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第十三話 アルマナの心

今回はユーゴが抜けた後のアルマナ達の場面になります。散々罵詈雑言を浴びせてユーゴと分かれてしまったアルマナですが、その後の彼女の心やいかに。

 ユーゴがミラ達の教導に熱を上げていた頃、彼の離脱した【竜のお伽噺】はダオンが告げたようにエルスタから遠征し、高難度の依頼をいくつも受けていた。

 広大な湿原地帯に姿を見せたAランクの魔物である多頭蛇(ヒュドラ)の討伐依頼もその内の一つだ。


 多頭蛇は人間どころか牛馬を丸のみに出来る巨大な蛇の首を複数生やし、たちどころに傷の癒える高い再生能力、魔物の中でもひときわ強力な毒を持つ。

 首の数は五つから九つとされ、首の数が多いほど強力で、九つ首の多頭蛇ともなればEXランクに分類され、討伐には複数のAランクパーティーか同格のEXランクの冒険者が必要となる。


「はああ!」


 【竜のお伽噺】が戦いっているのは七つ首の多頭蛇で、放っておけば村や町の一つ二つ、簡単に壊滅させる化け物だ。

 牙から猛毒の液体を滴らせてこちらを威嚇する多頭蛇の首の一つに、アルマナは愛用の長剣を思い切り振りかぶり、それを淀みなく振り下ろす。

 悠久の時の間、太陽の光を浴び続けた水晶を鍛え上げた聖剣極陽剣(ソルキャリバー)が、赤い多頭蛇の鱗に食い込み、そのままするりと斬り込んだ。


 竜の鱗にも匹敵する多頭蛇の鱗と丸太のような首に、ベリーゼから施された『大いなる祝福(アークブレス)』により強化されたアルマナの斬撃は易々と食い込んで、骨ごとまとめて斬り飛ばした。

 水晶の刃の内包する膨大な太陽光の熱は、斬撃と共に多頭蛇の首を断面から焼き焦がして、刹那の間に炭化する。


「一つ!」


 赤黒く濁った湿原に着地しながら、アルマナは刃のように鋭い瞳で残りの首を睨みつけ、断たれた首がのた打ち回っているのを見て舌打ちをした。再生能力ばかりでなく生命力も強いのが多頭蛇の厄介なところだ。


「面倒な奴!」


「おおらあ!」 


 アルマナが苛立ちのままに暴れる多頭蛇の首を斬り刻もうとした時、ダオンが大上段から振り上げた大剣を叩きつけた! 長身のダオンの背丈を超える長さと分厚い刃を兼ね備えた大剣は、多頭蛇の首を輪切りにしてのける。

 アルマナの極陽剣とは異なり、重量と刃の鋭さ、そして使い手の技量でぶった切る代物だ。

 跳躍してからの一撃を叩き込んだダオンは、しっかりと水面を踏みしめて着地し、アルマナを一瞥する。


「どうした、いつもより動きが粗いぞ?」


「っ! 冗談でしょ、寝ぼけるのは止めてよね!」


 アルマナは自覚していたが、それを指摘されてしまったことへの苛立ちと羞恥に険しい表情を浮かべるや、湿原の水面を蹴って残りの首に斬りかかっていった。

 湿原の水には多頭蛇の毒が垂れ流されており、触れれば猛毒に蝕まれる。それを避ける為にアルマナをはじめ、全員が『水面歩行(ウォーターウォーク)』を使用し、地面の上で戦うのと変わらない戦い方が出来ていた。


(ああ、もう!)


 アルマナは残り五つの首に次々と斬りかかり、吹き出される毒の息吹を避け、噛みついてくる牙を極陽剣で弾き返し、一瞬も休まずに戦い続ける。それでも心は戦いに集中しきれずにいた。


(ベリーゼに『大いなる祝福』を使ってもらった! あたしもいつも通りの強化魔法を使った! 【技能】だって問題なく使えている! 装備だってそう!)


 手に馴染んだ極陽剣、聴覚や視覚、嗅覚、精神に関する干渉を防ぐ額冠(サークレット)、受けた魔法の一部を生命力に転換して吸収する軽装鎧、念じることで光の盾を作り出す籠手、多種多様な効果を持った複数の指輪、転倒を防ぐ魔法のグリーヴ、どれもAランク冒険者でも一握りしか所有していないような代物ばかり。

 加えて事前に今回の多頭蛇が火や雷を吐く種ではなく、毒に特化した個体であるのは把握していたから、両手の指輪は対毒を重視した構成にしてある。抜かりはないと言っていい。


「なのに!」


 曲がりなりにも【勇者】として、Aランク冒険者として数々の死闘を勝ち抜いてきたアルマナだからこそ、ささいな違いが気に障って仕方ない。

 ベリーゼの強化が途切れるわずかな隙間を補って施される強化や、敵に絶妙なタイミングで付与される弱体化がない。


 一撃の破壊力ならアルマナに勝るダオンは、“いつも”とは違ってベリーゼとエリアルを守るべく動いていて、“いつも”の苛烈な攻めを控えている。

 エリアルとベリーゼも残る多頭蛇の首と自分達の位置関係を注意しながら、攻撃魔法と回復に補助とそれぞれの役割をこなしている。しかし、それが“いつも”なら来るタイミングから遅れ、微妙な差異となってアルマナの神経を苛立たせ、集中を妨げている。


(ダオンもベリーゼもエリアルも! “いつも”どおりに戦えてない! 多頭蛇の敵意(ヘイト)が他に向けられていないし、多頭蛇の行動を阻害する手が足りていない! “いつも”なら、“いつも”なら……)


――ユーゴがいた!


 苛立つアルマナと違ってダオンやベリーゼ、エリアルらが“いつも”と変わらぬ冷静さで戦えているのは、“いつも”とは違う事を予め覚悟していたからだ。ユーゴ抜きで戦う事をきちんと理解していたからだ。

 けれどもアルマナは違う。言葉では分かっている、あの足手まといが居ない方が上手く行くと口では言っておきながら、いざ戦いが始まれば“いつも通り”にこれまでと同じように、ユーゴが居る前提で戦ってしまっている。

 だから来るはずの強化がない事に、絶好のタイミングで付与される弱体化がない事に、絶妙な敵意稼ぎがない事に、アルマナを後押ししてくれる存在が居ない事に、こんなにも焦り、苛立ち、胸が苦しくて苦しくてどうすればいいのか分からなくなる。


 集中を欠くアルマナにふっと影が差した。疾風と化して湿原を走るアルマナの頭上に、こちらを向く多頭蛇の首が一つ。多頭蛇の大顎が開き、そこから毒々しい紫色の吐息(ブレス)が放たれる。

 対策を怠れば一息で軍勢すら毒殺する吐息に、アルマナは苛立ちと怒りを力に変えて、渾身の力で極陽剣を振り上げた。水晶の刃の中で煌めく太陽の光がアルマナの感情に呼応して、爆発的にその輝きを増す!


天陽破光斬(ライジングサン)!」


 極陽剣の切っ先が頭上より迫りくる毒の吐息へと振り上げられた直後、そこに太陽が生じたかのような光が発生し、その勢いのままに吐息を斬り散らしながら、頭上の多頭蛇の首を飲み込んでそのまま見る間に炭化させて、焦げた多頭蛇の首はボロボロの肉片となって崩れ落ちる。


「これで二つ目!」


 続けて首を奪われた多頭蛇の怒りはアルマナへと向けられ、残る五つの首の視線が赤毛の少女へと殺到し、猛烈な殺意が叩きつけられる。

 狙い通り多頭蛇の敵意が自分に集まったのを確認したアルマナは、更に注意を引き付けるように多頭蛇の首の付け根のある胴体へ向けて、駆け出す。


「いつも通りじゃなくったって、あんたぐらい倒せるのよ!」


 まるで誰かに言い訳するように、自分に言い聞かせるように叫ぶアルマナの背後で、エリアルが多頭蛇の隙を突い極めて高度な魔法の詠唱を終えようとしていた。


「冷たく 白く 深く 時までも凍れ『凍れる時の棺(タイムコフィン)』!」


 凍結の概念を棺という形で具現化し、棺内部の時間を凍結させる大魔法が多頭蛇の残りの首の内、三つを内部に捉えて時間凍結による拘束を行う。多頭蛇が明らかに動揺する中で、ベリーゼがアルマナへ更なる奇跡を信仰する戦女神へと祈る。


「勇壮なる戦女神よ、かの者に無双の力を、英傑の勇気を与えたまえ。『武勇滾々(ブレイジングフォース)』!」


 アルマナの全細胞に目には見えない力が溢れ出し、元から一騎当千の強者だった姫勇者を更なる高みへと昇らせる。

 多頭蛇の首の一つが弧を描いてアルマナに食らいつかんと迫っていたが、飛び出したダオンが大上段からの一撃を叩き込み、多頭蛇の頭部を粉砕して防いだ。


「『重爆粉砕(ヘビークラッシュ)』!」


 粉砕された多頭蛇の鱗と肉と骨、そして毒の血が舞う中、ダオンは光の矢と化して多頭蛇に斬りかかるアルマナの姿を見た。

 戦女神の神威を身に宿したアルマナは、刹那よりも早く多頭蛇の胴体へと辿り着き、心をじりじりと焼く苛立ちと焦りを込めて極陽剣を振るう。


「あんたが居なくたって!」


 振り上げられる水晶の刃から、全く同時に七つの斬撃が放たれて、分厚い鱗と肉に守られた多頭蛇の胴を深々と斬り裂く。七連続ではなく同時に七つの斬撃を放つ戦士系の上級【技能】『七刃疾走(セブンエッジドライブ)』だ。

 アルマナは堪らず苦しみの悲鳴を上げる多頭蛇を怒りで燃える瞳で見上げ、この場に居ないユーゴを思い出しながら【勇者】専用の絶技を放つ。


「『七星天墜セブンスターズフォール』!!」


 多頭蛇の頭上天高くに光り輝く七つの星が発生し、天から落ちる流星の如く多頭蛇を目掛けて流れ落ち、残る多頭蛇の首と胴体を貫いてそのまま内部で高熱と烈光を発し、全長百メドー(=百メートル)に達する巨体を焼き焦がしながら吹き飛ばした。

 無数の多頭蛇の残骸と湿原の毒混じりの水が雨となって降り注ぐ中、アルマナは極陽剣を力なくぶら下げながら、顔を俯かせていた。


「なによ、あんたが居なくたって、これくらい出来るのよ。…………なによ、なによ、ずっと一緒に冒険するんだって、傍にいるって言ったくせに」


 分かっている。ユーゴを束縛し、理不尽に攻め立てて、自由を尊ぶ冒険者でありながら所有物のように扱ったのは他ならぬ自分だ。ユーゴの優しさにつけ込んで、彼の可能性の芽を摘み、貴重な時間を奪い取ったのは自分だ。

 だからユーゴが自分の傍を離れて、自分の傍に居なくなってしまったのは、当然の結末なのだと分かっている。分かっているが、それでもアルマナが思い出すのは故郷で交わした約束ばかり。


――いつか二人で物語の冒険者みたいになろう!


――大丈夫、アルマナと俺なら出来る。だからずっと一緒に頑張ろうな。


――辛い時や苦しい時は俺が半分肩代わりしてやるさ。


 まだユーゴが役立たずの【神器】を与えられる前、アルマナが冒険神の神殿で【勇者】の才を与えられる前、生まれ育った小さな村で無邪気に自分達の未来を信じられていた頃、村の幼馴染やユーゴの義妹達と一緒に、未来を夢見ていた頃の記憶が蘇って止まらない。


「……嘘つき」


 自分に非があるのだと分かっていても、アルマナの口から出たのはそんな言葉だった。

お読みいただきありがとうございました。

ざまあという感じではありませんが、アルマナの心は焦燥やら後悔やら怒りやらでごちゃ混ぜのマーブル模様です。こじらせてますね! もっと曇るでしょうねえ。


書き貯めに入ります。更新再開までお待ちください。

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