軍師の息子
――王国歴1503年 スルト地区・ミクマリノ間国境要塞
「さあ! 本日我々が行う作戦行動を復唱しろ! ラット三等兵!」
「はっ! 我々は国境要塞東側に位置する河川により、国境要塞に突入し奇襲を図ります!」
「そうだ! では何故東側が手薄なのだ! パーセル三等兵!」
「はっ! 東側の河川は水位が高くなっており、人が渡ることが難しいとされている為です!」
「その通りだ! では、我々はどうやってこの河川を進軍するのか! 言ってみろ! グラム少尉!」
「……」
「おい! 聞いているのか! グラム少尉!」
「あ、はい! すみません。その、聞いていませんでした」
フラッグス大尉は思い切り振りかぶって僕の頬を張った。周りの兵士がひいているのがわかる。そもそも、この作戦の復唱が意味不明なのだ。仮にも隠密行動であるのに、敵の目の前で作戦を叫ぶ阿呆がいるか? ああ、いるか。こいつか。
「貴様、随分と舐めたことをしてくれるじゃないか。これは演習でもなければ、訓練でもない! 戦場なんだぞ! わかっているのか!」
「……はい。すみませんでした」
お前こそわかっているのか、すぐそこに敵地があるんだぞ。声の音量を下げる魔法でもあればいいんだがな。フラッグス大尉は、僕に限界まで顔を近づけて言う。昨晩にんにく料理でも食ったのか、こいつは。集中力を下げる香りが私の鼻に届く。
「やはり、俺の見立ては間違いなかった。貴様は随分とパンテーラのジュラさんに気に入られているようだがな、この俺がお前の昇格を取り下げるよう嘆願したのだ。俺の実力はまだまだこんなものじゃない? だと? 笑わせるな! 作戦も十分に覚えられないような小童が、俺よりも先に大尉に推薦されるなどありえないのだ!」
それに関してのみ僕は感謝している。齢十七歳で大尉などという危険度が高く、責任の重い立場など、面倒なだけだ。僕は、普通に任務をこなして、普通に帰りたい。フラッグス大尉は、調子が出てきたのか続けて話す。
「まあ、ルストリアの上層部は、お前のせこく未熟な実力をよくわかっているということだな。いいか、お前は俺の補佐だ。俺が言うことには絶対従ってもらう! いいな!」
「はい」
しかしまあ、この大勢が見ている前で、補佐する男によく暴力を振るえたものだ。もしかすると、自身に欠けている求心力を、兵に対する恐怖心で補おうとしているのか? それなら逆効果だろう。団体の中で頭が割れている場合、下の立場の者の思うところは困惑だ。あるいは、片割れの排斥か。それとも、自ら求心力を削いで、逆方向に意識を向けさせる企みでもあるのか? ふふ、わざと求心力を落とす、ふふふ、そんな面白いことを考える上官ではないか。
そういったやり取りを経て、僕たちは作戦行動を行う河川へと辿り着いた。作戦の概要はこうだ。
まず、先行してラットとパーセルが河川の中に潜る。河川の水位は深いところで三メートル、浅いところであっても二メートルはある。その中で、変性魔法を使い空気の膜を作り出す。その際、魔法発動による発光は避けられないので、付近の魔導兵に協力してもらい火球魔法を打ち損じたように見せかけて水面に落としてもらい、その発光と熱によって生まれた水蒸気によって姿をくらませる手筈だ。
そして、その膜を引き延ばしながらトンネルのようにして国境要塞東側に向かうというのが作戦だ。ちなみに私は最後まで反対した。しかし、先ほどそうであったように、ただただフラッグス大尉の機嫌が悪くなるだけで、作戦を止めることは出来なかった。まあ、最悪の事態が訪れても、どうにか命だけは助かるように立ち回ろうとは思う。
早速、ラットとパーセルは二人で魔法を詠唱し、ゆっくりと川に体を沈めていく。川の中では当然呼吸は出来なくなってしまうので、顔が浸かる前までに詠唱を終える必要がある。川に潜ったあとは、その魔法が発動しないように魔力で留め、川底に着いたタイミングで魔法を発動する。これは一人でやるのならそこまで難しいことではないが、同時に二人で行うとなると難易度は格段に上がる。そもそも、水中にトンネルを作ろうなんて行為は戦場で自殺行為に等しい。しかも、この河川のすぐ東には海がある。海から来る魔力の波動で、コントロールを損なう可能性は低くはない。
僕と同い年であるラットとパーセルはハッキリ言って優等生だ。魔法の扱いに関しては同年代で群を抜いているだろう。しかし、それにしたって、初の戦場でやらせることじゃない。しかも、最も危険度の高い先頭だ。当然、フラッグス大尉は守り切れると判断して配置したのだと思うが。
二人が潜って一分も経たないほどの時間で、予定通り別部隊の火球魔法が川に落ちる。これによって、水蒸気が辺りに充満し、それと同時にラット達は変性魔法を展開した。その様子を見て、部隊はフラッグス大尉を先頭に一人二人と川へと入っていく。
僕たちの部隊は全部で六十名の少数組織だが、隠密行動を起こすには人数が多すぎる。これはそもそも、隠密を想定して作られた部隊ではなく、主に遊撃手の役割を与えられた部隊であった為だ。それがどういうわけか、配備されるやいなや突然フラッグス大尉が作戦書を作成し、僕たちにそれを配ったのだった。フラッグス大尉は防衛型の上官なので、こういったことは不得意のはずだが、どういう風の吹き回しだろう。
最後は僕が対岸の状況を見つつ川の中に入っていく。
「よし! 全員入ったな! それでは前進!」
先頭の方でフラッグス大尉が叫んでいる。それに呼応するように、兵士たちが叫び、ゆっくりと前進を始めた。水中のトンネル内は僕を最後方に据えて、僕が歩くたびに後方の空気の膜が進んでいく。これは、僕が最後方で魔力を込めて、前方の二人の魔法に合わせ変性魔法を補完しつつ進んでいる為であるが、前方の二人が非常に優秀なので、僕は微量の魔力を少し調整するだけで、六十名の軍勢が全員呼吸するだけの空気を精製しながら進むことが出来る。
「さっきは随分やられてたじゃないか。大丈夫か?」
僕の前を歩くのは友人のフィルで、軍学校から同期で同じ部隊の男。彼の明るさは私の陰鬱な性格と対照的で、無鉄砲な性格も相まってなんとなく放っておけない感じだ。
「そんな大きな声で僕と話すと、先頭のフラッグス大尉に叱られるぞ」
「はは、まあ、聞こえてないっしょ。もうあいつの頭の中には作戦の成功と、その後の昇格のことくらいしか入っていないだろうよ」
「昇格、ねぇ。僕には上昇志向がないから、ある種うらやましくすら感じるよ」
フィルは上の水面を気にしながら、前進を続ける。
「なあ、グラム。俺は未だに、お前に指揮を執ってもらったほうが良かったんじゃないかと思うよ」
「いーや、そんなことはないよ。フラッグス大尉は、僕たちより年上だし、軍歴も長いし、上官なわけだし、きっと今回の作戦も成功するさ」
「まーた、そんな思ってもいないことを言って。お前が、年齢、軍歴、尉官階級なんかを気にするようなこと今まで一度でもあったかね」
「そりゃ、気にするさ。敬語だって使える。よく聞けよ。はっ、かしこまりました、上官殿」
「大したもんだわ、かなり爆笑」
と、フィルは棒読みで言った後、改めて質問をしてきた。
「んで、実際のところどうなのよ。この作戦は」
「んー、この密室では言いにくいな。前の兵と距離があるとは言え、誰かに聞かれれば連携に支障が出る」
フィルは前進する速度をやや緩め、僕に近づいてくる。そもそも僕は最後方から危険を察知する役なので、出来るだけゆっくり歩かなくてはいけないのだが、フィル、お前は違うだろ。とは思ったが、どちらにせよフィルも後方支援ということは僕同様、危険な配置を任されていることには違いないので、まあ、良しとするか。
実際のところ、先頭の二人が魔法を解いてしまえば、我々は河川に投げ出され、海まで流されるか、水面から顔を出したところを矢で射られるか、どちらにせよただでは済まない。前方は戦闘があるだろうし、どのパターンでもこの作戦行動に安全な配置は存在しない。強いて言うなら中腹の兵士か。彼らなら、どちらの岸にも近くない分、防具を脱ぎ捨てれば海に流される可能性が若干だが高い。
「これで、前との距離は十分だと思うが、グラム軍師から見た本作戦の成功率はどんなもんかな?」
「からかうなよ。ふふ。まあ、軍師としては、この作戦の成功率は一割といったところじゃないかな」
「一割!? じゃあ、俺達死んじゃうじゃん」
「そうだね」
「そうだね、ってお前なぁ。んで、それを今からどうにかできる方法があるんだろ?」
「んー、どうかな。そうだな、敵の想定をしてみようか」
「敵? 俺たちは隠密行動で、敵の司令官のいる場所を軽く叩いて、場を混乱させたのちに混乱に乗じて陸路から退避するのが目的だろ? それをお前、敵の想定って」
「隠密行動だろうが、正面衝突だろうが敵は敵さ。現在ミクマリノ軍の総指揮を執っているのは、最高幹部ヴァルヴァラからその地位を受け継いだ、ガウス騎士団長だ。順当に行けばガウス騎士団長の配下とぶつかることになるだろうね」
「配下、か。まあ、それなら俺たちはそれなりに粒ぞろいだし、混乱をもたらすことは難しくないんじゃないか?」
「うーん、まずそこから違うね。本来戦争は、防衛と侵略であれば防衛側が圧倒的に優位なんだ。今回みたいに国境要塞なんか持たれた状態だとどうあっても厳しい戦いを強いられる」
「まあ、だからこその奇襲なんだろ」
「それはそうなんだけどね。話を戻して、指揮官のガウスが得意とする戦術に、白兵の中に魔導部隊を紛れ込ませて、場を荒らす混成陣というのがあってさ、これのおかげでルストリア優位にも関わらず、ここまで均衡した戦いになっていたりするんだよね」
「ああ、それも知っている。それで痺れを切らした上層部が、奇襲を得意とするお前に、初の大仕事を頼もうとしたら、まんまとフラッグス大尉にお株を奪われた、ってところまでは良く知ってるぜ」
カカカ、とフィルは笑った。僕としては奪われた感覚も無いわけだが。ただ、こうやって聞くとちょっとだけ、本当にちょっとだけ腹が立たなくもない。まあ、いいけど。僕は続ける。
「混成陣の肝は、魔導兵士を消耗しきらないことが重要なんだ。例えば、一つの戦場で魔導兵士が出兵するたびに、その命を失っていたら、あっという間に魔導兵士はいなくなって、いざという時の控えがいなくなってしまう。そんな時に大規模な魔導戦が始まってしまったら目も当てられない。だから、混成陣に配置されている魔導兵士は、何が何でも本陣に引き返す必要がある。そして、本陣で休み、いざという時に備えるわけだよ」
「そうか、まあ、言われてみれば、この長い戦いで魔導戦自体は数える程しかないし、ルストリアとしては、ちょろちょろ魔導兵士を使うミクマリノに戦力がどれくらいあるのかわからない以上は、大規模な魔導兵士投入は控えたいだろうしな」
「そういうことだね。ま、それが理解してもらったところで、先ほどの話だけど、私たちがこれから向かうところはその本陣なわけだよ」
「あー、そういうことか」
「そう、あちらには魔導兵士の控えがたくさんいる可能性が高いんだ。これがガウスさんの策、得意戦術である混成陣の仕掛けさ」
「したら、俺たちはこのままいくと最も危険なところに奇襲を仕掛けに行くわけか」
「そういうことだね。少ない可能性として、控えの魔導兵士達が昨日の激突で全員出兵していて、なおかつ全員が疲労困憊、みたいなタイミングだったらこの作戦はうまくいくかもしれない」
「そんな可能性ほとんどないだろ。昨日は、正面の方から俺も攻めに言ったが、別段いつも以上の戦力を投入している感じも無かった」
「うん、僕もそう思う。この作戦で成功率を上げたいのであれば、正面からぶつかっている部隊との連携で、正面が激化してくれば必然的にガウス騎士団長も戦力を投入せざるを得なくなる。そいつらが出払ったあとで、奇襲、ならもう少しは成功率が上がるかもしれない。それでも、二割はいかないだろうけど」
「そりゃまた、絶望的な数字をありがとよ」
「全然、全然絶望的なんかじゃないよ。奇襲の成功率はいいとこ一割くらいが相場さ。よって、フラッグス大尉の策は凡策ではあるけど及第点はクリアしていると言えるんじゃないかな」
「すると、俺たちはまさか、成功率一割の博打を打ちにここまで来たってことか」
「そうなるね。まあ、こんなことは戦地では日常茶飯事だし、この作戦が成功しない限りは次が回ってくることは少ないから、持ち回りだと思えばいくらか気分が落ち着くよ」
「いやいや、ここで死んだら次もクソもあったもんじゃないだろ」
「ああ、そうそう、僕の読みではこの作戦が成功する可能性は一割だけど、逃走するだけだったら八割くらい成功するから、できるだけそっちの目を見ようよ」
「なんだよ! その目があるのかよ! 先に言えよ!」
「え、だって聞かれなかったから」
「俺みたいな、やや性能の低い脳の持ち主には予め、選択肢を与えてくれ!」
「今度からそうするね」
「めんどくさそうにすんな!」
―ミクマリノ軍 国境ライン 最終兵器投入まであと一時間
現在、正午に差し掛かろうとしている国境要塞の戦場は、ルストリア軍が国境前の橋を渡るべく戦闘を行っていた。橋の幅は五十メートルほどあり、その間にびっしりと両軍の兵士が陣を組み激突していた。如何に防衛側が有利であったとしても、この要塞の前を占領されてしまえば、状況は変わってくる。更に言ってしまえば、この要塞を獲得することが出来れば、今度はルストリア側が防衛に回ることが出来、優劣は逆転してしまうだろう。
また、近日到着予定のパンテーラがここに到着した際に、要塞前を抑えることが出来ていれば、要塞内に入り、この場所をルストリアのものにするのは難しい話ではなかった。しかしながら、同様にミクマリノ側も最高幹部をここに派遣する情報があったので、そのタイミングまでどうにかしてこの要塞を守りたい、というのが実情である。
この戦場でミクマリノ軍を指揮するのは、年齢にして五十を迎えようとしているガウス騎士団長であった。ガウスは元々、魔導騎士団の前身であるミクマリノ国家騎士団の副団長で、ヴァルヴァラが魔導騎士団を設立するにあたり統合し、副団長として現場の騎士たちを取りまとめるのに活躍した。前国王であるレオニードも戦の際には必ず連れて行くほど信頼を置いており、基本に忠実な戦略と、経験に裏付けされた確実な成果、そして、ほとんどの戦場で勝利を呼び込む混成陣が、ガウスの高い勝率を生み出していた。
「ガウス団長! 二百の八十二です」
「ご苦労」
ガウスが、五分おきに確認しているのは本陣に戻ってきている魔導兵士の数で、先ほどの報告のうち二百がこの本陣で休んでいる、あるいは待機している魔導兵士の数、八十二と言うのは戦場に出ている魔導兵士の数である。この数は、現在の長きにわたる戦場の中でも最も多く魔導兵士を投入しており、ガウスからすればこれは大きな賭けであった。
ガウスの目的は、この場を守り切り最高幹部が到着を待つことであり、本来であればのらりくらりと適当にいなしてやり過ごすのが定石であったが、当然ルストリア軍もそれを想定しており、最高幹部が到着する前に、現在ミクマリノ軍が滞留する本陣の位置を占領すべく大量の戦力をこの日に注いでいた。
両軍、互いに増援が決め手であり、その決め手を決め手として使うためには、この場の占領は重要なポイントであるということは誰しも理解していた。
「しかし良かったのですか、あっちに人員を回したりして」
「……そうだな、もしかしたら無駄かもしれないな」
「そんな、今日の戦いが肝だってガウス団長が言ってたじゃないですか」
「まあ、そんなことも言ったかな」
「また、そんな適当なこと言って」
「コレット、こういう時こそ、リラックスが必要だ。ここ一番というタイミングで尻に力が入れられなければ、出るものも出んぞ」
「なんですかその例え。ほんと、正面はこんなに熾烈だというのに」
「パンテーラは来ていないだろう?」
「そうですね、ただ、魔導兵士のレベルが高く非常に苦戦しているのが正直なところです。幸い、正面からの激突のみなので、そういう意味ではバランスを取りやすいですけど」
「そうか。まあ、それならば今日の勝利はうちがいただくことになるだろう。まもなく、ヴィクト様から最終兵器が到着するはずだ」
「最終兵器、ですか。これをもって終戦出来るのなら、どんな兵器でも使っていただきたいですけどね」
「……そうだな。まあ、向こうの川岸に待機させている兵士は、保険みたいなものだ。その保険は向こうが愚かであれば作用するし、賢ければ対岸同士で牽制のし合いみたいなものが始まるだろう。どちらにせよ、向こうにはブルフラットが待機している。向こうでのアクシデントは万が一にも起こらない。それだけでも、脳内がいくらか整理される」
「川の中を潜行して、こちら側に来る、なんてそんなリスクの方が高そうなこと、ルストリア軍がやるかなぁ」
「どうかな、こういった決戦、と銘打たれる日には、たいてい大ポカをやらかす奴が何人か現れるものさ。そして、そのほとんどが功を挙げようと生き急ぐもの達で、そういった小さな綻びから勝敗が決していくものよ」
――。
「この作戦での失敗は戦場全体に響く可能性がある。それを回避出来れば、とりあえずはオーケーって感じかな」
フラッグス大尉を先頭にして、まもなく僕たちは陸に上がるところにまで来ていた。上陸後の包囲に備えて、中腹の偵察隊が、鏡のついた筒を水面に出し、陸の様子を見ている。
僕とフィルは、ゆっくりと前の塊に近づいていく。フィルは、少し落ち着きが無くなってきて、それでも大きな声で話すわけにもいかなくなってきたので、僕に寄ってきて小さな声で聞いてくる。
「それで、どうすりゃいいんだよ。これ、上陸したらそのまま討たれちまうんじゃねぇか?」
「うーん、僕ならそんな勿体ないことはしないかな。こんなラッキーなこと戦場じゃあまりありえないからね」
「ラッキーなこと?」
「そう、ラッキー。少年兵を含む少数の部隊が、わざわざ自分の陣地までやってきてくれて、しかもその団体の中に大尉がいる。そしたら、まず行うことは捕えて拷問かな。それで、洗いざらい人員のことなんかを吐かせて政治利用できそうならそのまま捕虜、必要なければその場で殺す」
「怖いこと言うな」
「そう? 普通じゃない? で、うちには少年兵も混ざっているから、彼らも捕らえられるかな。それで、そのまま教育を施して、しばらくしてからルストリアに返せば、表向きは生還だけど、実際はスパイとして使うことが出来るね。もしくは、殺して適当にバラバラにしたあとで、要塞の上からばら撒くなんてこともできるかな。同じ少年兵だったらそれで一発で戦意消失さ」
「ばら撒く、って、そんな非道いこと……」
「んー、非道いのは戦争であって、この行為はどちらかというと身を守る行為に近いからなんとも言えないな。ルストリアの戦意が削がれれば、結果的に自軍の被害が少なくなり、死者が減るわけだからね。まあ、人道的にどうなのか、って言われれば、人道を歩みたければ戦争をやめろ、と答えてやりたいところだね」
「まあ、お前の言いたいことはわかったよ。それで、その惨劇を回避する方法があるんだろ?」
「ある、というかもう手は打ってる」
「さすがだな、で? 今回は一体どんな策を見せてくれるんだ?」
「先頭のパーセルとラットには予め、上陸したら『敵影を発見した』と言え、と言ってある」
「ふむふむ、それで?」
「……? それだけだが?」
「……それだけでこの進軍が止まると?」
「それはそうだろう、ここで私たちが捕らえられて利用されるようなことがあって、それを理由にルストリアが敗北したら戦犯もいいところだ。それを理解していない奴など人の上に立てるわけがない」
全員が水中で川岸にぴったりとくっつき一塊になると、先行してパーセルが上陸を始める。最後方から僕とフィルが上がるころには、フラッグス大尉は進軍を始めていた。このまま少し進んだところで、二人がフラッグス大尉に進言すれば、川に戻るような真似はせずとも川岸で待機して相手の注意を散らせるくらいの役割は担うことが出来るだろう。
この作戦の良い部分があるとすれば、こちらの岸は上陸できるくらいの高さであることに対し、僕たちが入水した側の岸は比較的高さがある為、逆からの侵入は難しいというところだ。フラッグス大尉とは演習で何度か対戦した相手なので、そういう細やかなケアが出来るということは知っている。だからこそ、先ほどの僕への暴力は全く持って意味不明だったが。
僕とフィルが上陸すると、思った通り百メートルほど進んだ森林の中で大尉と二人が話している。どれ、僕が駄目押しで進言してさっさと戻ろうか。
「なあ、グラム、お前はなんというか頭良いのか悪いのかわからん男だな」
二人で足早に歩きながらフィルが話しかけてくる。
「まあ、頭は普通くらいだと自負しているけど」
「俺は、お前がフラッグス大尉に進言するのは避けたほうがいいと思うぜ?」
「……? 何故?」
「多分、お前に進言されるのが一番堪えるんじゃねぇかなぁ」
「堪える?」
「男のプライドの問題さ」
「だから僕はそのプライドを守る為に、撤退を意見するつもりなんだけど」
「……」
フィルは険しい顔をしていたが、既にフラッグス大尉まで十メートル程まで接近していたため、口をつぐんだ。
「それで!? 何名ほどの敵影を目にしたのだ!」
フラッグス大尉は顔を真っ赤にしながらパーセルに聞いていた。パーセルは本当に見たわけではないので、ただただ困惑するばかりで、その様子に大尉は苛立っているようだった。
「大尉! どうかしましたか!?」
「グラム、お前は呼んでいない!」
どうやら教えてくれる状況でもなさそうなので、僕は『知っている』話をパーセルに尋ねる。
「パーセル、どうかしたのか!」
「あの、その、敵影を、その……」
パーセルは今にも泣きだしそうな表情をしている。そんな困ることだったのか、このお願いは。
「グラムっ! 貴様は後衛だ! さっさと下がれ!」
「フラッグス大尉! 大変恐縮でありますが、撤退を進言させていただきます!」
僕が話し始めると、フラッグス大尉は額を指でおさえ反対側を向いてしまった。これは、僕の意見を聞いている、ということだよな?
「恐らく、敵は我々のこの隠密行動を予期しており、待ち伏せしていたのでしょう! 現在、我々に気づいてなお攻撃してこないのは、正確な人数が把握できないからに他なりません! この状況を利用すれば、川岸まで撤退することも可能でしょう! こんな中腹で引き返すのは、何か罠を仕掛けたか、策があるかのどちらかだと相手は思うはずです。さあ、手遅れになる前に!」
僕がひとしきり説明を終えると、フラッグス大尉は振り向きざまに僕の顔に拳を叩きこんだ。
一瞬、何が起きたのかわからなくなったが、僕が倒れた後で、数回足蹴にされてやっと、フラッグス大尉が激怒していることがわかった。
「貴様はっ! 俺にっ! 意見っ! 出来るっ! 立場かっ!」
言葉に合わせて踏みつけられる。それも、味方にやるような強さではない。これは、憎悪だ。
「ぺらぺら講釈垂れやがって! 俺が、貴様に軍事演習で勝てなかったからか? それとも今回の作戦指揮を俺に奪われたからか? それで、お前は、俺よりも格上だと思って言ってんのか? ああ!?」
ここで、フィルが大尉を止めにかかる。
「大尉、こいつは悪気があって言ってるわけじゃないんです! ただ、この作戦に失敗して大尉が戦犯にでもなってしまったら大変だと……」
「この俺が戦犯だと? フィル、貴様はこいつと仲が良かったよな? 二人そろって、最後方で俺の悪口でも言ってたか?」
う、ちょっとはかすってるから、何とも言えない。
「まあ、良い。臆病者のグラムは戦線離脱した、と報告をあげれば済むことだ。フィル、貴様もこの場に残れ。仲良く、戦線離脱するんだな」
フィルは慌てて答える。
「ちょ、ちょっと待ってください! このまま行けば……」
「このまま行けば、なんだ?」
僕は立ち上がって再度進言を試みる。
「このまま行けば、待ち伏せに合い、相当数の被害が出る可能性があります」
「だから、なんだ?」
「は?」
「ルストリア軍人は大陸の自由と平和の為の盾であり剣だ! 我々が死を恐れることは許されない! 仮に待ち伏せられていようが、この足を止めてはならないのだ! 貴様らのような臆病者はこの隊には必要ない! パーセル! ラット! 貴様らも同様だ! 今すぐ、引き返し、私たちの勇士を遠方より眺めていろ!」
付近の兵士たちが戸惑っている。それもそうだろう。もし待ち伏せがあるのなら、この人数でどう戦えというのか。そんな様子を見て、大尉は敵地の真ん中で声を張り上げて兵士を鼓舞する。
「俺についてくるものは、栄誉あるルストリア軍の精鋭として後世まで語り継がれるであろう! 何故なら、俺はこの作戦を成功させ、大陸の平和の礎になるからだ! お前たちのその恐怖は、自身の命が失われるから起きているのではない! 俺たちが立つこの大陸の恐怖だ! それならば、その恐怖を取り払うのが君たちだ! 君たちに言っているのではない、君と、君と、君に言っているのだ! さあ! 行くぞ! 平和を実現するために!」
すると、付近にいる兵士たちは一斉に雄叫びをあげ、フラッグス大尉と共に、森の中を突き進んでいった。僕は呆気にとられてしまってしばらく動くことが出来なかった。パーセルとラットは、少し離れたところにいたが大尉が見えなくなると、こちらに近づいてきた。すると、隣にいるフィルが、口を開く。
「あーあ。これどうするよ」
「どうするも何も、追うしかないだろう」
「そうだな、戻るか……って、え、追うの?」
「うん、大尉は正直今回のこれで嫌いになったけど、周りの兵はいい奴ばかりだし、何より、これで捕らえられでもしたら、本当にまずい。補佐としてどうにかしないと」
「それもそうだが、あれを止めることなんかできんのか? あんな演説までしちゃって」
「ああ、ああいう風潮あるよね、最近。皆、ヴィクトの英雄像に自身を重ねて気持ち良くなっているんだ」
「あー、確かにヴィクトっぽかったかも」
「ぽかったどころか、ところどころ引用していたよ。それでいてまとまりのない、実に酷い演説だったけど」
「しかし、お前は人を過大評価しすぎだし、自身を過小評価しすぎだからね。あんなこと言ったら、大尉が怒るのも無理ないぜ」
「すまない。あそこまで劣等感のようなものを溜めているとは思わなかったし、あそこまで思慮が浅いとも思わなかった」
「それも、結構異常だと思うぜ? 軍学校の時からお前、目をつけられてたし、事あるごとにつっかかられてたじゃんかよ」
「そうかな、直接的に何かを言われたことがないからさっぱりだった」
「そういうところだぜ、全く」
ラットもパーセルも不安そうな顔をしている。この二人は、元々僕の最初の部下だった。こんなに不安にさせてしまって申し訳ないと思った。フィルは、思い切り伸びをして聞いてくる。
「んで、グラム軍師。俺たちが追いついたとして交戦は免れなさそうだぜ? もしかしたら既に交戦しているかも。どうでる?」
「ラット、パーセル、フィル、もう少しだけ働いてもらうよ。いいね?」
ラットとパーセルは小さく頷く。フィルは「はいはい」といった感じで、けだるそうに答えた。そして、更にフィルは言う。
「俺たちがお前について行くのはお前の人柄が好き、ってこともあるが、それと同じぐらい、お前に従えば死なない、という信頼で成り立ってる。そこんとこ頼むぜ」
「ああ、任せておけ」
僕は内心、とてもワクワクしていた。
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