エメラルドグリーンの本
お隣には文学少女が住んでいる。
ただ彼女は青年期を終えているようにも思えるので、文学淑女の言葉を当てはめるのが妥当だろう。
もう少しでお日様がオレンジ色に衣替えする時間。
今日もまた緑川という表札の前で、陽の光で読書をする女性がいた。
こんにちはとこんばんはの境目に遭遇する時の挨拶に生涯悩み続けるのだろう。
「お疲れ様です」
どうしてもすれ違わないと自分の部屋に入れない位置に彼女がいるので、会社さながらの挨拶をして通り抜けようとする。
「おかえりなさい」
挨拶でこちらに気が付いた彼女が言葉を返してくる。
長い薄緑色の整った髪が軽く揺れ、顔をこちらに向けた。
彼女の瞳にはもう自分が映っていてロックオンされてしまった。
こうなったら言葉を続けるしかないと、話題を見つけるために彼女が先程まで読んでいた本に目を向ける。
その本はエメラルドグリーンの色をしていた。
「その本、大丈夫なんですか?」
「大丈夫? 大丈夫? ああ、大丈夫ですよ。私みたいな一市民がヒ素の本なんて手に入れられる訳ないじゃないですか」
そう言って彼女はふふふと微笑んだ。
じゃあ、何の本だったのかと彼女の手元を覗き込むと、構成主義的情動理論などと書かれていた。
この緑川若葉といった女性は似非文学少女なのではないだろうか。




