水面に生ずる波紋の如く その弐
「あああああああ!!!!」
陰陽寮大浴場(女湯)に甲高い大絶叫が鳴り響く。
「ああああああああ!!!!」
声の主は、悲鳴を上げながら浴場内を駆けまわる。
「待ちなさぁーい!!」
それを追う一人の少女、神無月夏美は、逃げる少年、安倍晶彦を洗う為に風呂場へやって来て、服を脱がせる事に成功したものの逃げようとした為についうっかり晶彦を浴場内へ放り投げてしまい、仕方なく捕まえようとするがすばしっこく、時折風呂の御湯で水飛沫や水柱等を術をもって生み出し抵抗している為、中々捕まえる事が出来ずに居た。
「いい加減観念なさい!!」
「ヤダぁあ!!」
五分ほど追いかけっこを繰り広げていた両名であったが、徐々に夏美が晶彦の逃げ道を奪うように追いかけていた為、遂に追い詰める事に成功した。
追い詰められた晶彦は、「フシャー!」とまるで猫が威嚇して居るかのように最後の抵抗を試みるも直ぐに夏美に捕縛術を施されそのまま引きずられドナドナされていく。
それを胸元から股にかけてタオルで隠すようにしながら眺める神童鈴蘭と竜ヶ峰颯の二人はシャワーで軽く汗を流しタオルで身体を洗いながら会話を始めた。
「何であの子は、あんなにお風呂に入るんが嫌なん?」
「さぁ~?私も詳しく知らないですけど?何でなんだろう?」
颯の問いに鈴蘭は記憶を手繰ってみたものの思い当たる事が無かったので自らも小首を傾げる。
神童家と安部家は大昔に陰陽寮が設立初期からの付き合いだとかで現代でも家同士(主に兄達)でなんやかんや付き合いもあり鈴蘭と同年代である晶彦とは物心ついた頃からの幼馴染に近い間柄であるが、それでもお互いに知らない事はまだまだ沢山あるので何でも知って居る訳では無いのだ。
「全く、手間かけさせるんじゃないの!」
「ウ゛ゥゥゥゥゥゥゥ!」
縛られた状態で洗い場で文句を言いながら甲斐甲斐しく晶彦の頭を洗う夏美に対し犬が威嚇する時の様な唸り声を上げる晶彦を見て颯と鈴蘭は二人揃って小犬かよとツッコミをいれそうになってしまうがそれをぐっと飲みこんでシャワーで汗を流しつつ他愛の無い会話を繰り広げる。
颯は自覚がないようではあるが、彼女自身も大分この陰陽寮に馴染んで来ているようである事にこの場にいる颯以外の全員がホッと胸を撫で下ろす気持ちと僅かばかりの同情が入り混じった複雑な気持ちでいるのであった。
◆ ◆ ◆
さて、颯達が入浴しているちょうどその頃、女湯の壁の向こう側で一人の男性が偶々開いていた穴を覗き込んでいた。
「おっほっほぉ~。いやはや、絶景じゃのう♪」
男の名は安倍清隆。安倍兄弟の祖父にして此処、陰陽寮のトップに君臨する稀代の大陰陽師と世間からは呼ばれているが、蓋を開けてみれば只のエロ爺である。
隆浩が問題児化してしまったのは確実にこの祖父の影響が強いのは言うまでも無い。
清隆が鼻の下をだらしなく伸ばしながら、壁の向こうに広がる桃源郷を堪能していると、彼の後ろに一つの気配が降り立った。
「此処で何をしているのですか?」
彼の背後をとった気配の正体は、安倍家に代々伝わる式神、十二神将の天后であった。
淡い水色の長い髪と同じ色の瞳、すらりと伸びた手足は白魚の如くその姿はどれ程の言葉を飾ろうとその美しさを表現することは叶わぬほどの美貌を持つ彼女であったが、その体からどす黒いオーラが立ち上っているのだがそれとは対極的な笑顔を張り付けつつ天后は眼前で阿呆な事を行っている愚か者に声をかける。
「おぉ、天后か。何か用か?」
「何か用かではありません!私の質問に答えてください!!」
「これ!大声を出す出ない!バレたらどうするんじゃ!!」
「私が此処に居る時点で既に除きはバレているんですけども!!」
「おぉ天后や、儂の頭がミシミシ言うておるんじゃが、あ、ごめんなさい、段々余裕が無くなってきてる。これ以上やられると潰れる!潰れる!トマトみたいにくちゃっていく!」
声を掛けられた清隆は振り返ることもせず返答していたがそんな彼の態度に天后は右手で清隆の頭を鷲掴みにしゆっくりと力を込めていく。
徐々に締め付けられる頭部の痛みに初めは余裕を見せていた清隆であったが締め付けが強くなるにつれ手のひらを反すように態度を変える。
「もうすぐ会議がありますのでお早く」
「痛い痛い痛い!締まる!しまる!というか潰れる!いったん離してくれんか!?聞いてる!?ちょっと天后さん聞いてます!?」
頭を掴まれたまま引きずられるように連行される清隆の悲痛な叫びは幸いな事に壁の向こうで入浴中の夏美達の耳には聞こえなかったのであった。
◆ ◆ ◆
さて、陰陽寮で清隆が式神にドナドナされている事等全く知らない実の孫である隆浩はというと―――。
「ふむ、白か」
今は敵対している同世代の少女達、月島沙月と日向寺陽両名のフリフリのメイド服のスカートを盛大に捲りあげていた。
「絶景かな絶景かゴフッ」
大真面目に阿呆な事をやらかしている馬鹿に対し沙月の持つ鎌形魔武器の三日月丸の鎌が振るわれ、隆浩の首を斬り飛ばす。
けれども其処には斬り飛ばした首も胴も無く斬られた筈の隆浩は、初めに対峙していた場所に何事も無かったかのように平然と佇んでいた。
「パンツ見られたぐらいで行き成り首飛ばすとかいくら操られていても酷いんじゃないかな!?」
いけしゃぁしゃぁと自分の首を斬り飛ばした相手に対し苦情までのたまう余裕ぶりを見せる始末。
どういう手品かは知らないが攻撃をもろに受けても瞬きの間に何事も無かったかのように傷一つない状態で現れる隆浩に操られている沙月達であったが各々武器を構え警戒心をより強くする。
「まったく、リアクションの一つも無いと独り言をしゃべってるみたいじゃないか」
そんな呑気なことを言いつつ隆浩は両手で素早く印を結び術を発動させる術式を構築する。
隆浩が印を結び始めた直後、その意図を察知した沙月と陽の両名は攻撃を仕掛けるが一足遅く、二人の攻撃が届く前に隆浩は術を繰り出す。
「水術!水砲弾!!」
「「きゃぁ!!」」
二人は隆浩が繰り出した直径二メートル程の大きさの高水圧の水の塊を“背後から諸に受け”、頭の先からつま先まで全身ずぶ濡れに成り体勢を崩してしまう。
二人は始め何が起きたのか解らず、とっさに背後を見るとそこには、二人に術を放った張本人である隆浩が佇んていた。
そう、どう言う絡繰りかは分からぬが、沙月と陽の前後には隆浩がそれぞれ佇んでいて同一人物が二人いる状態が目の前に繰り広げられていたのだ。
「いったい何時から?って顔しているな。答えは、初めッからだよ」
隆浩が二人いるその答えを示すように初手で使用した物と同じ呪符と筒状の物を懐から取り出しそれを自らの近くへと放る。
すると筒状の物から蛇の胴体に狐の頭と前足を持つ妖怪管狐がにょろんと飛び出し、一緒に放られた呪符が光り、管狐の姿を隆浩へと変えてしまった。
「式である管狐を召喚し変化させつつ摩利支天の真言で姿を消す隠形の術を同時に発動。火術の大魔炎弾で牽制しつつお前達の視界を遮った時に、変化した管狐とすり替わってたって寸法さ。そして、此れで詰みだ」
隆浩が手の内の説明を終えた瞬間、沙月と陽の足元に五芒星の陣が出現し五つの頂点から鎖が伸び瞬く間に二人を縛り上げ拘束する。
二人を拘束したこの術も隆浩が式と入れ替わる前につま先で仕込んだものであった。
「式神憑依、玄武!」
拘束されている二人をよそに隆浩は、左腕を真横に伸ばし自身の左腕に自信が使役する十二神将の玄武を憑依させる。
通常、憑依とは自身の体内に神、悪魔、妖怪、精霊、幽霊etc.それらの霊体を取り込み、その力を行使するというものであるが、その霊体が持つエネルギーが肉体の許容量を超えている場合や術者との相性によっては、無理に体内に押し留めようとすると肉体や精神が崩壊する危険性がある為、長時間の行使や高位の霊格をその身に宿そう等と考える馬鹿は、中々居なかったが、隆浩は幼い頃、一真と千歳を含めた同年代の男女十人で遊んでいた時、陰陽寮の蔵の奥深くで埃を被っていた一冊の本、安倍晴明直筆の秘術書とも言われる占事略決を偶然見つけ其処に書かれていた文字を当時一緒に遊んでいた者達で読み解いてしまい憑依術を始めとした秘術を会得してしまったのだ。
そして、その秘術書の発見がきっかけと成り、現代の陰陽寮では、神仏や動植物霊や精霊等を自身の体内に憑依させる【汎用式】の他に、その身を触媒に防具や鎧の様に纏う様に憑依する【甲縛式】、武器や道具といったアイテムに憑依させる【具装式】、そして、禁術指定されている【逆式】と大間かに分けて四パターンの憑依術のうち、最低でも禁術以外で一つは会得する事が出世や昇進の近道と化している。
そして、隆浩は甲縛式と具装式を得意としており、三つの中でも霊力の消費が激しく、肉体に多大な負荷の掛かる甲縛式を高火力広域範囲攻撃が出来るという理由で好んで用いるのである。
「霊装憑依術、破邪ノ甲弓!!」
隆浩が行使した甲縛式憑依術。それは、体から溢れ出る憑依させた霊体が持つエネルギーを体内では無く、体表面で衣服や鎧のように纏いその力を行使するというものである。
此れにより術者への肉体的負荷は増大した代わりに精神的負荷は無くなり、更に条件が揃えば複数同時の憑依も可能だ。
隆浩の左腕に憑依させた玄武の霊力が溢れ出し流体であったそれは形を変化させ、やがて亀の甲羅を形成、手首から手の甲に掛けては亀の頭部、そして肘から肩に掛けて蛇が巻き付き手首よりやや下辺りには弓が備わっている。
隆浩は弓に張られている弦に自身の霊力を矢に変え宛がう。
そのまま弦を引き絞り狙いを定める。
「神聖なる水の波涛よ、闇を打ち払い浄化せよ!!」
祝詞を唱え更に霊力を高め玄武が持つ水の属性を有する霊力と矢を形作る自身の霊力と混ぜ合わせる。隆浩は拘束されている二人目掛けて水の属性が付与された霊矢を放つ。
放たれた矢は吸い込まれる様に二人の元へ飛んで行き当たる瞬間に矢を形作っていた霊力が爆ぜて轟音と衝撃波が辺り一帯に吹き荒れる。
立ち上る黒い爆煙の中では、拘束されたままの陽と沙月が意識を刈り取られ昏倒していた。
「まったく、手こずらせやがって………」
隆浩は、暫し様子を伺い二人の意識が無い事を確認した後、やれやれと溜息を吐きながら肩をすくめる。
だが、二人が纏っていたメイド服が黒ずんだ紫色へと変化しドロドロとした半液状のスライムの様な物へと変わり拘束状態にある二人を飲み込もうとし始めた。
「チッ!!禁!!」
その光景を目の当たりにしていた隆浩は、舌打ちをしつつ、素早く右手で刀印を結び二人を飲み込もうとしていたスライムの動きを言霊を放ち封じる。
「散れッ!!」
スライムの動きを封じた隆浩は、裂帛の気合と共に右手の刀印を横一文字に振るい、二人の体からスライムを引き剥がす為に木端微塵に散らせる。
「災厄より彼の者を護り給え。護法!参天結守!!」
辺り一帯に飛び散ったスライムの破片であったが、ゆっくりと近くの破片同士がくっ付き合い再び集結し始めようとする様を見た隆浩は、手早く両手で印を結び、意識の無い沙月と陽を囲むように三角錐型の結界を張る。
尚、結界を張る前に彼女達が着ていたメイド服はスライムへと変わってしまったので二人は一糸纏わぬ姿となってしまって居る為、懐から護符を二枚取り出し、二人に投げつけ二人を包む様に毛布へと変えている。
「本当は、もう少し見ていたかったし、カメラに永久保存したかったが、敵の手に落ちて更に手強くなってめんどくさくなる展開しか想像できない故に、仕方なくスライムを引き剥がしたが………マジで全くもって残念でしょうがないけどR18コースは回避は、出来たが………さてさて、どうしましょうかねぇ」
結界を張り終える頃には既に散り散りに成っていたスライムが集結し合って直径1メートルサイズのスライム、十五体に包囲されていた。
◆ ◆ ◆
隆浩がスライムに包囲される少し前、隆浩達から遠く離れた森の奥深くにフード付きの真っ黒なローブを纏った一人の男が戦いの様子を覗っていた。
「ほう、あの者達を難無く無力化してしまうとは、陰陽寮にも腕の立つ者が居るようですね?」
男はとても楽しそうに笑いながら、隆浩の戦いぶりを観察する様に眺め見る。
「ふむ、私の研究施設も兼ねていたあの村を、嗅ぎまわっていたネズミ達でしたが、生け捕りにするのは骨が折れました。が、その分楽しめました。あれらを餌に、更に研究素体の為に狩ろうと思っていましたが欲張りすぎましたかね?新しく来たあの者は、どうやら私の特性スライムでは掠り傷一つ付けられないようですね。仕方ありません、少々名残惜しいですが見つかる前に退散する事にしましょう。此処では色々と面白い研究が出来ましたがこうなってしまっては潮時かもしれませんからね」
男はそう言いつつ自身の足元に魔方陣を展開しそこからこの国に生息していない亜竜種と呼ばれる魔獣を召喚する。
「では最後に此れを置き土産として受け取っていただきましょう!!!」
男の術によって召喚された亜竜は、頭が二つ有る個体、通称【双頭竜】が一体召喚される。鰐や蜥蜴に姿形は似ているが、長く発達した前足に被膜が備わっていて翼のような形になっている。
尻尾の先から頭部まで凡そ15メートル弱有り、長い尾には、無数の棘が備わっている。
召喚した双頭竜は、男が手を振るったのを合図に走り出しそれを見送った後、男は足元に再び魔方陣を展開し魔方陣が消えると男の姿は何処かへ消えているのであった。
◆ ◆ ◆
「スライムって某ゲームとかでは最弱モンスターって話だが基本的に斬撃、打撃は効果無いんだよな~。ってかそれやったら増えるからその手は使えないのに何処が最弱なんだろう?核とかコアとか心臓だか脳に似たような結晶体が在るって昔資料で見た気がするが…まぁ、燃やすか凍らすかするのが倒す際の常套手段で手っ取り早いが…ん!?」
隆浩は一瞬だけ森の奥から感じた気配に僅かばかりスライムから意識をそらす。
けれどもその一瞬の隙にタイミング良くスライムが攻撃を仕掛けてくる。隆浩は咄嗟に回避するも左脇腹を掠めてしまう。
服は焦げて皮膚も熱せられた金属を押し付けられたかの様な熱さが隆浩を襲い、顔を顰める。
「ちぃっ!」
追撃してきたスライムの攻撃を捌き、一旦距離をとって体勢を立て直した隆浩は苛立たし気に左拳を地面に向け高圧の水を放出しその反動を利用し上空へと飛び上る。
およそ20メートル程飛び上った所で隆浩は更に上空へ向け左拳を向け弦を引き上空へ向かって矢を放つ。
「必殺!無差別な破魔の豪雨!!!」
隆浩が放った矢が雲を超えた辺りで半径五百メートルにも及ぶ巨大な魔方陣を形成しそこから青黒い光が雨の如く幾重にも亘って地面へと降り始めその光によってスライム達を射貫きその命を無差別に奪い取っていく。
この時、攻撃範囲内に光と沙月も当然の事ながら入っているが事前に張ってい居た結界によって難を逃れている。
術を放ってから約三分後に漸く術の効力が切れ攻撃が止んだ頃にはスライムは跡形も無く消し飛び消滅させられていた。序でに地面に巨大なクレーターが無数に出来ており若干地形を変えている。
「流石にもう新手は出て来ないだろう。つか出て来ないで下さい!お願いしますマジで」
地面に着地した隆浩は盛大に溜息を吐きつつ、誰に対して言っているのかは不明だが、隆浩がそんな事を呟いていると森の奥から全長数15メートルは在る双頭竜が飛び出して来た。
(さっき感じた気配は、この亜竜種か?なんか違うような気もするが取り敢えず、こいつは駆除しなくてはならないからな。少々きついが、アレをやるか)
隆浩は大きく息を吸って意識と自身が持つ霊力を玄武を憑依させている左腕へと集中させる。
注ぎ込まれる霊力の量が増えた為、破邪ノ甲弓はその形状を徐々に変えていく。
海亀の様な滑らかな甲羅から鋸の刃のようなギザギザの鋭い突起物が備わり腕に巻き付いていた蛇も更に大きくなっただけではなく、その数を六つに増やし隆浩の腰に巻き付き左右三対に分かれるようにその鎌首を上げ亜竜達を威嚇する。
「甲縛式、霊装憑依術。破邪ノ甲弓、第二形態…蛇尾羅!!」
「Gyaaaaaaa!!」
隆浩は迫り来る亜竜の右頭部の噛み付きを竜の右側面へ躱しすれ違いざまに左裏拳を右の頭部へ叩きこむが亜竜が反射的に振るった尻尾が隆浩を襲う。
尻尾が直撃する瞬間、六つに増やした蛇で自身を球体状に絡め合わせ衝撃を緩和させるが、盛大に吹き飛ばされて偶々あった大岩に叩き付けられてしまう。
「いつつ……結構キツイな…!」
最小限までダメージを和らげた隆浩であったが蛇尾羅を発動してから未だ二分も経過していないにも拘らず既に息が上がり始めている。
それもその筈、十二神将クラスの霊格を持つ式神を憑依させるだけで常人であれば五分と持たず霊力を使い果たし意識を失う事になるので、普段は出力を抑えたり、大技も止めを刺す時位にしか使っていないのだが、今回の様に出力を上げてしまうと、膨大な霊力を有している隆浩でさえ最長で15分程しかその状態を維持しての戦闘が出来ないのだ。
その為、現在隆浩は、蛇尾羅を発動させているだけで物凄い勢いで霊力を無駄に消費している状態なのだ。
「てか、すっげぇ今更だけど、おいらって水術苦手なんだよなぁ…」
そういいながら隆浩は懐から人型の呪符を二枚取り出し分身を生み出す。
二体の分身が亜竜を足止めしている間に、剛から譲り受けた回復薬を飲み霊力の補充を行う。
「一番被害が少ないから使ってみたけどやっぱり相性が悪いせいか無駄に消費する。これなら騰蛇と憑依していたほうが幾分ましではあるんだよな。」
≪タカやん、まだ終わらんのかにゃぁ~?≫
隆浩が一人愚痴を溢していると頭の中に直接声が響き渡る。
剛が隆浩に対して念話を行ったのだ。
「あ、タケちゃん?避難してたんじゃなかったの?まぁそれはいいや。それより聞いてくださいよ~。一応、二人は気絶させて大人しくできたは良いんだけどよ、なんかでかい竜種が森から飛び出してきてな、それで赫々云々」
≪…………タカやん〝騰蛇”使うんなら回復してきたから俺っちが援護するぜぃ?≫
「いや流石に騰蛇は使わないさ。今回は玄武で充分だと思うよ。てか、援護するって言ってもタケちゃんの使える術じゃこいつの鱗を貫通でき無いんじゃ…あぁ、でも式神が居たか」
≪そうそう俺っちは無理だけど式神は…って何言わせんねん。てかタカやん、俺っちの戦闘スタイルをタカやんと一緒にすんな≫
「悪い悪い。でも大丈夫だよ。次で終わらすから」
≪………ちなみに効果範囲は?≫
「おいら中心に半径二キロは水没」
≪よし、避難するから二分待て!まだ一キロしか離れてねぇ!つか未だ射程圏内だったのかよ!?≫
「いや、結界張ってくれれば大丈夫だと思うよ…多分」
≪多分って…はぁ、しゃぁない。結界張るだけなら三十秒待ってろ≫
「了解した」
軽口を叩きつつ亜竜を牽制する隆浩は念話をしている間に跳びかかって来た亜竜の腹の下へ潜り込み腰の捻りを加えながら左の拳を突き上げるように振り抜く。
下から突き上げられた亜竜は、数メートル程浮かびいつの間にか上空へ先回りしていた隆浩が操る六つの蛇に絡め捕られ地面へ叩き付けられる。
剛が結界を張る為、念話を切った時には双頭の亜竜の片方の頭部から大量の血が流れ虫の息となっていた。
「さて、こっちも準備するか」
隆浩は亜竜の息の根を止める為の術を放つべく、両手で印を結び術式を組んでいく。
それを阻止するかの様に亜竜が隆浩へ襲い掛かろうとするが隆浩から伸びる六つの大蛇に阻まれ術式の構築を許してしまう。
ちょうど隆浩が術式を組み終わる頃には隆浩と亜竜を囲むように半径五百メートル程の範囲を半球状の結界が覆う。
恐らく剛が張った結界だろう。
「水術、大水牢球!!」
結界が張られた事を確認するや否や隆浩は六つの蛇のそれぞれの口から膨大な水を吐き出していく。
吐き出される水は瞬く間に濁流を生み出し亜竜を飲み込んでいく。
張り巡らされた結界と同じ広さ、水深50メートルの半球状の水の塊が出来上がった。
濁流に飲み込まれた亜竜であったが、結界によって遠くまで流される事は無かったものの、結界という壁に叩き付けられ数千トンにも及ぶ濁流の水圧によって押しつぶされ飲み込まれてしまう。
普通の生き物であれば、この時点で圧殺されているか溺れ死んでいる筈であるが、如何せん無駄に丈夫で頑丈で生命力の高い亜竜は此れ位じゃあ死ねなかった。
亜竜は、前足に備わっている翼膜を広げ体を捻り高速で回転し始めると隆浩目掛けて突進し始める。
(ちぃ!水術!波流壁)
自身も水の中に没した隆浩は両の掌を合わせ防御の為の術を放つ。自身の周りにある水を操り渦状の壁を形成するもまるで紙切れの様に突破される。
だが、簡単に突破はされはしたが、僅かに軌道をずらし直撃を避ける事に成功したが縦横無尽に突進してくる亜竜に防戦一方に陥る隆浩は、少しばかり焦っていた。
(アイツ、意外と水中で動けんのな!?この術で溺れ死ぬかと思ったけど死なねぇし………やばい、おいら泳げないのにこの状況はヤバい。自分の術で溺れるとかちょっと阿呆過ぎて笑えねぇ!)
亜竜の攻撃を防ぎつつ、隆浩は現状を打破しようと思考を廻らす。一番簡単なのは、術を解いてこの水の塊となった物を辺り一面にぶちまける方法だが術の名が示す通り、この術は無駄にでかい檻の役割を担っているのだ。
下手に術を解いて万が一、仕留めそこなって逃げられでもしたら目も当てられない。
そんな事になる位ならばと隆浩は自滅に近いが不利な状況でも敵を倒す方法を考えなくてはならないのだ。
(息もやばいが霊力も残りが心もとない!あ、此れ冗談抜きでやばいぞ!?これもしかして詰んだんじゃね?)
酸欠が近づいて来ているためか隆浩が若干諦め始めたその時、回転しながら突撃してきた亜竜が突然動きを止めたのだ。
((水術!水縄縛鎖))
突然の事に隆浩も困惑したが亜竜をよく観察すると、何かが亜竜の体に絡まっているようだった。
水中である為解りづらかったが、それが水を操作して編まれた縄である事に気が付いた隆浩は術者を探して辺りを見回す。
すると、水の底で隆浩の張っていた結界内で気を失っていた沙月と陽が毛布で体を隠すように纏い、両手で印を結んでいるのが確認できた。
因みに、隆浩の張った結界内は水も遮断しているため二人は溺れる事は無い。
(おぉ、おはよう。二人共目が覚めたか)
(ねぇ駄狐、色々と聞きたい事があるんだけど?)
(取り敢えず、状況を説明して貰えるかしら?)
(赫々云々でなんやかんや有って今に至る)
二人に向かって念話にて状況と今までの経緯を伝える隆浩に対し今までの経緯を知った二人は頭を抱えたい気持ちに陥った。
(あんたなんかに借りを作ることになるなんて…)
(この捕縛術お前らのだろ?今なら空気をくれるのであれば貸し借り無しにしますけど?)
(因みに拒否した場合は?)
(貴様らの財布の中身を空にするまで飯を奢ってもらう!)
(………陽ちゃん陽ちゃん。このまま何もしないでいれば、あのチビ狐は、溺れて死ぬから借りもチャラってことに)
(おう沙月、誰がミジンコマイクロドチビだこの野郎!お前ら囲ってる結界を解いて道連れにすんぞ!!)
(ていうか、何か着る物寄越しなさいよ!)
(………体操服と童貞殺しの服とスク水のどれが良い?)
(まともそうなのは無いの!?)
(童貞殺しは普段着としても使えるが?)
(誰が着るのよ!?そんなの!!)
(個人情報だから余り大きな声では言えぬが、糞ナマケモノハーレムキングの嫁候補達は、スカート部分が赤、青、緑、のやつ一着ずつ、一人三着は少なくとも持っているとだけ言っておこう)
(あの鬼女と爆弾魔とストーカーなんかと一緒にしないでほしいわ!)
(まぁ、気持ちは分からないでも無いが…そういえば、陽の好きな奴って、天文部の~)
(わぁー!それ以上はダメェええええええええええ!!!)
(えぇ!?陽ちゃんの好きな人天文部の人!?ねぇねぇ誰なの!)
(いや、ちょっと、その話は今はいいでしょ!!ていうか、あんた随分余裕そうだけど金槌じゃなかったの?)
(いやぁ~恥ずかしながら全く泳げなくてな、息止めて目を明ける事ぐらいしかできねぇよ。何もしないでじっとしてれば五分くらいは沈んでられるけど……てかマジでそろそろ息が持たなそうなので酸素下さい!)
(だからまともな服を寄越せって言ってるでしょ!!!)
(だから、体操服と童貞殺しの服とスク水くらいしか持って無いって言ってるべよ!!)
(そもそも何で男の君が女物の服を持っているのかな?)
(今朝占った結果、今日のおいらのラッキーアイテム!!)
(どういう占い方したらそんな結果になるのよ!!)
念話であーだこーだ言い争いを繰り広げているうちに拘束されていた亜竜が拘束を振り解き、再び高速回転をしながら隆浩目掛けて突進してきた。
(あっぶね!!)
間一髪のところで体を捻って回避する事に成功するもそのせいで息苦しさに拍車が掛かる隆浩。
やけくそと言わんばかりに両手で印を組み術を放つ準備を始めるも折り返して来た亜竜の突進を今度は諸に食らってしまう。
(ごぶぼっ!!!)
突進を食らった衝撃に息を吐き出してしまった隆浩は。酸欠状態一歩手前まで陥ってしまうが何とか術式の構築を終える事が出来た。
(………水術……多重水龍回廊!!)
既に意識も朦朧とし始めた隆浩から伸びる六つの蛇の口から更に大量の水が吐き出され、それらは生き物の様にうねり、渦を巻き、激流を作り出す。
幾重にも枝分かれを繰り返し、傍から見るとまるで水の中を長大な龍が何匹も蠢いている様に見える。
生み出された激流は、亜竜の体に触れた瞬間、ミキサーの様に肉を抉り、骨を削り、その体をズタズタに引き千切っていく。
隆浩自身も水の中に居る為流れに飲まれないよう残り僅かな意識を気合で繋ぎ止め注意を払いつつ経過を見守っていく。
そして、剛が張った結界に徐々に亀裂が生じ始めた頃、隆浩自身の息も限界に差し掛かろうとしたところで術を解除する隆浩であったが―――大滝を彷彿させる程の轟音を響かせて水風船を割ったかのように巨大な水の塊が破裂し重力に従い流れ落ちていく。
流れる水は、地面を抉り、削り、遮る岩や木々を薙ぎ倒し、濁流を形成していき、あっという間に隆浩の宣言通り半径二キロが水没してしまった。
そして、隆浩自身も濁流に飲まれ激流に流された事により完全に意識を手放し溺れたのだった。




