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片隅の天使  作者: mizuho
番外編
38/38

3年後のきみへ~変わらないもの~

 階段を降りると、ひんやりとした空気に思わず身震いする。いつにも増してしんと静かな館内を歩く足音がやけに響いた。


 リゼがいるとしたら、きっと一般開放エリアの読書スペースだろう。

 様々な種類の椅子やソファ、テーブルが並び、統一感はあまりないがどこか落ち着く場所だった。シイナもその雰囲気を好み、よくそこへ行く。最も、シイナの場合は惰眠を貪る為の場所なのだが、最近ではリゼも一緒についてきて、お気に入りの椅子で本を読むのだ。

 会話はなくとも、お互いの気配を傍に感じながら静かに流れるその時間が心地よかった。


 それでいいと思っていた。けれど──


 少しだけ変わり始めた何かが、全て変えてしまうのではないかと、不安になる。


「確かに、覚悟が出来ていないのは俺自身か……」


 自嘲気味に呟いた視線の先に、リゼを見つけた。


 天井付近まで縦長に伸びた大きな一枚窓の側、深緑色のゆったりとしたソファに座り、ストールを膝掛け代わりにして、淡く差し込む光の中でゆっくりとページをめくる姿を。

 本を読むのに邪魔にならないよう、長いプラチナブロンドの髪をサイドで一つにまとめ、伏せられた長いまつげの奥に見える透き通る青が、文字をなぞっていく。


 白い指先が次のページをめくろうとして、ふと気配に気付き、リゼが顔を上げた。

 シイナの姿を見つけると、口元だけでふわりと笑う。

 鼻先が少し赤い。ミクラスが暖房をつけてくれたとはいえ、広い館内が暖まるには時間がかかる。

 シイナはつかつかとリゼの前までくると、手にした膝掛けを広げ、包むようにリゼに巻き付けた。

 くすぐったそうに笑って、リゼが「ありがとう」と言った。

 ふいに胸の奥が熱くなった気がしたが、気付かないふりをして、シイナはリゼの側にある別のソファに座り、ちょうどいい位置にある机の上に朝食の入ったかごを置いた。


「朝食、とっていないんだろう? ミクラスが心配してる」


 シイナの言葉に困り顔で笑い、かごをのぞき込み「美味しそう」とリゼが言った。

 まだほんのりと温かいクロワッサンを手に取り、小さな口でかぶりつく。


「──おいし」


 サクリ、サクリと美味しそうな音を立て、クロワッサンを食べるリゼの姿を、頬杖をつきながらぼんやりと眺めていると、リゼの動きがぴたりと止まる。


「あの、食べてるところあんまり見ないで?」


 うつむき気味にそう言われ、そうゆうものかと思いながらシイナは頬杖を外すと、肘掛けを枕にソファに寝転んだ。

 眼鏡を外し、胸のポケットへ差し込むと、目をつぶった。瞼の向こう側の明るい日差しが、目を閉じていても赤く見える。

 

 軽く朝食を食べ終えたリゼが、再び本をめくる音が聞こえた。

 静かで心地良い、いつもの音、いつもの風景。

 

 ふと、すぐ側で気配を感じて薄く目を開き、ため息交じりにシイナが口を開いた。


「俺にかけたら意味がないだろ」


 自分に巻かれていた膝掛けを、そっとシイナにかけようとしたところで、見つかってしまったというようにリゼが唇を噛む。


「風邪ひいちゃうから……」


 まったくと、シイナは上半身を起こすと、冷えたリゼの手を引いた。

 手を引かれたリゼが、シイナのソファの空いているスペースにすとんと座ると、その手から膝掛けを取り上げ、もう一度ぐるりとリゼの身体に巻いた。


「俺はいいんだよ。お前が風邪をひいたら──」


 ひいたらなに? という視線とぶつかる。


「いや、なんでもない──」


 天使の力を持つものは、その力ゆえに命が短いという。

 徐々に弱っていくのだろうか、ある日突然なのだろうか。

 今はまだ、その予兆を感じずとも、風邪などひいて、急に弱ったりしたら──


「シイナ?」


 急に黙ったシイナの顔を、心配そうに青い瞳が覗き込む。


「……お前が風邪をひいたら、ミクラスが大変そうだな」

 

 逸らすようにそう言っても、それが通じない相手なのは分かっている。青い瞳が見定めるようにじっとシイナを見つめ、やがてふっと緩められた。


「シイナ、私はこれ以上を望まない」


 その言葉の意味を考えながら、シイナは眉根を寄せる。


「いいの。何もいらないの。ただこうして傍にいる事を許してもらえただけで、それだけで充分。だけど──」


 シイナへ身体を向けると、リゼは背筋を伸ばした。


「それがシイナを苦しめるなら、離れる事を、選んでも、いい……」


 言いながら、だんだんと俯いて小さくなっていくリゼへ、無意識に手が伸びる。

 少し冷たい頬に触れると、潤んだ青い瞳が見上げてくる。


 またやってしまったと、シイナは心の中で舌打ちをする。

 いつだって、リゼに言わせるつもりのなかった言葉を言わせてしまってから気付くのだ。

 リリーを亡くしたあの時も、今も。

 深く息を吐きながら、冷たい頬を暖めるように手の平で包み込む。


「残念ながら見当違いだ、リゼ」


 不思議そうに青い瞳が瞬きをすると、綺麗な雫が頬をつたう。


 すぐに泣くのだ、この少女は。雲一つ無い、澄んだ青空のような瞳にはいつも突然の雨が降る。嬉しくても、悲しくても。


──なら、どうすればいい。


 思いながら、両手で包み込んだ小さな存在に顔を寄せる。

 引き寄せられるように、涙で濡れたその瞼へ唇を落とすと、すぐ間近で青い瞳が見えた。そのまま涙がつたった頬にも同じように唇を寄せる。わずかにしょっぱい味がした。

 顔を離し覗き込むと、きょとんとした顔のリゼがぼんやりとシイナを見つめる。

 しばらくすると、状況を理解したリゼの顔が急激に赤くなる。


「へ、えっと……あの──」


 珍しく取り乱した様子で、あたふたとするリゼを見て、堪えきれずにシイナが小さく吹き出した。

 声にならない声をあげながら、抗議の視線を向けてくるリゼを見て、シイナが軽く咳払いをする。


「そういうことだ」


 シイナの言葉に、リゼは拗ねたようにふいと視線を窓の外へ向ける。


「……どういうこと?」


 苦笑しながらリゼの横顔を見つめるが、視線は戻ってこない。ただその頬と耳は赤いまま。


「リゼ、お前どうして迎えを待たずに帰ってきたんだ?」


 仕方なく、同じように窓の外を眺めながら気になっていた事を口にしてみる。

 しばし沈黙の後、リゼがこちらを向く気配がして、シイナもリゼを見た。


「……初めてだったから」

「何がだ」

「シイナがいない夜が、初めてだったから。だから──」


 逢いたかったのだ。少しでも早く。


 ああ、そうか──とシイナは一人納得する。

 リゼは出会った時から何一つブレていない。

 大事にしようと思うあまり、逆に傷付けていたかもしれない。


──いや、少し違うか。

 

 失う事にこんなにも恐れを抱くほど、大事な存在になっていたのだ。自分でも気付かないうちに。


「リゼ」

 呼びかけて、手を差し出す。

「おいで」


 ゆっくりと瞬きを繰り返し、差し出された手とシイナの顔を交互に見た後、戸惑いがちにリゼがその手に自身の手を重ねる。

 重ねられた手を握り、そっと引き寄せると、華奢な身体を腕の中に閉じ込めた。


「何を悩む必要があったのか……」

 ぽつりと呟くと、腕の中でリゼがもぞもぞと身をよじる。

「シイナ?」

 

 耳元にかかる息がくすぐったくて愛しくて、抱きしめる腕に力が入る。


「ここにいるのにな」

「うん……?」

「お前は、今ちゃんとここにいるのにな」

 

 なくした先を考えすぎて、今が見えていなかった。

 ミクラスの言うとおり、誰もが同じなのに。

 それが少しばかり早いか、遅いかの違い。

 リゼがシイナの背中に手を回すと、さするようにゆっくりと手を上下させた。


「……いるよ。ここにちゃんといる」

 三年前のあの日のように、なだめるような仕草と、穏やかに発せられた言葉に笑みがこぼれる。

「どちらが子供か分からないな」

 ふふっとリゼが小さく笑う。


 静かで、穏やかで、心地よいこの時間がずっと続けばいいと思う。

 できるだけ長く、長く──。


 もうすぐ、四度目の春が来る。


今度こそ終わりです。

次の新しい物語でもお会いできることを願って……

お読み頂きありがとうございました!!

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