61話:回想という体裁なのに会話シーンが鮮明なのって何かおかしくね!?
「………………ぁ」
「メッシュにーぃぃ」
弟のノーザと妹のラスが、並んで我の元へ走り寄ってきた。
この双子の兄妹は幼き頃、よく二人一緒に行動していた。
お揃いの長い赤毛をなびかせ、いつも城の中で遊ぶのだ。
「オバさんがぁ、なんか叫びながらはしり回ってたけどぉ。どったのぉ? もしかしてラスちゃん、またイケナイこと言ったのかなぁ。けっこんできないオババとかぁ、つい口にでちゃってぇぇ……!」
ラスがおどおどした態度で、辛辣なことを言った。
幼児の頃から、どこか一言多い妹であった。
「………………」
そしてノーザは幼児の頃から恥ずかしがり屋で、ほとんど言葉を発しなかった。
ただその分、文章の読み書きを覚えるのは早かったが。
「おばうえのコトはよくわからん。ネアあねうえの言葉で発狂していた」
「そうなんだぁ。じゃあいつものことだから、ほっておこー。うひぇへへへへ」
「…………ぅ」
などと会話しながら、弟が我の右手を、妹が我の左手を握る。
幼き頃は双方とも我に懐いていたのだ。
「ラスちゃんたちヒマだからぁ、あそんでくれぇぇメッシュにー」
「…………あにー……」
「いいだろう。われもヒマだからな」
そしてその日、我は弟妹と共に鬼ごっこをして遊んだ。
今のラスは部屋に引き持ってばかりいるが、当時は年相応に活発だったのだ。
子供だったとは言え、魔界の王族が三人も集まって鬼ごっこするとなると、多大な力が発生する。
城中の壁や床が剥がれ、絵画やオブジェが壊れ、天井が抜け……
「外で遊びなさい」
と、従兄のサディートによく怒られたのを覚えている。
サディートの奴め。今は娘のフォルに嫌われたくないからと叱れなくて困っているクセに。
ともかく思い返すと……我の子供時代は、だいたいこんな日常を送っていたな。
◇
「ねむい」
あの日の我は、疲れて眠くなっていた。
我ら高貴なる悪魔は、年に三時間程度の睡眠しか必要がない。
が、成長途中である子供は話が別。本睡眠とは別に、仮眠も必要となる。
だいたい二十分から一時間程度の睡眠を、月に一回か二回程度。
ハッキリと決まった回数や時間はなく、魔力と体力の消費に応じた突発的な仮眠である。
「むむ……」
「おや。お疲れのようだね兄上」
「そうだ……ねむい」
男のマートが、ナプキンで上品に口を拭いて言った。
その時は夕食中だった。
母と我ら兄弟。計六人での食卓。周りには執事やメイドが並ぶ。父上は職務が忙しく、参加していない。
「まっ。メッシュくん、フォーク持ったままウトウトしたら危ないわよ~!」
「むぅ……」
姉上に指摘され、我はナイフとフォークの使用を諦めテーブルに置き、手掴みでパンを食べ始めた。
父上との訓練。
姉上との風呂でのアレコレ。
そして弟妹との全力鬼ごっこ。
色々あって、もう体力が尽きてしまったのだろう。
と、当時の我は眠気によりモヤがかった頭で思考しつつ、パンをモソモソ噛んだ。
「メッシュにー。みかん食べないならラスちゃんにおくれぇぇ」
「うむ。いいだろう」
ラスが我の膝に乗り、魔界名物ヘルみかんを食べた。
みかん以外にも、肉などを少し盗み食いしていた。その度に、
「…………めー……!」
とノーザが小さく怒る。
「あらあら。ふふふふ」
母は笑いながら、我ら子供たちの様子を見ていた。
「ふぁ……」
「ふぁー……メッシュにーにつられて、ラスちゃんも眠くなったよぉぉ」
「われも限界だ。ごはんはもういい。寝る」
我は食いかけのパンを皿へ戻し、両手を挙げ背伸びした。
すると妹も、
「ラスちゃんもぉぉぉ」
と、我の真似をする。
「あら。じゃあ一緒に部屋へ行きましょうかメッシュ。それにラス」
母が立ち上がった。
年配の執事が「わたくしめが殿下と姫を寝室へお連れ致します」と申し出たが、母は、
「いいえ良いのよ。私が連れて行くわ」
と断り、子供二人の手を引き我の寝室へと向かう。
ラスの部屋は別にあるのだが、その時は我のベッドで二人一緒に寝ることにした。
「ラスちゃんおねむぅうう」
ラスはベッドに入るなり熟睡。
我もすぐに目を閉じたが、眠りにつくまで少々の時間があったと思う。
「メッシュ。あなたは特別なのよ」
意識が遠くなる我の耳元で、母が優しく語っていた。
我は眠たい頭を働かせ、なんとか聞こうと頑張った。
「お義父様……メッシュの祖父、魔王ルキフェロイオン様。天界にいた頃は、誰もが羨み、そして誰もが頭を抱える『天才』だったわ。母も幼き頃、天界でルキフェロイオン様の奇行を何度も見たの。天界でタブーとされている禁術を恐れることなく、いとも容易く使っていた。だから色々な神に叱られていたけど……ふふっ。あれは叱ると言うより、ただの嫉妬だったわ」
母が指先でそっと我の髪を撫でた。
細く弱弱しく、それでいてどこか恐ろしい、白い指。
この台詞の流れで祖父殿の話をするということは、我の特別な部分とはやはり血縁のことだったのだろうか。
ただ、それならば他の兄弟や親戚を差し置いて、我『が』特別という事に説明は付かぬが。
「そう云えば話すのは初めてかしら。母は天界の生まれなの。あなたと同じくらいの歳に、ルキフェロイオン様と共に堕天したのよ。あなたのお父様は魔界が出来た後に生まれたから、姉女房ってわけね。ふふふふ」
その情報は、この時に初めて聞いた。
母の父親──つまり我の母方の祖父、及びその親戚たちが、初代魔王と共に魔界の礎を作った。それは知っていた。
が、母本人もその『最も古い魔界の住人』の一人であることは知らなかったのだ。
てっきり父と同じく、魔界で生まれ育った悪魔なのかと思っていた。
「天界でのルキフェロイオン様は、『ロイオン家の生き残り』と自称していたのよ。ロイオン家とは、古代天界における三大貴族の一つ。最上級神の血筋。ロイオン家は当時とっくに滅亡していたし、ルキフェロイオン様が本当にロイオン家の末裔なのか証拠も何もなかった。でもみんな信じた。母も、母のお父様も信じたわ。ルキフェロイオン様の力と才能には、これ以上ない説得力があったから」
つまりカリスマがあったのだな。
我と同じく。
「ある日、ルキフェロイオン様は仲間の神と共に堕天したのよ。その『仲間』には母の一族もいたの。一族全員が喜んで……とはいかなかったけど、少なくとも母は喜んで堕天したわ。だって…………ふふふ」
だって、何だったのだろうか?
母はその先を語らず、代わりに、
「堕天すると簡単に言ったけど。そう簡単なものじゃないの。ただ天界から亡命するのとは訳が違うわ」
堕天、という行為について説明した。
「母の一族内でも反対する者がたくさんいて、決断を下すまでに多くの血が流れたわ。堕天とは、ただ『神から悪魔へ』宗旨替えするだけじゃないのよ」
母の指先に、軽く力が入る。
「生体が変わる──そう。まったく別の生物になるの。『神から悪魔へ』。堕ちるように。肉体も、魔力も、生命力も。全てが闇へと変質するのよ……ふふふふ。異なる存在へ。異なる段階へ」
母の細い腕が、ぎしりと鳴った。
その時、
「睡眠か」
父上の声がした。
部屋の前を偶然通りかかったのだろうか。
我は目を閉じたまま、父上の姿を見ずに「うむ。ねむいのだ」と返答した。
「しっかりと体を休めろ。質の良い睡眠は、魔力を更に成長させる」
「わかった」
「ちょうど私も眠くなったところだ。親子で奇遇だな」
「そうか。われと父上は仲良しだな!」
そうだ。
久々に、鮮明に思い出した。
この他愛無い会話こそ──我が聞いた、父上最後の言葉であった。




