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第13話「水着姿に殺される」(2/9)

「悪い鳴神、待たせちまった!」


 同志キッペーと別れた俺は堤防そばの階段を駆け下り、次なるナンパ野郎が接近する前に急いで鳴神の元へと駆け付ける。


「いいよいいよ~! って、キッペー君は?」

「泳がずにあそこから見てるってさ。……あいつにもあいつの戦いがあるんだ」

「???」


 笑顔で首を傾げる鳴神に対し愛想笑いを返す俺だったが――視線がどうしても下方向へと、まるで理性に反する意思を持ったかのように降りていってしまう。



 言うまでもなく俺の目玉が無意識に求めるのは薄布1枚のみが貼り付いた状態で惜しげもなくさらけ出された双丘であり、薄布の水色とコントラストになった肌色であり、そしてその中央に形成された深く吸い込まれそうな谷間だ。


 基本的に自分の凶器を「重いし蒸れる」としか考えていないこいつは教室でもその谷間を無意識にさらけ出し、そのたびに俺や他の男子生徒の就学活動に大変よろしくない状態を生み出していたが……。

 やはり制服やワイシャツが完全に取り払われた裸一歩手前の状態で形成される谷間は、あの時の谷間とは一線を画する破壊力を秘めていると言わざるを得ない。


 そもそも水着姿とは言うが、特にビキニ水着のそれは「プライベートゾーンを薄布1枚で覆っただけの状態」と考えれば下着姿と同じようなものじゃないか。

 鳴神に限らず世の中の女性は、公共の場でこんな格好でいて恥ずかしくないのか???



「――と言うか鳴神、さっき知らない男に話しかけられてたけど大丈夫だったのか?」

「ん、大丈夫だよ? 何か一緒に遊ぼうーと言われたから、じゃああそこまで泳いで競走しよう!って言ったら断られちゃった」


 俺の下賤な視線を気にする事なく、鳴神は飄々と答えながらもう一度海の方向、遥か遠方を指さす。

 そこにはそれ以降遊泳禁止を示す浮標である旗付きのブイが浮かんでいるのが小さく見えた。


「あの人達は海の家でカクテルとか飲みたかったみたいなんだけど……わたしまだお酒飲めないし、せっかく海に来たんだから泳ぎたいしね!」

「ん、まぁ……そうだな」


 その官能的な第一印象を勿体なく感じるほどの彼女の純真さ(子供っぽさ)に、きっとナンパ野郎たちも毒気を抜かれてしまったのだろう。

 それが鳴神の良いところであり悪いところでもあるが……少なくとも、俺は嫌いではない。



「――じゃあ、拓真くん。泳ごっか?」



 横に伸ばした左腕を右腕で抱えるように準備運動をしながら、鳴神が不敵に笑う。


 言うまでもなく彼女がしたいのは波打ち際で戯れるような遊泳ではない。先程彼女がナンパ野郎たちに提案して断られた(呆れられた)、あの旗付きのブイをゴールとした競泳だ。


「……あぁ、いいぜ」


 釣られるように、不敵に笑い返す。

 俺も消防士であり救急救命士でもあった親父(剣菱譲)に憧れ、レスキュー技能のひとつである泳ぎも自分なりに鍛えてきた。

 お袋が山派だったので専ら河川でしか泳いでいなかったが、この技能はきっと海でも通用するはずだ。



「拓真くんと、と言うか同級生の男子と競走するの初めてだから楽しみだな~! 里では大人の男の人としか泳いだことなかったし!」


 無邪気に笑いながら鳴神が準備運動をするたびに、その無駄のない曲線美が様々な方向に捻られ、反られ、より強調されていく。

 そんな彼女の準備運動(サービスショー)が気になるあまり、俺は首だけが彼女の方向に固定されたままの奇妙な柔軟体操をさせられるハメとなってしまう。……勢いあまって柔軟どころか身体の一部が硬直する事のないよう、細心の注意を払わねばなるまい。



「あはは! 拓真くん、何その柔軟!変なの」

「う、うるせぇよ。お前こそもっとしっかり準備運動しとけよ、バス酔いから醒めたばかりで体調も良くないだろ?」

「ん、そっちは大丈夫だよ? わたし、乗り物が苦手だけど車酔いしやすいってわけじゃないから」


 あっけらかんと答えたあと。


「――むしろテンションも上がってるし、わたし絶好調だよ? 何なら、拓真くんが勝ったら何でもしてあげてもいいくらい」


 そう言って再び不敵に笑う彼女に対して。


「……その言葉、二言は無いな?」


 俺も再び不敵に笑い返しながら。

 しかしその内心は即座に、彼女に勝てた後の展開を想定(妄想)してしまっていた。



 ――前にデパートの火災時に彼女の命を救った際に俺が一方的に提案しようとした時とは違う、正真正銘、完全に彼女のお墨付きの「何でもしてあげる」だ。

 当然ながら相応の責任を伴う発言だが、この競泳に対して絶対的な自信を持っているからこその彼女の発言とも言えるだろう。


(……いや、もしかしたら……)


 ……彼女もこの開放的な夏の青空の下、開放的な姿になる事で開放的な気分になっているのかもしれない。

 かと言って開放的な事をしよう、ひと夏の想い出を作ろうと自分から殿方に提案するのは流石の彼女も憚られたのだろう。

 ならば「勝負に負けた」と言う理由により仕方なくそんな展開になった、と言うシナリオを元に殿方にリードしてもらうしか無い……そう考えるのが自然であるし、彼女がナンパ野郎にいきなり勝負を持ち掛けたのにも合点がいく。



(――もみじ……)



 いいぞ、それがお前の望みであれば俺が見事お前に打ち勝ってその望みを叶えてやる。


 ……そうだな、わざわざ人目のつかない岩陰や海の家のシャワー室までお前を連れていくまでもない、ゴール時点であるあのブイの側であれば事に及んでも遠目から他の人に気付かれる事もないだろう。

 もちろん地に足は着かない海上ではあるが大丈夫、俺はレスキュー技能のひとつである要救助者を抱えながらの立ち泳ぎも心得ているんだ。

 要救助者(要開放者)であるお前の豊満な身体を浮き袋ごと背後から抱えて、遠目からでも覆いが外れた浮き袋が見えぬようお前の身体を沖側に向けて、そして俺は立ち泳ぎの体勢のまま勃ち泳いでるそれで鳴神のもみじを介抱(開放)して――




「――ゴー~~ルっ!!」



 ――そんな俺の想定(妄想)とは裏腹に。

 鳴神もみじは俺に大差をつけてブイに辿り着き、いまだ必死に泳いでいた俺にも聞き取れる大声で叫びながらブイサインを掲げていた。



(――……あれ??)


 おかしい、俺の予想(妄想)が正しければ彼女はわざと俺に負けるように手加減をしたはずだ。

 確かに俺も身体の一部が余計な水の抵抗を作ってはいたもののそこまで致命的な遅れは生じさせたつもりはない、少なくとも普段のあいつともいい勝負が出来るくらいの泳ぎをしていたつもりだ。彼女が手加減してもなお負けてしまった、なんて事はあるはずがない。


「あははは! 思ったより大差がついちゃったね、拓真くん!」


 そんな俺の混乱などいざ知らず、「負けるつもりだったのに」と言う想定外の顔などもまったく見せる事なく、彼女はこちらに手を振りながら満面の笑みを浮かべている。



(――ふっ)


 彼女の無邪気な笑顔に釣られるように、俺も自らの邪念を排した、純粋な笑みを浮かべてしまう。



 ――詰まるところ、わざと負けてまでひと夏の想い出を作ろうとしていた彼女は俺の妄想と空想の中だけの産物であり。


 現実の彼女は――いつものように彼女は。

 今まで転校してばかりの彼女が今まで作りたくても作れなかったひと夏の想い出を、彼女なりの全力で作ろうとしていただけなのだろう。



「……うるせぇよ! 今度は海岸まで勝負だ!」


 彼女に対し、俺も笑顔で応えながら手を振る。

 そしてキッペーも見ているであろう海岸の方を向いて、俺達が全力で泳いでも他の遊泳客の邪魔にならないようなコースを見定めて――



「あ、その前に、拓真くん!」



 背中に鳴神の声を受けて、再度ブイの方へと振り返る――が、さっきまでブイの側で手を振っていた彼女の姿が見えない。


 左か右に泳いで行ったのだろうか、と俺は辺りを見回して



「ぷはぁ~~っ!!」

「――んなぁぁっっ!!?」



 いつの間にか潜水していた鳴神が俺の目の前に急浮上して。

 海水に濡れた髪が、明朗な表情が、そして水分を帯びた薄布が貼り付く圧倒的な双丘が――


 それらに目を奪われている間もなく。

 俺は彼女に抱きかかえられ、そのまま海中へと引きずり込まれた。







(んがぅ――……っ!?)



 予期せぬまま海中に引き込まれ、その勢いで反射的に少なくない量の海水を吸い込んでしまう。

 その苦しさとパニックにより血中の酸素濃度が急速に低下していくのを感じながら、海中に引きずり込んだ魔物の表情を直視すると。



(……――っ)


 その魔物は、こちらに向けてゾッとするような笑顔を浮かべながら右手で海底を指し示していた。



 ――油断していた。

 例えこの臨海実習が鳴神もみじにとってひと夏の想い出となりうるイベントだとして、同時に俺を葬り去る絶好のイベント(機会)である事に変わりはない。

 周りに他人が居ない、キッペーの望遠カメラをもってしても細かい状況の判別が難しいこの場所において、こいつが俺の事故死を装い俺を手にかけようとするのは至極当然だろう。


 海底を指し示したのは「お前の死に場所はここだ」と言う勝利宣言か。……ふざけやがって。



「――――っ!!」


 気泡と共に声にもならぬ声を挙げながら鳴神の柔肌を掴んで引き剝がすように暴れる。

 左腕1本のみによる彼女の拘束は意外な程にあっさりと解け、束の間の自由を得た俺は上方へと脱出を図る。


 必死に顔を上に向けると太陽の光を反射して輝く海面が見える。

 いいぞ、もうすぐ、もう少しで呼吸が――



「――~~っ♪」



 ――海面に差し込む光が、下方から即座に周り込んできた鳴神の肢体によって遮られる。


(んぐ――……っ!!)


 目の前に広がる肌色一面の光景に絶望する間もなく、人魚のように体勢を入れ替えた彼女は再び俺に抱き着いて息継ぎを阻害する。



(――……やば、い……っ)



 息が、もう、続かない。


 こいつは相変わらず人を溺死させようとする時に見せるとは思えない笑顔を浮かべながら、拘束した俺の身体を下方向に向けて引導を渡そうとしてくる。



 視界に広がるのは限りなく透明に近い海底のブルー、そして背中に感じるのは薄布1枚隔てた限りなく直当てに近い双丘の感触。

 ――五感のうち二感を包み込む美しく心地好い感覚に思わず身を委ねそうになるが、それは彼女に生殺与奪の権を完全に委ねる事と同義である。

 そうするには……諦めるには、まだ少しだけ早い。



(何か……なにか、この状況からでもこいつの隙を作りだせる手段は……)



 水中では打撃で彼女を怯ませるのは現実的ではない。

 音や衝撃を挙げて驚かせるのも同様に難しい。


 幸いながら自由な両手で、しかし水中での緩慢な動作で、彼女の不意を最大限に突ける方法は――。



(――……っ!)



 不意に、かつて同じように彼女の不意を最大限に突いた時の事を思い出す。


 初めて彼女との下校時に襲い掛かられたあの時。

 死に物狂いの俺の行動によって、普段の彼女からは想像も出来ぬ程の悲鳴と共に大きな隙を生み出す事のできた――あの時。



 ――そう、鳴神もみじは殺し屋である以前にごく普通の女子高生であり、ただの年頃の女の子だ。

 そんな彼女の不意を最大限に突ける行為が今この状態でも出来る事を――彼女が()()()()()示唆してくれている。



「――っぐ、――ぅっ!!」



 最期の力を振り絞り、水中で抱えられた身体を反転させて鳴神と相対する。



「……っ??」



 彼女が驚く顔を見せるのを確認する間もなく。



 ――俺は鳴神の胸を覆うビキニの水着を両手で掴み、そして引きちぎるように力尽くでずり下ろした。




「――……っっ!!???」



 ぷちん、と言う感触と共に彼女を覆う儚い薄布がほどけて、驚きのあまり彼女が噴き上げた大量の気泡とともに水面へと上がっていく。


 目の前に広がる薄桃色の山頂はもはや谷間など児戯とすら思えるほどに素晴らしき桃源郷であるが、残念ながらその感動を噛みしめている余裕は全くない。

 俺は声にもならぬ悲鳴を挙げながら胸を隠す鳴神を振りほどき、今度こそ海面へと上がって――



(……なっ……!?)


 俺を阻むように、上半身裸の鳴神が必死でその身体を俺へと覆い被せてくる。


 あれだけ完璧に不意を突いたのに、この期に及んでこいつはまだ俺を溺死させようとしているのか――いや違う、こいつの目標は俺でなく俺の真上に浮かんでいる彼女の水着だ。



 海流のいたずらがよりにもよって俺の真上にビキニの水着を漂わせて。

 鳴神の反射神経と運動神経がそれに対して身体を動かせて。

 それによって俺の海面までの脱出経路が阻害されて――



(……んぶぅ――っ!!)



 ――それでも必死で真上に上昇しようとした俺は。


 自らの水着を回収した直後の鳴神の股間に頭を突っ込み。

 そのまま、驚きながら足腰を捻る彼女の動きによって、薄布1枚隔てた()()に顔を押し付けられるハメになってしまう。



((――っ!!? ――っっ!!))



 最早どちらのものかも分からない程の気泡が上がり、海面へと辿り着いて文字通り泡沫(うたかた)のように消えていく。



(――……っ、 ……――)



 その様子を、俺が遂に辿り着けなかった海面を見ながら。


 俺は()()にすがるように口元を当てたまま最期に大きく息を吹き込み、そして意識を失っていった。


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