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84話:清廉サキュバス

「あー、ちょっと分かんないですねえ。ハイ。あ、ごめんなさい役立たずで。あははは……あ、キャラ付け忘れてた。ザッハハハハ……」


 ザンブグが申し訳なさそうに頭を下げ、無理に変な笑い声を出した。


 このザンブグは別魔界の()魔王であり、今は我の同僚。

 レンタル召喚事業トモモモン部門の管理役、兼、研究者である。

 研究分野は『魔力』。トモモモンという新種の人造魔力生物を何百種類も生み出した功績を持つ。


 つまりは魔力関係に精通しているという事で、アルノの『魔導無昇華病』がぶり返した件を調べて貰おうと呼び出したのだ。

 ちなみに呼び出し方は、『召喚獣として呼び出されている我が、更に召喚でザンブグを呼び出す』という少しだけ複雑な方法を取っている。


「お前でもアルノの病気が再発した理由は分からないか」

「あ、ハイ。魔導無昇華病の『一万年に一人の発症』ってのは大袈裟な比喩とかでなく、本当に一万年に一人程度なんですよね。治療法どころか記録も満足に残ってなくて」


 ザンブグはベッドで眠るアルノの額に触れ、体内の魔力の流れを探りながら言う。


「実は僕も天界にいた頃から魔導無昇華病には興味があって、一万歳以上生きてるような強い神全員(・・)に『何か知ってますか?』と聞いたことあるんですよ。でも大した情報は無くて。そしてマート陛下の魔界に引っ越してからも、同じく一万歳以上の悪魔全員(・・)に聞きました。でもやっぱり収穫は無し」

「全員に聞いたのか。意外と度胸があるな」

「あっメッシュ陛下のお婆様だけは、アポが取れずにまだですけど」


 我は、魔界にいる『一万歳以上の悪魔たち』の顔を思い浮かべた。


 悪魔も神も寿命は長いが、一万年の大台に乗るのは極々一部の強者だけ。

 我の祖母殿、叔母上。魔界を作った元老たちと、その息子世代。

 誰も彼も癖があり、魔界全土や周辺諸国から恐れられている者たちばかりだ。まあ我の方が強いのだがな。


「とにかくそんな詳細不明の病気なんですよ、ハイ。患者が発見されただけでもラッキー……あっ失礼、驚きなのに、メッシュ陛下の魔力を分け与えたら一時的(・・・)に治っただとかどうだとか。どういう理屈なのか、徹底的に調べないことには分かりかねますね~」

「ふむ……一時的(・・・)に治った……か。やはりそうなのだろうな」


 我はアルノの寝顔を見る。

 肉体も精神もすっかり疲れ果ててしまっているようだ。



 アルノは今日の演説中、唐突に文字が読めなくなった。

 我はすぐに『魔導無昇華病の再発』に思い至った。まさかとも思ったが。


 そこで我は水を届けるスタッフのフリをして壇上へ登り、初めて出会った時と同じようにアルノへ魔力を注ぎ込んだ。

 再度の魔力注入で治るかどうかは分からなかったが……アルノはすぐに文字を認識出来るようになり、演説はなんとか無事に終了した。



 いや、無事と言って良いものかどうか。

 明らかに病気は再発していたのだから。



「アルノの病気が治ってから十八日目での再発だ。我の魔力では一時的な効力しかなかったという訳か」

「何度もメッシュ陛下の魔力を与え続ければ、いつかは完治するのかもしれませんね、ハイ。でもそれは希望的な予測。逆のパターンもあり得ます」

「逆というと?」

「魔導無昇華病がメッシュ陛下の魔力に耐性を付けていくってパターンです。徐々に効かなくなって、最終的には陛下の魔力でも症状を抑えることが出来なくなっちゃうかも……まあいずれにしても、このまま長期的に経過を見ないと分かりませんね」

「ふむ……しかしその『長期的』は望めないのだ」


 我は召喚獣。アルノは召喚術師。

 今こうしている間にも、アルノは召喚報酬として『魔力』と『生命力』を支払い続けている。

 魔力は我が分け与えた中から支払っているので、実質無制限なのだが……問題は生命力だ。


 我が見繕った所、残り二十日ほどが召喚限界といった所か。

 それ以上召喚し続けていると、アルノの生命力が尽きて死ぬ。


 そのことを伝えると、ザンブグは「うん、そうですよね~」と頷いた。


「言い難いんですが、このままじゃアルノちゃんは元通り──つまり、知能が抑圧された状態に戻ってしまうでしょうね。ハイ」


 ザンブグはそう言って、アルノの額から指を離した。


「それにしても……いやはや~、流石はメッシュ陛下ですね。幻の魔導無昇華詠夢(えいむ)症候群の患者を、こんな異界で見つけちゃうなんて」

「えいむ? なんだそれは」

「あっ魔導無昇華病の別名というか正式な学名ですよ。詠夢ってのは、患者に出る特殊な症状のことを指してまして」


 特殊な症状。


 そういえば最初に魔導無昇華病の説明を本で読んだ時、そんな事が書かれていたような気がする。

 魔力を生成出来なくなるという症状は多くの病気に見られるため、さほど珍しくは無い。が、しかし魔導無昇華病には類似病に無い特殊な別の症状も出て────これ以上は、ページが破れて読めなかった。


「僕が考えるに、魔導無昇華病ってのは魔力の体内変換機能を壊す病気ではなく、変換した魔力を全てその『詠夢(えいむ)』のエネルギーに回しちゃう特異体質なんじゃないかなって予想してましてね。って、ああ、ちょっとだけ話が反れちゃいましたけど、その詠夢ってのは簡単に言うと──」




 ◇




「メッシュさん、陛下なんて呼ばれてるんだね。もしかして王族の方だったりするのかな? 私を迎えに来てくれた王子様。なーんて。陛下なら王様かぁ」


 ザンブグが魔界へ帰還した直後、眠っていたはずのアルノが唐突にそう言った。


「……いつから聞いていた?」

「メッシュさんが、あのガリガリの人を呼ぶ準備をしてる時から」


 ガリガリとは、痩せ細っている体系であるザンブグのことだな。

 全部聞かれていたのか。


「我に悟られることなく狸寝入りし続けていたとは、中々やるではないか」

「ふふふふ。私って女優にもなれたかもね」


 アルノは笑いながら上半身を起こした。


「メッシュさん、あと二十日で帰っちゃうの?」

「うむ。それ以上我がこの世界にいると、お前の生命力が尽きて死ぬ」

「そっかぁ。メッシュさんと別れるのはヤだけど、死ぬのはもっとヤだもんなあ……また召喚魔法で呼び出しても良い?」

「良いが、また我が来る保証は無いぞ。レンタル召喚術とは召喚獣を指定できないシステムなのだ」

「そっかぁ。残念」


 アルノは、ベッドの端に座る我の腕を掴み引っ張った。

 その力に応え、我はアルノへ近づく。


「私、元に戻っちゃうんだね」

「……うむ」

「あーあ。ヤだなあ。戻りたくない。なんでだろう。なんで私ばっかり。せっかく頭が良くなったのに。せっかく皆の役に立てると思ったのに。せっかく……」


 しばしの沈黙。


「……ねえメッシュさん。私の知能が戻っちゃうまでに、どこまで出来るかは分からないけど……精吸い事業の改革を推し進めたい。せめて私の後に誰かが続いて、その人が最後まで成し遂げられるように……道を、作っていてあげたい」

「……そうか」

「あと二十日。私を見守っててね」

「分かった」

「ありがとう……」


 そしてアルノは目を閉じ、我の唇へ唇を重ねてきた。

 サキュバスらしからぬ、清廉な少女の口付けであった。


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