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62話:ママの実家が大きい

 振動で目が覚めた。


 知らない場所にいた。

 自室のベッドで寝ていたはずだが……気付くと、固い長椅子の上に座っていた。


 狭い空間だった。

 揺れていた……いや、動いていた。小窓には見知らぬ背景が流れる。

 魔界馬の粗い鼻息が聴こえたので、「どうやら馬車の中らしいな」と察すことが出来た。


「メッシュにー」


 妹のラスが、ぼうっとした表情で我の隣に座っていた。

 ラスも起きたばかりのようだった。

 大きなあくびを一回しながら、我の手を握った。


 そして向かい合う席には、二人の大人が座っていた。


「目が覚めたようだな」

「……おじいさま……?」


 一人は、母の父親……つまり我にとって母方の祖父。

 初代魔王と共に魔界を作った、最古参の悪魔貴族だ。

 二代目魔王の義父でもある彼は、当時魔王に次ぐ実質ナンバーツーの権力者であった。


 祖父だが、孫である我のことを『メシュトロイオン殿下』と堅苦しく呼んでいた。

 それは立場上というか、大人の都合(・・・・・)だったのだが……


「メシュトロイオンよ。もう少し寝ていても良かったのだぞ」


 その時は、我のことを呼び捨てにしていた。

 些細な事だが、妙な違和感を覚えた。


 そしてもう一人の大人は、


「ふふ、ふふふ」


 我の母親だ。

 楽しそうに笑っている。


「おはようメッシュ。突然だけど、今は楽しいお引越し中なのよ」


 喋るたびに、母の体からギシギシミシミシと音が鳴った。骨や筋肉が軋んでいる。

 母の足元には大きな箱が置いてあり、それも気になったが……それよりまず『引っ越し』だ。


「引っ越しだと? われは聞いてないぞ。どこへ?」

「天界よ」

「なに!」

「えええぇぇぇ!? おひっこしするのおぉぉ?」


 ラスが素っ頓狂な声を上げた。

 我も驚いた。天界とは、魔界の敵地であると聞かされていたからだ。


「なんで……」


 我は首を左右に振り、狭い馬車中を確認した。

 この場にいるのは我とラス、母、祖父の四人だけ。


「ちちうえは? ネアあねうえや、マートやノーザは……」

「ネアやノーザはいないわ。メッシュだけ寝ている間に連れて行く計画だったのだけれど……ふふふふ。偶然ラスも眠ったので、特別に連れてきてあげたのよ」

「ラスちゃんとくべつ? よくわかんないけど、とくべつやったぁぁ」


 幼いラスは、事態の異常さに気付かなかったようだ。

 それも仕方ないかもしれない。

 何しろ母と祖父が目の前にいる。ビックリはしても、不安はないだろう。

 他の家族は後で来る程度に思っていたのだ。


「でもあなたのお父様は、きちんと一緒に来ているわよ」

「どこにだ? ほかの馬車か?」


 魔界馬の蹄、及び車輪の音は複数聞こえていた。

 馬車は数台併走している。それのどれかに父上も乗っているのかと考えたのだ。

 しかし母は、


「ふふふふ。おほほほほ」


 身体を軋ませ笑いながら、足元に置いている大きな箱を持ち上げた。

 木製で、上部が着脱式の蓋になっている箱。


 母はその蓋を開き、中身を我に見せた。

 それは、



「……人の……悪魔の顔か?」



 二つの生首が詰め込まれていた。

 まず見えたのは、眼鏡を掛けている顔。

 見覚えがある。これは……


「おじうえ……?」


 父上の弟。そしてサディートの父。

 叔父上の生首であった。


 その首が落ち、床に転がった。


「ひゃぇええええぇぇ!?」


 ラスが驚き、椅子の上で立った。

 そして、箱の中にあるもう一つの顔も見えた。

 そちらも見覚えがあり……


「ち……ちちうえ……?」

「ええ。あなたのお父様。そして母の愛する旦那様。二代目魔王アルドロイオンは、この通り一緒に来ているわ。死んでしまっているけどね」


 母が高い声で笑った。


「え……死んで……えぇ……?」


 ラスが半泣きで困惑した。

 それに我も困惑した。


 どうして父上と叔父上が死んでいるのだ?

 どうして母は、父上と叔父上の生首を持っているのだ?

 どうして、生首を持って天界へ引っ越すのだ?


「二代目魔王アルドロイオン。その弟であり王位継承順位一位のライディロイオン。魔界の中核を担う二人は偶然(・・)同時に睡眠を取っていたので殺した(・・・)。二人の首を土産に、ワシら一族は天界へ凱旋するのだよ。お前は今日からメシュトロイオンの名を捨て、メシュト=ルヴェだ」


 祖父が説明した。

 ルヴェとは、母や祖父の一族の名であるが……唐突過ぎて、祖父の言葉の意図が分からなかった。


 殺した。という言葉。


「……殺しただと?」


 誰が?

 祖父が?


 いや無理だ。

 当時の我はまだ子供であったが、『強さ』を感じ取ることに敏感であった。

 祖父の魔力では父上や叔父上を殺せない。殺せるわけがない。


 何かの偶然で首を刈り取ったとしても、父上はすぐに復活したはずだ。

 悪魔は形状記憶性質の魔力を持っており、その魔力は肉体と結びついているため、結果として高度な再生能力を有している。


 父上を殺すには、父上の魔力を越える強大な力をぶつけないといけないのだ。

 だが祖父にそんな力は無い。偶然(・・)──出来過ぎた偶然だが──寝ていたとしても関係無い。

 他のルヴェ一族の者たちも同様だ。誰も父上を殺せるはずがない。



 ただ一人を除いて。



「ははうえが、ちちうえとおじうえを殺したのか?」


 我の問いに、母は微笑んだ。

 その笑顔が肯定の意図であると、幼い我でもすぐに勘付いた。


 それに母しかいないのだ。

 母の魔力は魔界でも最上級。

 母が本気で戦っている場面を見たことは無かったが、日常生活で片鱗を垣間見ていた。

 ともすれば、魔王である父上を越える魔力……いや、事実越えていたのだろう。


「え? えぇ? ころ……え?」


 ラスは我と母上の顔を交互に見て、不安そうな顔で泣き始めた。

 母は、二つの首を大事そうに撫でながら箱へ戻していた。


「どうして殺した? ははうえたちは何をしたいのだ?」

「何って……言ったでしょ? 天界にお引越しするって。あなたのお父様と叔父様が死んだ今、もはや魔界に飛び抜けた強者はいないの。魔界の意義が消えてしまったのよ。だから母の故郷へ帰るの」

「…………?」


 その頃の我に、母の理屈は分からなかった。

 だが今なら多少の理解を示すことは出来る。

 悪魔には、『魔界の全ては魔王の強さにある』という価値観を抱いている者が多いのだ。

 特に古い貴族たちは。まさに母もその『古い貴族』であった。


「そもそも初代魔王ルキフェロイオン様が亡くなった時点で、魔界に固執する意味は無かった……だからいっそのこと母の手で引導を渡してあげたのよ。それが二人を殺した理由よ。本当はもっと早く決行しても良かったのだけれど、メッシュ、あなたが成長するのを待っていた。あなたの魔力がお父様の魔力を越えたと確信できる日を……今日をずっと待っていたの」


 母の四肢が音を鳴らし軋む。


「母とメッシュがいれば天界さえも支配出来るわ。ルヴェの家系が天界の王座に就くの。古代三大貴族の一つ、ルヴェ家の復権……それが今後の目標よ」

「ふっけん……もくひょう?」


 その頃の我では、全ての理解は出来なかったが……


 今鮮明に思い出した。

 そうだ。母が我を連れ去ったのは、天界を支配するためだった。

 一族の復権。要は故郷を捨てきれなかったのだろう。


「天界は領土の豊かさも支配地の多さも大きさも魔界の比ではない。メシュトロイオン、お前は将来魔界の王になっていただろうが……メシュト=ルヴェと名を改めた今、更に強大な力と権力を手にすることが出来るだろう。ラスも同様だぞ」


 祖父がそう言って我とラスの髪を撫でた。


 メシュト=ルヴェ。ラスクイーン=ルヴェ。

 あのまま母と祖父に従っていれば、我と妹は天界で神になっていたのかもしれない。

 ぞっとしない話だな。


「さあ、あと一時間ほどで次の通門ゲートに到着するぞ。もう少し体を休めておけ」


 祖父が窓へ目を向けて言った。


 魔界から天界への通門ゲートは開通していない。

 なので、複数の世界を経由して複雑なルートを辿る必要があるのだ。

 窓から見える景色は魔界のものでは無かったので、既に最低一度はゲートを越えていた。


 通門ゲートを通るたび天界へと近づく。天界の関係者も増える。

 魔界から追手も放たれているだろうが、天界へ近づくほど動き辛くなるはず──つまりルヴェ一族にとって安全になるだろう。


 しかし我は、それより気になることがあった。


「……天界に引っ越したら……魔界に残っているネアあねうえとノーザはどうなる?」


 姉上とノーザは母上の子。

 裏切り者の血族となってしまう。

 魔界にとっての不穏分子。

 一体どのような扱いを受けるか、容易に想像できた。


「殺されるでしょうね、残念だけど。でも迅速に行動しないといけなかったので、あなたたち二人しか連れ出せなかったの。仕方ないわ」


 母は冷静に言い放った。

 己の子に執着がないのか……いや相応にはあるだろう。ただし優先度が高くないのだ。


 悪魔は身内に甘い。

 だが自分には更に甘い。

 切り捨てるべきと判断すれば、子だろうが親だろうが簡単に切り捨てる。

 それが悪魔であり、神なのだ。


「え……ノーザにー。ネアねー。え? えぇ? 殺……やだぁぁ……」


 ラスが我の手を強く握った。

 我はラスの肩を抱き、目の前の大人二人へ進言する。


「馬車をとめろ。われは魔界へ帰る。いや、全員で帰るぞ」

「駄目よ」

「駄目だ」


 母と祖父は同時に即答。

 説得は無理だろう、と我はすぐに思い直した。

 そもそも実際に父上を殺してしまった以上、母と祖父はもはや魔界へ帰れない。


 ならばせめて我とラスだけでも。

 そう思い、ちらりと馬車の入り口を見ると──


「逃げることは考えるな」

「うぐっ」


 祖父が脅すように、我の顔を強く掴んだ。

 座席に背を押し付けられる。


「ここに至って逃げる気を起こされたら、お前を殺さねばならない」

「あら。乱暴はやめてくださいな」


 母は祖父をなだめながらも、その眼は冷たく光っていた。


「われは魔界を捨てる気は無いぞ。殺せるものなら殺してみろ」

「子供が覚悟を決めるな。ワシらに従っていれば良いのだ」

「覚悟など決めてはいない。おじいさまの力では、われを殺せない」


 我はラスの肩をしっかりと抱いた上で、足に魔力を込めた。

 母が勘付き、我の足を掴もうとする……が、少々遅かった。

 我は床を強く蹴る。


「ひぃぃぃえええええ!?」


 ラスの悲鳴。更に馬のいななき。

 衝撃は地面にまで貫通し、馬車は大破し宙へ浮いた。


「なっ……!?」


 祖父の手が離れた。


 我はラスを抱いたまま逃げる。

 ルヴェ家の親戚たちが乗っているであろう別の馬車が、計五台見えた。

 それら全てを飛び越え、来た道を急いで引き返そうとしたが……


「逃げるなと言ったのに」

「ぐっ……」


 祖父の枯れ木のような手が伸び、我の腹を貫いた。

 痛みで力が抜けた瞬間、


「いひゃあああ!?」


 ラスの足首に祖父の腕が巻き付いた。

 ラスは我の腕から離れ、祖父の元へ引き寄せられる。


「メシュト=ルヴェ。大人しくワシらと共に来い。これ以上我儘を言うようならばラスを殺すぞ」

「や、や……やだぁぁぁぁ」

「あらあら。言う事を聞いた方が良いわよ、メッシュ」


 ラスの顔に、鋭く変形した祖父の指先が刺さる。

 幼い肌に血が垂れた。


「……わかった。ラスから手を離せ」

「うむ。子供は素直が一番良い」


 我は両手を挙げ、ゆっくりと祖父へ近づいた。

 祖父の目の前に到着し、


「やっぱり覚悟を決めることにする」

「…………っ?」


 祖父が油断した刹那。


 我は祖父の首と腕付け根を同時に切断した。

 地面に落ちそうになるラスを抱き、救う。


 我の魔力を込めた攻撃により、祖父は完全に事切れた。

 人生で初めて、身内を殺した瞬間であった。


「あら、さすがメッシュ。大人顔負けの鋭い動きだったわよ。ふふふふ」


 母は、自分の息子に自分の父親が殺されたというのに……楽しそうに笑っていた。

 骨を軋ませながら。


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