第13話「水着姿に殺される」(1/9)
「海だ~~~っ!!!」
学校に集合後、皆で乗り込んだ団体バスが出発してからおよそ1時間半。
普段の通学路から見下ろす絵葉書の一部のような海とは違う、潮風の白さが見えそうになるほどに近く、大きく広がる一面の海の青。
その光景に車内から無邪気な歓声があがる。
「おい、来たぞタク! とうとう来たぞ俺達の海に!!」
――まぁ残念ながらその歓声の主は女の子ではなくキッペーただ一人によるものなのだが。だいたいなんだよ俺達の海って。
「――っと、悪いもみじちゃん、具合悪そうなのに近くで騒いじまって」
「ううん、気にしないで。 ……ごめんねキッペー君、わたし乗り物弱くて……」
一番無邪気に歓声を挙げそうな鳴神もみじは、小さく笑いながらシートベルトをしっかりと装着して隅の座席にちょこんと座っている。
どうも彼女は乗り物に酔いやすい体質なのか、バスが動き始めてからずっとこんな調子でテンションが落ち込んでいる。……普段は自ら絶叫マシーンみたいな動きで跳びまわっているがあれは大丈夫なんだろうか。
「まぁ到着して砂浜に降りれば気分もテンションもブッ飛ぶさ! なぁキリカちゃん!」
「……。」
「……あのー、キリカ様?」
「……ん、あぁ……。 そうね」
キリカはキリカでバスが動き始めてから――と言うより学校に集合した時からずっとどこか上の空だ。
俺と同じく念願の初臨海学習のはずなのに、そのテンションは車酔いで苦しむ鳴神よりも低いとすら思える。
……父親との仲直りが上手くいかなかったんだろうか。
そんな俺の憂慮を確認させてもらう隙すら見せず、彼女は小猫のようにツンと窓の外を眺め続けている。
「どうしようすみれ、もみじちゃんもキリカちゃんも思ったよりテンション低いんだが!?」
「おいおい、そこで私に泣きついてくるのか? そんな便利な女みたいな扱いで話し掛けられたら私もテンションが下がってしまうな~」
「いやいやそんな! 決してそんなつもりは無いですよすみれ様!」
「本当かなぁ? 言葉だけじゃ誠意が伝わらないし、現地に着いたら羽賀には私達三人の為に心を込めて焼きそばを作ってもらわないとな~?」
前者二人にフラれてもめげずに楠木に話し掛けるキッペーに対して、楠木もこいつの扱いを熟知しているかのようにけたけたと笑う。
1年の頃同じクラスだったと言う二人の仲は意外にも良く、その息の合ったやり取りはまるで円熟した夫妻のように……いや違うな、どちらかと言うとうるさい駄々っ子とそれをあやす母親のような関係に見える。今度からこいつらの事は楠木親子とでも呼ぶ事にするか。
「はいは~い、そろそろ到着するからみんな自分の席に着いてね~?」
どこまでも砂浜が続く光景に複数のクラスの男女が思い思いに騒ぐ中、車内マイクを通してもなおぽけぽけとした花崎先生の声が響く。
いつもの白衣姿とは違う、だぼだぼとした薄桃色のラッシュガードに身を包み、丸く大きなイエロー・サングラスを着用した夏仕様の装いが何とも可愛らしい。
「……なぁ、キッペー。その……花崎先生も、水着姿になるのか?」
鳴神たちに聞かれぬよう、俺は小声で後ろの座席にいるキッペーに問い掛ける。
大きめの衣服でもなお隠し切れないその肢体をキャンパスとした水着姿がどのような芸術品となるのか、俺でなくてもこのバスに乗った男子生徒であればすべからく気になる問題だろう。……が、キッペーの返答は至極残念な内容だった。
「去年も香ちゃんはあの服を着てたが……残念ながらあの姿のまま、ずっと浜辺で生徒たちを見守ってたな」
「そ、そうか……」
「何か泳げないんだって本人が言ってたぜ。別に泳がなくてもいいから脱いでくれよ、って話だけどな」
あまりに下世話なキッペーの耳打ちに対し、面食らいながらも思わず同調し頷いてしまう。
鳴神と違い水泳の授業ですら拝んだことのない花崎先生の水着姿は、どうやら決して掴めぬ夢、希望、都市伝説として俺達男子生徒達が各々で妄想せざるを得ない運命となってしまうようだ。
「まぁ、そっちはともかく先生やみんなとBBQをやるのも楽しいもんだぜ? 俺はずっと網奉行をしてるから、タクも泳ぎ飽きたら食いに来てくれよ」
小声の会話を打ち切り、鳴神達にも聞こえる声で話しながらキッペーは笑う。
俺はキッペーと、そして隣に座る鳴神と目を合わせて笑顔で頷きながら。
間もなく目的地に到着するであろう大型バスの心地良い振動に身を任せた。
・
「おぉー……」
先にバスを降りた生徒たちが身支度を始めている中、俺は想像以上に肌に当たる潮風の強さと、想像以上に鼻をくすぐる磯の香りの強さに思わず感嘆の声を挙げる。
親父やお袋が山派だった事もあり、物心ついてから海辺に来る事が無かった俺にとっては、今この場所に降り立った事そのものが既に貴重な体験となっていた。
「生徒の海離れを防ぐ」と学校が謳っていた臨海学習の狙いもあながち的外れじゃないのかもな、と思いつつ、俺はキッペーがBBQの道具を運び出そうとするのを手伝う。
「普通の荷物はここのブルーシートの上に、貴重品はあそこにあるコインロッカーに預けてね~。水着に着替える子はあっちに更衣室があるからそこで着替えてね」
てきぱきと指示を出す花崎先生を尻目に、てきぱきとBBQの準備を進めていく。
周りでは男子生徒がその場で服を脱いで水着姿になったり、女子生徒が数人で更衣室へと連れ立って行く姿が見られる。
――鳴神達はどうしてるかな、と思った矢先。
「海だ~~~っ!!!」
背後から聞こえる無邪気な声。
俺がバスの中で聞けると思っていた黄色い歓声。
振り向くと、声の主である鳴神もみじは先程のテンションの低さが嘘のように元気良く駆け出して。
――そのまま、シャツとホットパンツを脱ぎ捨てて水着姿へと変身しながら。
俺の横を通り過ぎて堤防を乗り越え、そして一面の砂浜の上へと華麗に跳び出した。
「――っ……」
余りの眩しさに、思わず目を逸らしそうになりながらもしっかりと目に焼き付ける。
砂浜の白と海の青、そして快晴の青空を背景に真夏の太陽の光を空中で一身に受けて輝くその肢体は、水泳の授業で拝んだ時よりも遥かに健康的で、魅力的で、そして暴力的だった。
彼女のスクール水着姿を見ながら男子生徒の誰しもが夢想したであろう、ワンピースでもパレオでもタンキニでもないビキニの水着姿――それを今、彼女はその期待に違う事なく着用している。
紺色と水色のストライプが横向きに伸びるその柄はその体型とはアンバランスな子供っぽさを持つ彼女に、そしてどこまでも快活な彼女に良く似合っていて。
股布部分に頼りなげにあしらわれたフリルは彼女の超人じみた跳躍を前に大きく捲れあがり、薄布1枚隔てた彼女の大きな臀部を惜しげもなく晒して。
そして胸部分を覆う薄布は、もはやその1枚と細い留め紐1本ではとても支えきれず早々に弾けてしまいそうなほど、彼女の動きに合わせて大きく激しく揺れ動いて――
「拓真くん!キッペー君! 早く泳ごう~~!!」
砂浜の上へと着地し、太陽の照り返しを受けながら振り返りこちらに大きく手を振るその姿は。
俺やキッペー、そして他の男子生徒の――いや、その場に居合わせた他の男性の視線をも、一瞬で釘付けにしてしまっていた。
「……お、おい!キッペー! 早く行くぞ!!」
見れば鳴神に惹かれた男性諸君のうち、良からぬ風貌の輩が既に彼女へと言い寄ろうとしているではないか。
俺は急いで服を脱いで水着姿となり、呑気にBBQの網をセッティングしているキッペーを急かす。
「ん? いや、だから俺はずっとここで網奉行をしてるっての。ここは俺に任せてお前だけでも行けよ」
「キッペー……!?」
予想外の返答に、「鳴神もみじを良いなと思う同志」の一員とは思えない返答に愕然とする。
こうしている間にも不穏な輩は鳴神に寄ってきて、彼女を誘い出そうと色々ジェスチャーをしていて……。
と思ったら鳴神は輩に臆する事なく、はしゃぎながら海の方向、遥か遠方を指さしている。
しばらく粘っていた輩はやがて諦めたように鳴神の元から立ち去ってしまう。何だったんだ一体。
「BBQの準備も後は軽い荷物だけだし、後は俺ひとりでも大丈夫だしな。早く行ってやれよ、タク」
「だ、だけどキッペー……! あれだぞ――!?」
素直に応じず必死に食い下がりながら、俺は砂浜の上、再びこちらを呼ぶように元気に飛び跳ねているあれとキッペーを交互に見つめる。
あれを間近で見ないとか、お前は何のためにここまで辿り着いたと言うんだキッペー……!!
「……タク、別に俺は無理してるわけでも意地を張っているわけでもねぇ。 ――海と水着を愉しむ手段は他にもあるってだけだ」
言いながら、キッペーはやけに大きな鞄から黒く鈍く光る塊を取り出す。
――それは素人目にも仰々しさを感じる望遠レンズを備えた一眼レフのカメラだった。
「タクは間近であれを見る。俺は遠くからこれを使って間近であれを見る。手段は違えど目的は一緒だろ?」
「キッペー……!」
「あれを記録に残すのは俺に任せて、お前はあれを記憶に遺して来いよ、タク……!」
「キッペ~~~!!」
同級生の女の子を散々あれ呼ばわりする無礼極まりない立ち振る舞いも構わず。
俺とタクは文字通り同じ志を持つ同志として、互いの健闘を固く誓い合ったのだった。




