスに恋をしました。
そしてそれに気づいた村の者たちですが、奇特なタカルがいない理由が分かりません。
「タカル・ファ・グライス・・・こんなに素晴らしいことをありがとうっ」
姫がシュガーホールのタカルに駆け寄ります。
抱きしめられて、姫から左ほほにキスをされたシュガーホールは呆然としています。
姫が涙を流しながら、殿方へのはじめのキスをお礼に贈ったわ、と言います。
その場にいあわせた全員が、とんでもないことになったと気づきます。
「何歳なの?」
「十二歳です・・・」
「そう・・・献血もありがとうっ。あなたと結婚したいわっ」
今までとは違う緊張が密かに張り詰め、村長すら言葉が出てきません。
シュガーホールのタカルは、持っていた護身用のナイフで、自分を刺しました。
はっと、息をのむ面々。
泣きながらシュガーホールのタカルが言いました。
「僕はたしかに、タカル・ファ・グライスです」
そのあと医者が処置をしましたが、もうひとりのタカルは死んでしまいました。
それを知った姫は気絶をして、側近たちが姫を街のホテルに運びました。
夜、姫が目を覚ますと、首をかしげました。
「タカル・ファ・グライスは、どこ?」
側近が答えます。
「死んでしまいました」
村の大人全員に、すぐにシュガーホールのタカルの死が知らされました。
そしてコーメの家に、奇特なタカルがいるじゃありませんか。
一体どうしていたんだと言われて、タカルが事情を話します。
すると医者が、そんな診断していない、と証言しました。
そしてコーメが、本当のことを言うわ、とカーユの作戦を言いました。
村長が、「きっともう、姫はこの村に来ない」と言います。
タカルは沈んだ顔で、言います。
「もうひとりのタカル・ファ・グライスのために、お葬式をしよう」
彼の家に、そんなお金はないと思う、と村長が言いました。
すると、「僕が出してあげよう、ぜひに」とタカルが言いました。
しばらくの間を置き、何も言うまい、村長はそう答えました。
お葬式が終わり、シュガーホールのタカルの両親が言います。
葬式を出してくれてありがとう、それから、彼の残したノートを君に渡したい、と。
受け取ったノートには、シュガーホールとして奇特なタカル話が書いてあります。
奇特な方のタカルがした作り話を、彼はメモしていたのです。
自分が文字を教えたこともあったのだった、と、タカルは泣きました。
「あんなに真面目でいいこ、なんでこんなふうに死ななきゃいけなかったんだ」
「きっと、あのこのさがなんです。けして誰もうらみません」
シュガーホールのタカルの両親は、静かにそう言いました。
数日がたっても、タカルは誰の話も聞けないくらい落ち込んでいました。
そしてカーユが遊び場へやって来て、タカルに言いました。
「私は、姫より若い。そしてきっと、美しいと思うの」
反省していないんだね、とタカルはぼやきました。
そして老人たちが、カーユはまだ自分の罪にきっと気づいていないんだ、と言います。
タカルは老人たちの目を見て、彼らが自分のために優しい嘘をついたのに気づきます。
「僕は、この村を出ていく」
そんなのばつが悪いじゃないのさ、とコーメがのちに言いました。
村のひとたちがどんなにとめても、タカルは荷物をまとめました。
出ていくべきはカーユだろうに、とキホウが言っても、タカルはかぶりを振ります。
「もう、ここは思い出に変わったほうがいいと思う」
「分かったよ。止めはしないよ。これからも色々あるんだろうさ」
こうしてタカルは、グライス村を出て、旅人になることにしました。




