45話:肉親はノーカンよ
鑑定係と町へ出かけた、次の朝。
我は買ったばかりの『悪魔っぽいゴシック服』に着替えてみた。
購入した二着のうち、片方は昨日着たのでホテルの洗濯サービス中。なので今着ているのはもう片方。
こちらも昨日の物に負けず劣らずチェーンがジャラジャラうるさい。まあすぐに慣れるであろう。
では出勤しよう、とドアノブへ腕を伸ばしたのだが……触れる前に、ドアが勝手に開いた。
「おはよ~メッシュくん! ねえ聞いてよ聞いてよ。聞いて~」
「姉上。どうしたのだ」
ネア姉上が部屋へ飛び込んで来た。
ドアの鍵はまだ解除していないので外からは開かないはずだが、魔法を使ったのだろう。
姉上は我に突進し抱きついた。
小さな身長からは想像できない強靭な腕力、そして巨大な胸の弾力。
我は跳ね飛ばされそうになるのを何とか耐え、一歩後ずさりした。
「聞いてえええ。お姉ちゃん朝起きたら、理由は特にないけど急に心が挫けそうになったの。大人ってそういうのが定期的に来るの。撫でたり抱きしめたりエッチなことしたりして慰めて欲しい~!」
「わかった」
我は姉上の頭へ手を置いた。
「だが撫でるのは良いが、性行為をする時間は無いぞ」
「けち~ぃ……って、あれ~? なになに。何か今日のメッシュくん、いつもと違うタイプの恰好ね~」
姉上が我のゴシックファッションに気付き、腰のチェーンを引っ張った。
「うむ。召喚獣らしさを出すには、カジュアルな悪魔っぽい服装が良いらしい。なので職場の女に選んで貰ったのだ」
「んまっ! メッシュくんったら、お姉ちゃんやメイドさん以外の女の子に服を選ばせるくらい男の子になったのね。嬉しいやら悲しいやらで複雑よ~。正直に言うと嫉妬で泣きながら自分の喉元掻っ切っちゃいそう」
姉上は物騒なことを言いながら、ベッドの上に腰かけた。
部屋で自害されても困るので、我も仕方なく隣に座り、しばらく話に付き合ってやることにした。
「あっそうだメッシュくん。急で悪いんだけど、ちょっとベロ出してベ~ってやってみて」
「本当に急だな」
「いいから~。お姉ちゃんのお願いよ~」
「うむ……」
我は言われた通り、口を開け舌を出した。
すると、
「隙あり! ちゅうううう!」
「むぐっ」
姉上がその類稀なる身体能力を駆使し、目に見えぬ速さで我の口を吸った。
舌と舌を執拗に絡ませる。それだけでなく姉上は我の舌を歯で噛み、滲み出た血を飲む。痛い。
「ずきゅうううん! メッシュくんの初めてのべろちゅーの相手はどっかの知らない女の子ではないッ! このお姉ちゃんだ~~~ッ!」
姉上は我から口を離し、得意気にそう言った。
なるほど姉上は過保護気味であるため、弟を独占したかったのだろう。
しかし、
「まるで初めて接吻したかのような物言いだが、今まで姉上は何度も我の隙をついてやっていたではないか。さっきの『舌を出せ』というパターンは初めてだったが……」
しかしよく考えると直接的だし、充分気付く余地はあったな。
我としたことが油断していた。
「そうなの~。だから今のは、『初めてはお姉ちゃんだよ』ってことを改めて記憶に刻もうと思って。それならメッシュくんが別の女の子のモノになったとしても、お姉ちゃんの精神的優位性はギリギリ保たれるのよ~」
分かるような分からないような、妙な理屈だ。
「だが何にせよ、姉上は我の初めてでは無い」
「ええええ!?」
我の言葉を聞き、姉上は大袈裟に驚きベッドで仰向けになった。
「まっ! メッシュくんったら~、じゃあ初めての相手は誰!? 誰なの~!?」
「昔、祖母殿が言っていたのだが──」
『ずきゅうううん! 孫の初めての口吸いを奪ったのは妾じゃー!』
「──と。我が赤ん坊の頃、ビー玉を誤って飲み込んでしまったので口を吸って取り出したらしい。もちろん我の記憶にはないのだが」
「って、それキスじゃなくて人命救助~。それに赤ちゃんにチューするのは話が違うわよ~」
「そうなのか。違いがあまり分からぬ」
「そもそも肉親はノーカン。ノーカンよ~!」
「ならば姉上もノーカンだろう……しかしなるほど。肉親以外か」
もはや、何の話をしていたのか分からなくなってきたが……
とりあえず我は記憶を辿ってみた。
「あれは確か、我が魔王になってすぐだったな」
「あっ待って! 言わないでメッシュくん! お姉ちゃんは心が弱いから、弟の性経験談なんて聞いたらショックで泣いちゃうの~! ああっていうかもう今の段階で胸が痛いわ! 過呼吸になる! 過呼吸になる~! お胸トントンして~!」
「分かった」
「ぅげごほっ! もっと優しく触って欲しいの~!」
そして我はしばらく、姉上の呼吸が元に戻るまで胸と背中をさすり続けた。
「ううぅ……ありがとうメッシュくん。すき……あっそうそう。話は変わるけど、来週は年一回の兄弟会食よ~。覚えてる?」
「むっ……もうそんな季節か」
またもや急な話題変換。
年一の兄弟会食とは、我の兄弟姉妹が集まり会食をする……という名前そのままの会合である。
父上存命時から続いている家族行事だ。
当の我々兄弟よりも、むしろその側近や大臣たちの方が気合を入れている行事だ。
なにしろ王族の会食。場所セッティングや料理人の用意など企画を任された者は、上手くいけば出世が早まる。
「ちゃんと予定開けておかないと、お偉いさん達に怒られちゃうわよ~」
「そうだな。危ない所であった……教えてくれて感謝するぞ姉上」
「じゃあメッシュくんの心臓食べていい?」
「それは駄目だ」
「なんで~!?」
姉上は再び大袈裟なリアクションをし、ベッドへ仰向けに倒れた。
しかし会食か。
「ネア姉上やマートとは今でもよく会っているが、他の弟妹と会うのは久しぶりだ。魔王をやめて以来になる……特に弟は、異界侵略で忙しいからな」
◇
「あー、私が選んだ服着てますねー。ふふー。おはようございまーす」
召喚斡旋所に到着すると、鑑定係が我のゴシックファッション姿を見て楽しそうに挨拶した。
我も「おはよう」と返す。
「でー、今発生中のお仕事なんですけどー。とりあえずB級案件くらいですねー」
鑑定係は帳簿をパラパラとめくりながら言った。
この帳簿には、現在異界で詠唱中の召喚魔方陣がリストアップされている。
「……あーっ」
突然、鑑定係が声を上げた。
「どうした?」
「えっとですねー。『特別な魔方陣』が光ってまーす」
「特別?」
「はーい。普通の魔方陣は『異界で誰かが召喚魔法を唱えれば』帳簿に現れるんですけどー。でもこの特別な魔方陣は、昨日からずっと描かれっぱなしでー」
鑑定係は帳簿の最終ページを我に見せた。
他の魔方陣より複雑な紋様が、銀色の光を発している。
「これはお父さ……ええと、所長が昨日マートシュガロイオン魔王陛下からお預かりした、特別な召喚魔方陣らしーですよー」
「マートからだと?」
我の弟であり妹である、現魔王のマート。
一体どのような目的で魔方陣などを預けたのだろうか。
「所長はー、『もしこの魔方陣が光ったら、すぐにメシュトロイオン先王陛下へお伝えし、召喚なされるよう手配しなさい。間違えても陛下以外の召喚獣には使わせないように』って言ってましたー」
「つまり我専用と言うことか」
我専用、という言葉の響きは嫌いではない。
が。マートがわざわざ用意したという事は、あまり楽な仕事ではないのだろう。
「じゃあさっそく召喚されちゃいますー? 早くしないと消えちゃうかもだしー」
「そうだな。頼む」
我は一抹の不安を抱えながらも、魔方陣の中へと旅立った。
◇
そうしてやってきた『特別』な世界。
いつものように高笑いしながら召喚術師の前へ飛び出そうか……とも考えたが……なにしろマートの紹介だ。
用心深い我は、魔方陣の出口手前で立ち止まり様子を伺うことにした。
二人の男がいる。
薄暗くてよく顔が見えぬが、若い男と歳老いた男のようだ。
召喚魔法を唱えたのは若い方か。
老人が喋っている。
「さてさて殿下。マートシュガロイオン魔王陛下からの贈り物とは、一体どのような物でしょうなあ。まさか、ただのレンタル召喚獣ではありますまい。ワシ達にはそんなもの不要ですからなあ……思うに、何かこう特別な武器や魔獣が送られ、侵略の計画を手伝い──」
「…………ゎ」
「はい? ええと……ああ、えっと……? こほん。それにしても既に召喚魔法を唱え終わったのに、来るのが遅いですなあ」
……なんと。
声を聞き、我は驚いた。
薄暗さに目が慣れると、二人の顔も確認できた。
二人とも、我の知り合いだ。
我は様子伺いを中断し、そのまま普通に召喚されることにした。
昏き闇の波動と共に、魔方陣から現れる。
さて、最初の一声はどうすべきか。
相手は知り合いだ。「こんにちは」とか「久しぶり~」などと言うのが良いだろうか。
それとも「我こそは召喚獣なり!」と、今の立場を貫くのが良いだろうか。
難しい。というか何だか気恥ずかしい。
とりあえず高笑いをするのはやめておこう。
「……呼んだか」
結局、無難な言葉に落ち着いた。
だが何を言っても、あまり変わらなかったかもしれない。
相手にとっても、召喚魔方陣から我が出てくるというのは想定外だったらしく、
「め、メシュトロイオン先王陛下!? お、驚きましたぞ……何故、どうして召喚魔方陣から!?」
と老人が驚き、目を真ん丸にしているからだ。
この老人は、我が魔王であった頃の部下だ。
魔界の古株。初代魔王の時代から仕えている大貴族。
魔界で最大の産業である『異界侵略』の将軍。
王族に次ぐ立場を有する、国の重要人物である。
そして将軍は、我が『魔王を辞めた』ことは知っているが、その後『レンタル召喚獣に就いた』ことまでは知らなかったらしい。
侵略のためずっと異界へ出張していたからな。
我は今の職業について、およびこの場に召喚された経緯について簡単に説明した。
「いやはや、いやはや……まさか先王陛下がレンタル召喚事業に。低収益事業見直しのための采配でしょうかな?」
将軍はうんうんと頷いている。
そしてその将軍の隣にいる男。
我より少しだけ背が低い。長い赤髪を後ろ手に纏めている。
こやつが今回の召喚術師。
もちろん我の関係者である。
「…………」
召喚術師は、黙って我をまじまじと見ながら、首を小さく傾げている。
「まさか、お前が召喚するとは思っていなかったぞ」
我がそう言うと、召喚術師は無言のまま二回頷いだ。おそらく「自分も思わなかった」という意味の表現なのだろう。
こやつは、言葉をあまり喋らないのだ。
と言っても別に不愛想なわけではない。
「久しぶりだなノーザ」
我が挨拶すると、召喚術師『ノーザ』はもう一度頷き、ぼそりと答えた。
「…………ぁぁ。兄……上……」
そして顔面を真っ赤に染めた。
ノーザは、己の声を誰かに聞かれるのが苦手なのである。たとえ兄である我が相手でも。
要するに、凄まじい恥ずかしがり屋の弟だ。




